さよならのナシ
また目が覚めた。
でも今度は、体が……大丈夫だった。
痛みはある。けど、動ける。ようやく筋肉と骨と肉が昨日のボロボロな戦いを思い出してくれたみたいに、噛み合った感じだった。 ぐっすり眠って、ぬるいスープを飲んで、何もしないで横になってるだけで……それで十分だった。
ゆっくりとベッドから起き上がる。痛みでまた倒れるんじゃないかと身構えたけど、何も起こらなかった。深く息をついて伸びをする。
「よく壊れずに耐えてくれたね」自分の包帯だらけの体をポンと叩いて呟いた。
身支度を整える。腰に巻いていたスカーフ、ボロボロの靴、マチェーテ、そして……私の秘密兵器。 ロテリアのカードたち。
石造りの白い回廊を静かに歩きながら、私は外へ向かった。空気は清浄で、どこか神聖な雰囲気が漂っている。敬意と、少しの緊張が心の中で混ざり合っていた。 私はここに属していない……そんな気がした。いや、実際そうなのかもしれない。
でも、もう動く時だ。ギルドに戻る。売る。学ぶ。生き延びる。
ちょうど教会の正面扉をくぐろうとした時だった。聞き慣れた声が背後から響いた。
「待って!イサベル!」
……シスター・タリアだった。
思わず立ち止まる。
えっ、支払い? 治療代ってあるの? 何か奉仕活動させられる? 強制のお祈りとか?
脳内警報が鳴り響き、私は何か感謝の印になりそうなものを探した。
……カードだ!
腰に巻いたスカーフに手を突っ込み、わざとゆっくりと探すフリをしながら、一枚を取り出した。 ――「La Pera」
目が合った(ような気がした)。 私と、カード。意思疎通完了。
両手でカードを掲げる。まるで神聖な儀式のように。そして、厳かな声で唱えた。
「El que espera, desespera… ¡La pera!」
絶望を待つ彼, ¡ラ・ペラ(梨)!
魔力が集中するのを感じた。熱くも冷たくもなく、ただ確かに“震えている”感覚。世界が一瞬、息を呑んだような。
教会の前の柔らかい土から、2本の木が生えた。 にょきにょきと、力強く、自然で、魔法的な動きで枝を伸ばし、やがて果実が実る。 ナシ。緑で、固くて、みずみずしい。空気に広がる甘い香り。
振り返ると、タリアも足を止めていた。 驚き、そして……微笑んでいた。信仰者のような笑顔ではなく、純粋な喜びの笑顔。
彼女はゆっくりと一本の木に近づき、果実を一つ摘んだ。それをそっとかじって――
「……ああ、神よ……」と呟いた。
それ以上、言葉はいらなかった。感謝と驚き、そしてわずかな疑念の入り混じったその表情。
きっと「生命魔法」か「大地の加護」だとでも思ってる。――それでいい。
私は小さく笑って、軽く頭を下げ、そのまま踵を返した。
街へ戻るのは思ったより簡単だった。通りはにぎやかだけど平和。パンの香り、鍛冶場の金属音、冒険者たちの活気。 それらが、ああ、生きてるなぁ、と実感させてくれる。
そしてギルドへ入る。 酒場みたいな匂いと空気。汗と生の混ざった空間。
カウンターに近づき、袋を取り出した。
「こんにちは。任務の証拠を提出にきました。ゴブリンの耳です。」
不機嫌そうな顔をした男が、無表情で数え始める。 「Fランク任務、耳は完全な状態で……14個。……銅貨56枚。」
黙ってうなずき、手を差し出して受け取る。大金じゃないけど、ちゃんとした食事や装備の補充には足りる。
「それと、これも……」と私は小さな石を3つ取り出した。曇ったビー玉くらいの大きさ。
「マジストーンか? ゴブリンが持ってるのは珍しいな。たぶんリーダーだったか、魔力に触れた個体だろうな。」
「これ、いくらぐらいですか?」売るつもりじゃなく、確認のために聞いた。
「Fランクのやつなら、市場で1つ8~10枚の銅貨だな。小物魔具の素材か、錬金術用の材料、もしくは低級の魔力燃料に使える。」
ふむ、と私は頷いた。
「ありがとう。でも、今は手元に置いておきます。」
男は無言で、数え間違えていた耳を1つ返してきて、また後ろを向いた。
私は銅貨と石をしまい、カウンターから離れる。
……多くはない。でも、生き延びた。レベル3だ。十分だ。
ギルドの空いたテーブルへ向かう途中、ふと考えがよぎった。
――何もかも、まだ分かってない。
無属性の魔法、意味不明なカード、封じられたスキル、誰にも説明できない称号……
私はため息をついた。手を見つめる。
「――私って、本当は何なんだろう?」




