37 末代まで許さない
「あずま」。その名を初めて聞いた時のことは覚えていない。
桃園大納言家の女房は何人もいるし、入れ替わりもある。新しい女房が入ったと聞けば、「へえ、そうなのね」。それぐらいだ。
東国出身だから名前は「あずま」だし、都に来たばかりなので、女房としての立ち居振る舞いには慣れていない。背は高いので何をするにも目立つけれども、無骨な動きが多ければ悪い意味でも目立った。本人は己に自信があるのか、堂々とした態度で、他人に対して愛嬌を見せることもない。自前のかすれた声でぼそぼそと話しかけるのが常だった。
名門の大納言家の女房として考えるなら、資質がまるで足りていない。彼女を見て、すぐそう判断したから、先輩女房として助言を行ったことも何度かあった。
しかし、あずまがかぐや姫に仕え始めて一月もしないうちに、松緒は自分がかぐや姫の傍にいる時は、必ずあずまも同じ場にいることに気付いた。
時には、松緒が主人に呼ばれた先で、もうその場にいたことだって。
ひそやかに、松緒に聞こえない小声で、何事かを語らっている。
かぐや姫の一の女房を自負していた松緒にとって、それがどれだけ悲しい出来事だったか。
「姫様は……あの者を気に入っているのですね」
「……そうかしら」
姫様は、誤魔化すように微笑むばかり。ますますあずまと過ごす時間が増えていく。
そして、反比例するように松緒は姫様から呼ばれなくなった。
自分の局でぼうっと過ごし、翁丸を世話していても、手持無沙汰になる。松緒は自らかぐや姫の室へ赴くのだが、そこにはやはりあずまがいる。
ある時は、幽霊を見たかのような顔で話すのをやめる二人を見た。松緒の我慢は限界だった。
礼儀を忘れた彼女は、二人の間に割って入り、両手を突き出してあずまの身体を押した。あずまは腰を抜かして呆然と松緒を見上げる(普段のすまし顔が崩れたのでいい気味だと思った)。かぐや姫は、きりりと眉根を吊り上げた。
「松緒、下がりなさい」
押し殺した声音だった。しかし、松緒はその時は気づきもしないで、だって、と唇をわななかせた。
「ひ、姫様、姫様が……あずまばかり……!」
「松緒」
「ま、松緒の、ことは、もういらないのですか……?」
「もう一度言いますよ。……下がりなさい」
改めて見たかぐや姫は、笑んでいなかった。
それは、松緒がこれまで向けられてきた温かな視線とはまるで違う。冷たく、冷酷な、拒絶の瞳。美しいが、同時に恐ろしい。自らの心の汚さまであらわにされているようで……。
松緒は力なくうなだれた。
「ひめさま、まつををすてないでください……」
頭を床に押し付け、懇願するけれど、かぐや姫は応えることはなかった。
「あずま」
一言だけですべてを心得たあずまが、松緒の肩を支える。
松緒をかぐや姫の室から出したあずまが両肩を離して一言。
「みじめですね」
低めの声で囁いた。
「姫様のことはどうぞご心配なく。松緒さまの代わりは、この私が勤めますので。あとはごゆるりとお過ごしくださいませ」
この瞬間。
松緒は、このあずまのことを「一生どころか末代まで許さないし、何ならだれかに刺されて死ねばいいリスト」に入れることに決めた。




