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28 簡易版辻占

「そろそろ夕刻ではありませんか。私も寺院のほうへ行かないと相模たちが心配します」


 少し傾き始めた陽光を細目に眺めながら松緒は東宮に言った。

 あれからいろいろ周辺を探索したが、手がかりは何も見つかっていない。連れ回されて、大変疲れてしまった。

 そうだな、と東宮は頷いた。


「私も戻らなければならないな。……最後に辻占でもやっていくか」

「辻占?」

「陰陽師に教えてもらった簡略版だ。当たっても当たらなくとも、恨みはなし、だ」

「早く帰られた方がよろしいのでは? 今から宮中に戻れば夜半でしょう? 供の方も連れていらっしゃらないでしょうし」


 東宮ははは、と軽く笑う。

 

「残念ながら、この近くに山荘を持っている。従者はそこで待機しているのだ」

「……東宮さまは自由でいらっしゃいますね」


 先ほども言いかけたが、東宮がひとりで寺院の参道近くもふらふらしているのは普通ではない。


「俺の代わりはいくらでもいるよ。俺が死んでも血縁をたどっていけば、誰かが東宮に立つ。だったらもう少し身軽にあれこれ見聞きしておきたい。俺は主上の目と耳になろうと思っている」


 不死の妙薬の件を自ら調べているのも、そういう心持ちなのかもしれないと松緒は思った。

 

「私には下の者の苦労が目に見えるようですが……」

「まぁ、あまり心配かけるようなことはしないようにしているさ。己が自由とは思わないが、自由でありたいとは思っているだけのことだ。松緒にも松緒の自由がある。誰にでも心の自由は奪えるものじゃない」



 そんなわけで「辻占」をすることになった。

 まず、夕刻の四つ辻に出る。そこで呪歌を唱えて耳を澄まし、真っ先に耳に入った会話を「兆し」として受け取るのである。ただ、それだけだ。


「さて、松緒は何を占う? 俺はかぐや姫の行方について知りたいだけだが、松緒は松緒で別のことを占えばよいだろう」


 そう水を向けられたので、松緒は素直に答えた。


「なら、私は姫様にまたお会いしたいです」

「それは占いではなく願望じゃないか」

「ええ、そうですがなにか」

「開き直ったな」

「だって、お会いできれば、ご無事でいらっしゃるかわかるでしょう……?」


 思っていたよりも小声になった。


「お会いできるならば、生きていらっしゃるということです。松緒は、ふたたび生きている姫様にお会いして、以前と同じように」


 松緒は気弱になっている自分に気がついて、ぎりりと唇を噛み締めた。東宮が気の毒そうに松緒を眺めていることにも我慢ならなかった。


 ――姫様は、無実。悪いことに巻き込まれているだけ。


 東宮があくまでかぐや姫を断罪しようというのなら、松緒はなんとしてでも止めるつもりだった。

 ……たとえ、かぐや姫に「罪」があったとしても、最後まで主人のために尽くすと決めている。


「東宮さま。さっさと辻占とやらをやってしまいましょう」

「わかった。松緒からやるといい」


 お言葉に甘えることにして、一番近くの四つ辻に出た。

 いまだ、人が絶えず行き交っているが、そろそろ帰り路につく者も多そうだ。足早に歩いていく。

 松緒は辻の中央に立ち、目を瞑る。


「『行く人の、四つ辻のうらの言の葉に、うらかたしらせ辻うらの神』――」

 

 呪歌を唱えて耳を澄ませた。

 人の足音。足音。足音。

 かすかな囁きはあるけれど、聞き取れない。話す人が遠くにいるのだ。

 だが、そのうちに、その言葉は否応なしに松緒の耳に飛び込んできた。


 ……死ぬのよ。


「やめて!」


 松緒は恐ろしさで声をあげていた。耳を押さえるも、両耳から脳に入った言霊はこべりついて離れない。毒のように全身に回っていく。

 死ぬ。死ぬ。死ぬ。……だれが?


「どうした!?」


 東宮が焦った様子で松緒の前まで走ってきた。

 松緒は、東宮が目に入るやいなや、きりりと眉を吊り上げた。


「辻占なんて、当てになりません。東宮さまも信じないほうがよろしいかと思います!」

「……何が聴こえたんだ」

「言えば本当になるような気がするので言えません」


 目が熱くなり、鼻の奥がつんとしてきた。松緒は衿元から帖紙たとうがみを出そうとしたが、それよりも早く東宮が松緒の前に自分のそれを差し出してくる。


「……嫌な気持ちにさせたようだな。すまない」

「いえ」


 松緒は、お言葉に甘えて紙を受け取り、口元に当てると。


「ぶえっくっしょんめっ!」

「ぶはっ!」


 松緒の変なくしゃみに東宮が腹を抱えて大笑いしたのだった。

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