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24 あの夜の密談

 時は、あの夜にさかのぼる。

 松緒の正体が東宮に明かされてしまった、庚申待ちの夜のことだ。

 近くに人影がいないことを確かめた後、松緒はひそかに東宮御所に連れていかれた。

 東宮御所、すなわち、東宮の住まいだ。

 すでに人払いはされているらしく、だれもいない。


「あなたと同じだ。信用のおけない人間は極力置かないようにしている。理由はもう少し政治的だけれど」


 松緒は、東宮にすすめられた畳に座った。気分はと畜場に運ばれる子牛のような気持ちだ。

 東宮は、普段の御座所と思われる上座の畳……ではなく、近くの畳をよっこいせと自分で運び、松緒の畳にくっつけるようにして座った。

 小さな火が揺れる灯台あかりだいを挟んで、一組の男女が至近距離で向かい合っているような具合になった。


「……近くないでしょうか?」

「密談だからな」


 確信犯の東宮はくく、と笑う。胡坐をかいた膝をぽんと叩くと、明るい声で、


「さあ、込み入った話になるが、気持ちは楽にしてくれていい。別にあなたに危害を加えるつもりもないのでね」


 そのように言うけれど、松緒からしたら怪しさ満点である。

 さすがに相手は東宮だから、嘘を言わないとは思うが。


「東宮様は、姫様の敵でしょうか」


 松緒にとって大事なことはそれだった。

 東宮は二度も身代わりの松緒の前に現われ、松緒を翻弄したのである。


「姫様の何を知っていて、あのようなことをおっしゃったのですか」

「『あのような』とは?」

「『あなたの主人が何をしていたか、知っているか』と申されていたでしょう」


 東宮は近くに用意された酒の器を引き寄せて、手酌で飲み始めた。

 こちらは東宮に仕えている立場でもなんでもないので酌もしないが、松緒にもすすめてきたのはきっぱりと断った。酒よりも、松緒にとっては素面で主人の話を聞くほうが重要なのだ。

 松緒に断られた東宮は、肩をすくめてから、唇を湿らせるように少しさかずきの酒に口をつけた。

 

「ああ、そうだったな。……実のところ、あなたが本物の『かぐや姫』ではないことは当初からわかっていた」

「……は? 当初から、というのはいつから」

「出仕した当初から」

「どうやって」

「かねてから、桃園第には間諜スパイを潜り込ませていたのだ」


 彼は目まぐるしく頭を回転させながら、一言一言を噛みしめるように言葉を発する。

 世間の評判では「野性的」だとか評されている東宮だが、本質は目の前にいる理性的な面にあるのだろう。

 

――でも、だからといって、これまでの行いの理由を聞いても、私が許す理由にはならない。


 間諜が潜り込んでいたという話も大事だけれど、それよりも。


「つまり、東宮様が、目の前にいる尚侍ないしのかみがだれかわかっていた上で、御簾越しに言葉を交わし、夜にはその偽物のところへやってきて脅迫めいたことをされていたとおっしゃるのですね。偽物だとわかった上で!」


 東宮のくせになんて卑劣なやつなんだ。松緒は心中で憤慨した。


「あなたはかぐや姫からもっとも信頼されていた女房だった。ゆえに事情も知っているだろうと揺さぶりをかけていたのだ。だがあなたは結局、何も知らない様子。だとすれば味方に引き入れるのが得策だと判断した」

「私は、姫様の味方です。死ぬのも、その先が地獄であってもご一緒すると心に決めております」

「そうか」


 東宮はつまらなさそうな相槌を打って、盃の中身をぐいと飲みほした。


「だが、あなたもあの女が何を考えていたのか、知りたくないか? 俺に協力すれば、それが叶うだろう」

「姫様はあの女ではございません!」

「……あなたはかぐや姫のことになると、犬のようにきゃんきゃんわめく。どうかと思うぞ。もう少し可愛げが……すまん、もう言わないから侮蔑の視線を向けないでほしい」


 松緒は浮かしかけた腰をすとんと下ろした。

 空気が動き、頼りなげに灯台あかりだい灯影ほかげが揺れる。


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