18 女たちの「百鬼夜行」
庚申の夜がやってきた。
この日はいつもよりも盛大に燈籠や篝火で後宮がきらびやかに照らされているように感じる。
そして、人もどこか浮き足だっている。耳を澄ませば、期待に心落ち着かぬ人々の囁き声が聞こえるようだった。
「尚侍さま。すべての支度が整いました」
丹羽局が、松緒の前で平伏した。
いつもの、「かぐや姫」の室……ではない。
彼女たちは行事の行方を見守るため、別の殿舎に作った控室にいた。
「ご苦労さまでした。……では、はじめてください」
「承知いたしました」
丹羽局が御簾向こうに下がった。
やがて、遠くで合奏がはじまる。
御簾の前を、人影がぞろぞろと通っていく。
人影とは言いつつも、その「形」はさまざまだ。
乱れ髪をそのままに歩く、男が着る狩衣をまとった者。
鼎や穴の空いたたらいを頭に被って、白装束をまとった者。
はたまた両腕を振り上げて踊りながらつるりとした脛を見せながら歩く「水干姿の童」たち。
あらいやだ、おかしいわ、こんなの。
「彼女たち」の、けらけらとした笑い声が響いている。
「弟の狩衣を借りてきたの」
「鬼女になってやったわ。つれないあの人に見せつけてやるのよ」
「このきれいな足を見せつけて、玉の輿を狙うのよ」
「彼女たち」は後宮にいる女官たちだ。普段は女装束を着ているが、今宵はいつもより性別や年齢が異なる衣装を身に纏ってもらった。
彼女たちには後宮の廊を練り歩いてもらう。先々で、帝をはじめとした見物人が待っている。
女たちの仮装による「百鬼夜行」。
彼女たちにはひとりひとり籠を持たせていて、中に入っている唐菓子を見物人に配り歩くことになっていた。
これが松緒の考えた庚申待ちの行事である。
「それはさながら和製ハロウィンのごとし……」
「尚侍さま。今なんと?」
「いえ、なんでもありません」
丹羽局にひとりごとが聞こえてしまい、松緒はごまかした。
「本当によかったです。みなさま案外、突拍子もない思いつきでも乗り気になってくださって。丹羽局が声をかけてくださったおかげです」
後宮の女官をまとめる重鎮が動いたのも大きいだろうと告げたら、丹羽局は遠い目をしていた。
「それだけでもございませんよ。あの子たちは、娯楽に飢えていますからね。珍奇なものに飛びついて、騒ぎたかっただけでしょう。こうしてハレの場を作ることで、普段の生活で抱えた鬱屈したものを解き放っているのですよ。わたくしめはもう若くないので、そのような元気もありませんが」
丹羽局はいつもどおりの落ち着いた色合いの女装束をまとっている。
松緒はおもむろにあるものを差し出した。
「尚侍さま、それは?」
「見ての通り、用意した唐菓子です。庚申待ちが終わってからと思いましたが、気が変わりまして」
「……必要ありません」
「典侍をねぎらうのは内侍の義務ですよ。たいしたものでないので、さっさと受け取ってしまうのです、さあさあさあ」
「強引な方ですね……」
呆れたように丹羽局は菓子を受け取り、ぽりぽりと齧り始めた。
行事の運営側は、準備が終わって、段取りがすべて整っていれば、あとは突発的なことに備え、行事を見守るのみである。
「練り歩きが一段落しますと、池の舞台で内教坊(後宮で芸能関係を司る部署)の女官たちが舞を披露いたします。その後は徐々に遊興の場となるでしょう。わたくしめは後片付けの指示を含めて見回りをいたしますが」
丹羽局はここで言葉を切ると、
「……本当に『そのように』されるので?」
そう、念押しのように尋ねてくる。
もちろんと「かぐや姫」は答えた。
「このような時しか、機会がないでしょう。丹羽局からしたら、気を遣うでしょうし、その点は申し訳なく思いますが」
「いえ。尚侍さまをお支えするのが役目でありますれば」
丹羽局は平伏した。
「助かります。では、そろそろわたくしも着替えてきます。丹羽局は、また声をかけてください」
「承知いたしました」




