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16 童女たつき

 丹羽局が帰った後、宮中でも顔の広い童女を呼んだ。同じ大納言家にいた「たつき」という名の少女だ。自らを「ぼく」と称する珍しいところもあるが、お使いを頼むことも多く、宮中内外をあちこち歩き回るので、知人が多い。東宮に仕える小舎人童こどねりわらわに恋人がいるらしい。

 肩まで切りそろえた振り分け髪がかわいらしい彼女に、左大臣家の息子について知っていることを尋ねた。


「行春さまですか? まだお若いですけど、人気のある方ですよ。将来も有望ですし、お近づきになりたい女官も多いと思います」


 行儀良く手を膝の上に乗せた彼女は屈託もなくそう答えた。


「あの方、たしか何度か『姫様』に文を渡していたと記憶していたけれど、やっぱり今も関心がおありなのかしら」

「ぼくはそう思いますけど。ただ行春さまご自身はあまり軽い感じの方ではなさそうです」

「左大臣家の噂はなにか聞いている? 「かぐや姫」のことをどう思っているか、とか……」


 そこまで詳しくはわかりません、と間髪入れずにたつきは言い、少し考えた後に、


「でも、ご家族とはうまくいっていないのかもしれません」

「どうしてそう思うの?」

「以前、左大臣さまと行春さまが内裏で言い争いをしたという噂があったのと……ぼく自身、たまたまですが、左大臣さまを遠目に見る行春さまを拝見したことがあります」


 たつきは、自分の肩に両手を回した。


「睨んでいらっしゃるように、お見受けしました。怖かったです」

「それなら、左大臣家と行春さまの意向はそれぞれ違うこともありえるのね」


 なんなら、今回の行事での楽人希望の件も、左大臣は知らない可能性まである。

 憶測だけでことは進められないが、やはり一度きちんと真意を聞いておかなければならないだろう。


「助かりました。直にお会いするのは初めてですし、聞いておいてよかったです。容姿さえもよく知らなかったですし……」


 すると、たつきは不思議そうに首を傾げた。


「松緒さまはもうお目にかかっているではありませんか」

「えっ」

「えっ?」


 ややあって、合点がいったたつきが教えてくれた。

 

「ほら、あの方ですよ。ぼくが几帳を持っていたら転んだ時があったでしょう? その時にいらっしゃった方です。松緒さまはお面をつけていらっしゃったと思いますが、松緒さまからは見えていたのではありませんか?」

「え、えぇ……」


 松緒の脳裏に、あの印象的な赤い袍を着た青年の姿が蘇る。


「蔵人所から出た時にもいましたね」


 不愉快なものを見る視線だった。あれがかぐや姫に恋焦がれている視線とは思わない。

 断然、会いたくなくなってきた。

 なぜなら松緒の「姫様」が嫌いなやつなど、松緒の敵なのだ。あの視線を主人に浴びさせることにならずに済んだだけましだ。

 苦々しく思っていると、たつきがそわそわし出した。


「松緒さま。申し訳ないのですが、そろそろ逢引の約束があって……」


 これから恋人と逢うという。

 あらごめんなさい、と松緒は謝り、手元に常備しているちょっとしたお菓子を二つ包んで渡した。


「ありがとうございます」


 たつきは戸惑いながらも包みを受け取る。


「松緒さまはお優しいですね」

「少しのお菓子なんてたいしたことないですよ」

「かぐや姫さまにお仕えしていた時にはこのようなことがなかったので……」

「それはあなたが仕えた期間がまだ短かったから。もう少ししたら姫様のお優しい気持ちがわかったと思いますよ」

「そうですね……」


 たつきはしみじみと言う。


「ぼくからしたらもう、『かぐや姫さま』は松緒さまのことです」


 その何気ない言葉が、松緒の胸には深く深く突き刺さったのだった。

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