14 ピンク髪陰陽師と白猫
桃園大納言が帰ったので、松緒がひとりで物思いにふけっていると。
「やや! 鈴命婦はこちらへ参っていませんかナ!」
男の声と、足音が殿舎に響く。
松緒はさっと檜扇を広げて顔を隠す。
ちりんちりん。小さな鈴の音も遅れて響き、松緒の膝の上に白い毛玉が乗り上げて、くりくりお目目でにゃあと啼く。
「猫だ……」
松緒はあまり触れたことがないので、そのまま固まってしまった。
傍の几帳の帷子が左右に割れて、黒い烏帽子がにゅっと突き出す。
「尚侍サマ、ごきげんよう!」
「ごきげんよう……」
「晴明ですヨ!」
「知っています」
膝の上で白い猫は丸くなっていた。
晴明は肘で這いより、器用に猫を持ち上げた。猫は嫌がるわけでもなくおとなしくしている。
「鈴命婦はすぐに逃げてしまうのですヨ。だからワタシがいつも追いかけています」
「……あなた、陰陽師でしょう。なぜ猫を?」
「はて、なんででしょう? なぜかよく命じられるんですよねェ……?」
そんなやりとりをするうちに、別の人影が後方から彼に迫った。
「この野良陰陽師めが! 無礼もはなはだしい! 恥を知れッ!」
危機を察知した猫は、すぐさま陰陽師の腕から逃れたが、陰陽師自身は逃げられなかった。
アッ、となまめかしい声をあげたピンク髪がずるずると後方へ引きずられていく。
几帳の帷子が閉じていった……。
うぎゃ、うぎょ、うべっ。……ばたんばたんと暴れる音と不可思議な悲鳴が聞こえてくるので、さすがに松緒は几帳の反対側へ回りこむ。
「何をしているのですか……」
扇をかざす松緒にすべて見えていたわけではなかったものの、松緒には板敷の床にへばりついて意地でも動かないという姿勢をした晴明が見えていた。そしてその晴明の足をつかみ、どうにか外へ引きずりだそうとしたが、動きにくい袴に足を取られてやむなく倒れ込んでしまった「部下」が。
「お見苦しいところをお見せしております、尚侍さま」
声だけは平常だった。怖いぐらいに。
「今すぐこの野良陰陽師を放り出しますので、お待ちを」
「丹羽局。体格が違うのですから、無理しないほうがよいですよ」
「いえ。この者を御簾の内に入れたのは、わたくしめの不徳の致すところでございます。責任を果たします」
「相手も人なのですから、きちんと話せばわかってくれます。そうでしょう、晴明殿」
妙な沈黙がその場に落ちた。
フフフ、とピンク髪の陰陽師が笑う。
「そうですネ。ワタシ、聞き分けがよいのですヨ。ささ、御簾の外に出まショウ」
チチチ、と晴明が舌打ちをすると、白猫も彼の傍に寄ってきた。抱き上げて、御簾をくぐる。
丹羽局はいつ晴明が振り返って戻ってきやしないかと神経を尖らせているようだった。
「……あ、そうだ、尚侍サマ」
「野良陰陽師!」
オオ、怖い怖い、と肩を竦める晴明。
「宮中には魑魅魍魎が多くいるものですナア。ひとところに集まれば、百鬼夜行ができますナ」
不気味な笑い声とともに不審人物は去っていった。
――『百鬼夜行』、か……。
この世界の人びとはあやかしがいると信じている。だからこそ陰陽師もいるし、祈祷も行う。
夜に都のあやかしたちが列をなして練り歩く。それが百鬼夜行というものだが……。
「あ、そうか」
「尚侍さま?」
「いえ。今、ふと、庚申待ちの行事について、思いついたことがあったのですよ」
松緒は自分の考えをこそこそと話した。
はじめのうちは不審そうにしていたものの、やがて唇を一文字に引き結ぶ丹羽局。
「それは……前例がないことでございますね」
「はい。記録にもありませんでしたね。しかし、主上は面白がると思われませんか?」
「……否定しません。喜々として食いつかれるさまが目に浮かぶようです」
丹羽局は、額に手を当て、天を仰いでいる。
「承知いたしました。その方向で行事の内容を詰めて参りましょう。尚侍さま、時は有限でございます。決めることもたくさんございます」
「それは覚悟しております。共にがんばりましょう」
「かぐや姫」と丹羽局は頷き合ったのだった。




