13 庚申待ち
庚申待ちと呼ばれる風習がある。
暦で庚申に当たる日が年に数度あるのだが、その日の夜に寝てしまうと、普段体の中にいる三尸という虫が、天帝のところにいって、宿主の悪行を報告し、宿主の寿命が縮まってしまうという。
よって、庚申の夜には眠らずに過ごすのが、庚申待ちだ。この時に、眠くならないよう人が集まり、管弦の宴を催したり、歌を詠んだり、碁を打ったりなどする。
宮中でも同じようなことが行われていて、帝が打診したのも、庚申待ちの時に人々が楽しめる行事を取り仕切ってほしいとのことだった。
「それで、主上にはなんとお返事なされたのでしょうか」
「謹んでお引き受け申し上げます、と」
帝と東宮との対面後、丹羽局との緊急会議である。近くには、相模も控えている。
丹羽局は、粛々と「かぐや姫」の話を聞き、まず第一声として「仕方がありませんね」と発した。
「尚侍さまに何か、お考えはございますか?」
「これぞ、というものはまだ……」
松緒は言葉を濁した。
松緒がすぐに考えつくようなものは、すでに行われているし、飽きているだろう。
「かぐや姫」が関わるからこその「趣向」が求められている。
行事の内容はともかくとして、「かぐや姫」にはまずはやらなければならないことがあった。
「しかし、帝がお任せしてくださった以上、わたくしはしっかりやり遂げたいと思っております」
松緒は、意を決して口を開いた。
「わたくしひとりで行事を取り仕切ることはできるわけもございません。どうしても、丹羽局や、他のみなの力が必要となりましょう。……どうか、わたくしを助けてもらえないでしょうか」
松緒はちらっと扇をかざしたまま、丹羽局の様子を伺った。松緒から見えるのは、座っている彼女の袴の辺り。膝の上に扇を持ち、両手を揃えて置いていた。
丹羽局はおもむろに立ち上がる仕草をした。
「お話の方はわかりました。わたくしめはこれにて一度失礼いたします」
――あれ、だめかも。
丹羽局はきっぱりした態度で立ち去ろうとしている。
正直、彼女にまず頼ることしか考えられなかった松緒は内心、焦った。
「え、あの……姫様のお話のほうは?」
傍の相模も松緒と同じように思ったのか、こらえきれない様子で声を上げる。丹羽局がちらとそちらを見やり、
「尚侍さまにはお勉強していただく必要がございましょう。尚侍になられたばかりで宮中のしきたりにも疎いのです」
「は……?」
「尚侍さまはいまだお考えがまとまってないご様子。……庚申待ちの記録は、内侍所にわずかにございます。それをお持ちしようかと思ったまでですが」
松緒と相模は一瞬、戸惑ったが、胸を撫でおろす。
丹羽局は「かぐや姫」を見捨てたわけではなかったらしい。
「ありがとう、丹羽局。助かります」
「何を当然のことをおっしゃるのですか。わたくしめは尚侍を補佐する典侍でございます。尚侍がお望みであれば、従いますので」
まずは丹羽局が持ってくる過去の記録を読みながら、庚申待ちに行うことを決めることになった。
次の庚申の日まで、およそ一か月。準備のことを思えば、時はあるようでなかった。
三日経った。
行事の内容がさっぱり思いつかない。寝ても醒めても行事のことが頭をよぎる。
今や松緒の失敗は「かぐや姫」の失敗になってしまう。松緒ひとりが恥をかけば済む問題ではなかった。
「かぐや姫」が庚申待ちの行事をとりしきることは、すぐ噂が出回ったらしい。次の日にはかぐや姫の父親である桃園大納言に伝わっていた。
「やりおおせるのであろうな。宮中の耳目がおまえに集まっているのだぞ」
「は、はい……」
松緒は冷や汗をだらだらかきながらそう返事するほかなかった。
かぐや姫がいたころはまだおだやかな気質だった桃園大納言も、今となっては鬼上司。圧のかけ方が半端ないのだが、この世界にはハラスメントを訴える手段がない。
――姫様も、周囲の期待に応えることに耐えられなかったから、いなくなったのかな。
松緒は無邪気にかぐや姫の背中を追いかけていればよかったが、かぐや姫自身はどう考えていたのだろう。松緒が見る限りでは、重圧を気にした様子もなく、いつも穏やかに微笑んでいたが……。




