12 「イマジナリー姫様」
――姫様ならどうするだろう。
身代わりになってからというもの、松緒は自分の中の「姫様」によく問いかけるようになった。
「姫様らしく」を求められているからだけれども、松緒にとっては「姫様を思い出す行為」でもあるのでそれはそれで幸せだったりもする。
――わたくしなら、こうするかしら。
松緒が問えば、松緒の想像した姫様が、ふわっとその場に現れて、松緒に答えを教えてくれる気がした。
彼女はそれだけ長い間かぐや姫と一緒にいたのだから、脳内で姫様を再現することなど余裕なのである。
これを「イマジナリー姫様」と呼ぶ。「イマジナリーフレンド」ならぬ、「イマジナリーな姫様」である。
松緒はこの時も「イマジナリー姫様」を発動した。
松緒が思うだけで、かぐや姫は微笑みながら松緒の前に現れる。
『姫様、主上からお尋ねがあったのです。なんとお答えすればよいでしょうか?』
『主上は何をおっしゃったの?』
『「かぐや姫」に対して、自分はこれからどうしたらよいのか、と……。主上のお考えがよくわからないのです』
『そうね……』
かぐや姫は面を伏せてしばらく考えた後に、
『松緒は覚えている? あの時のこと。ほら、前の関白様のお誘いをお断りした時の……。あんな感じでよいのではないかしら』
『で、ですが、姫様。あの時は夢中でしたし……』
『ふふふ。きっとできるわ。あなたなら』
「イマジナリー姫様」はフッ、と消えてしまった。妄想のわりに都合よくお話ししてくれないのだ(そんなところも姫様らしいのだが)。
松緒は、今、現実にいた。「かぐや姫」として帝と東宮の二人を御簾越しに相手をしなければならない。
ふたりは松緒の答えを待っているのだ。
「『おのが身は、この国に生まれて侍らばこそ使ひ給はめ、いと率いておはし難くや侍らむ』と申します」
――わたしの身がこの国に生まれていたならお召しできましょうが、お連れなさるのはとても難しいことでしょう。
『竹取物語』でかぐや姫が帝を拒む時の台詞だ。
かつてはしつこくかぐや姫を口説こうとした前の関白を追い払うために、松緒が必死で考えた断り文句でもある(室内に入り込んでこようとしたのを叫びながら制止した。危なかった)。
「尚侍として、お仕えする気持ちに偽りはございません。もしも主上がこの御簾を越えていらっしゃった場合、わたくしはするりと逃げて、月に帰ってしまうやもしれません」
くくっ、と笑い声が漏れた。東宮の肩が揺れていた。
「「主上」のところだけは訂正せねばならないだろう? そなたは、どんな男だろうとも受け入れるつもりがないのでは? それこそ物語の「かぐや姫」をそのままなぞるように生きるのか?」
松緒は何も言わなかった。理解してもらえるとも思っていなかった。
彼女は、「姫様」にずっと仕えるつもりだったし、年老いたら寺の近くで椿餅を細々と売って、姫様と暮らしていたかったのだ。
かぐや姫はすべての求婚を断り、だれの手も取らなかったから。
――そんな姫様がいなくなってしまった。私の気持ちはだれにも理解してもらえないのでしょうね。
半身をもがれたような喪失感を、身代わりをするために無理やり気づかないふりをしているのだ。
「よいのだ、墨宮」
帝が「かぐや姫」の沈黙を掬うように口を開いた。
兄に釘を刺された東宮は不機嫌になった様子もなく引き下がる。
「尚侍。そなたの気持ちを尊重しよう。ところで、ひとつ、頼みがある」
帝の「頼み」とは、ほぼ勅命と同義である。
場を乗り切ってほっとしたのも束の間、松緒は背筋を伸ばして、帝の言葉に耳を澄ませたのだった。
「そなたには、行事をひとつ、取り仕切ってもらいたい」




