旅へ…
あの”賭け”の時…
《まあ、いいか。代わりにキミの”あの人”の寿命を少しサービスしてあげよう…》
あれは、確かにそう言っていた。ネイサンに流れ込む力は、恐らくその為であろうと仁は確信していた。あの時は何の事だか良くわからなかったが、こうしてネイサンの体に異変が起きているというなら…それは自分のせいだ。
青ざめて震えながら、念仏を唱えるように謝り続ける仁の異常な様子に サマエルが正面から強く抱き締めた。ギュウ…と更に力を込めると、漸くその震えが収まった。
「…苦し…息、出来ない…」
「おっと、すまん。…大丈夫か…?」
腕を少し緩めると、弱弱しく横に頭を振る仁。その頭にネイサンの手が乗せられた。
「…ジン、すまなかった。お前を責めるつもりは全く無いんだ。ただ、自分の現状が理解出来ないままだと 不安でな…。それだけなんだ。それ以外では問題無いどころか体は動くし良い変化ばかりなんだ」
「…せんせ…」
離したら倒れるとばかりにサマエルの服を両手で握りしめている仁の様子に、更にくしゃくしゃっと頭を撫で安心させるネイサン。
仁はサマエルにソファまで連れていかれて座らされると、深く息を吐いた。
「少しは落ち着いたな?…よし。でなぁ、ネイサン」
「ああ」
ネイサンは仁の隣に座り、まだ青い顔のままの仁の肩を宥める様に抱く。
「…率直に言うぞ。”原始の力”の影響を受けてる 今のあんたは、ヒト族よりも亜人に近い存在だと言える。魔族四将を倒した時以上の魔力、身体能力が 今は安定した状態で落ち着いている。だからオレは何も言わなかったんだが…気になっていたなら、悪い事したな…」
「いや…こっちこそすまない。全く問題が無い訳ではなさそうだが…まあ、これからの事を考えれば間違いなく僥倖だろう」
ネイサンは薄く笑って、肩を抱いたまま仁の顔を覗き込む。あまりの至近距離に心臓が止まりそうになる仁。
「お前の気持ちを考えないで悪かったな。だが、本当に現状把握したかっただけなんだ。だから、許せ」
「…!…!…!」
頭が真っ白になっている仁は、言葉なぞ出そうにも出せなくて 何度も頷く事で答える。間近にあるネイサンの顔が綻ぶと、仁の頭は完全にショートして軽く気を失いかけた。
「…あと、一つ言っておく…」
サマエルが二人の様子に苦笑いしつつ言う。
「何だ?」
「ネイサン。あんたの寿命もジンの寿命も、恐らくはヒト族よりだいぶ長いものになるだろう。それは良くも悪くも”原始の力”を持つ者の宿命だと思ってくれ」
ネイサンが訝しげな顔をすると、サマエルは更に続けた。
「言うかどうかは、正直迷ったんだ…。だが、あんたの気性だと言っておいた方が良さそうなんでな…」
二人の座るソファの前のテーブルに腰を下ろして、少しばかりバツが悪い顔で笑う。ネイサンも苦笑して頷く。
「そうだな。言ってくれて良かったよ。何年か後に、また悶々と悩む羽目になっていただろうからな…。ジンもそうだろう?」
仁はネイサンの体温を感じていて、心中それどころの騒ぎではなかったのだが何とか頷く。サマエルは 今まで見せた事の無い仁の表情をしみじみと眺めつつ、本当に初心な女みたいだな…と愛おしく感じていた。
「さて。聞きたい事は聞けたし、夜も遅い。帰って寝るか」
勢いよくソファから立ち上がるネイサン。ようやっとネイサンの腕から解放されて、ほっとするやら寂しいやら複雑な仁。
「大丈夫か…?」
「…ええ、大丈夫よ。ありがとう、サマエル」
にこりと、いつもの笑みを向ける仁だが 頬が上気して恥ずかしそうである。その頭をくしゃりと撫でて立ち上がると、まだ頭がフワフワして足に力が入らない仁を支えてやる。
「…ねえ、サマエル…。あたしたち、どの位…」
言いかけたが「いいえ、ごめんなさい。きっと聞かない方が良いのよね…」と独り言のように終わらせる。それを聞いていたネイサンが重ねて聞いた。
「いや、気にはなるな。あんたはどう思う?」
「…元がヒトの体で、モンスターのように進化したわけでもないからな…。本来の寿命を迎えた体が、どこまで耐えられるかだろうな」
「…ジンも相当アレだが…あんたも不思議だよな…。まるで当たり前のように未知の事柄を説く。古代種は皆、そうなのかもしれんが…」
ネイサンに言われて、面白そうな顔をするサマエル。
そういえばそうね、と興味津々でサマエルを見る仁。
「藪から棒だな…。まあ、そうだな。種族的な事もあるし、オレ自身が得た知識もある。何しろ長い人生だからなぁ」
笑うサマエルであったが、その目には若干の憂いがあった。
「…すまん。今日の俺はどうも口が滑るようだ。これ以上の失言をしない内に暇する。ジンは好きにして良いぞ。…じゃあな、サマエル。明日は早く出るんでな…。一月後に会おう」
「おう。頑張ってきてくれ」
軽く手を振って送り出すサマエル、と仁…。
「サマエル、おやすみなさい!あたしも頑張ってくるわね!」
笑顔で抱き締められて、「いってきまーす!」と言われて。
「ああ。行ってこい。待ってるぞ」と送り出すしかないサマエルであった。
*
翌日
「ジン、忘れ物は無い?一度離れたら、すぐには戻れないんだからね!」
ついに出発となった今日、ジュディの声が王宮一階の大ホールに響いた。
見送りには手の空いている使用人全てが集まってしまった。最もそれを見越してサマエルとの別れはもう済ませたし、朝から仕事があるアロンとハームにも夕べの内に言葉を交わしていた。
「大丈夫ですよ。何度も確認したし、せんせーの荷物も問題ないです!」
そういう仁たちの荷物はマジックバッグのリュックを背負っているだけで、とても長期の遠征に行くようには見えなかった。
「…行ってくる。シャムロの事は頼んだ。…とは言っても、こっちからもマメに連絡するつもりだし 何かあったら些細な事でも知らせてくれ」
「ジン様、ネイサン様、どうぞお気を付けていってらっしゃいませ…」
じいさんが寂しそうに二人に言った。
「ありがとう、おじいちゃん。サマエルがサボらないように、しっかり見張っていてね!何かあったら必ず連絡を頂戴ね!」
仁の軽口に、使用人たちが笑みを零す。その中からコーレシュが出てきて優雅なお辞儀をした。
「私共一同、お二人のご帰還までしっかりと務めます。ご安心下さい」
「コーレシュ、頼んだ。さて、行くか」
「はい。せんせー」
「…お前…”せんせー”はもう止めろって何度言えば…」
「…おいおい慣れます…。ユキちゃん、行くわよ」
ぐるる…
ユキも返事を返して仁の横を歩く。
結局 皆がぞろぞろと、王宮の第一門まで見送りに来てしまった。
「それじゃあ、皆さん!行ってきまーす!」
晴れやかに笑った仁は見送りのヒトたちに大きく手を振ると、先を行くネイサンの傍に収まる。
そして楽し気な二人と一頭は、これから始まる冒険への第一歩を踏み出すのだった。
……了
ついに終了致しました。何とか書き上げられて良かったです。
拙い話にお付き合い頂き、本当にありがとうございます!
昨日はネイサンの懸念を書くか迷ったのですが、一応の区切りもあるので入れました。
ちなみに、パーティーを組んで旅に出るのは最初に決まっていました。
本当なら、もう少しリベッカとの絡みも書きたかったのですが…なかなか話がそっちに行かず断念いたしました…。




