22話
とうとうこの日がやってきました。
そう、本日は待ちに待った給料日です。
最近始めたアルバイトも、このみ、わかな、うるかの3人でやるととっても楽しく、時間の経過もあっという間でした。
わかなとうるかは初めてのアルバイトでの初給料。そわそわしながら親に作ってもらった口座を確認したら、しっかりとお給料が振り込まれていました。
「凄いよこのみ! 見た事ない数字になってる!」
「いや見た事はあるだろ」
と冷静に突っ込んだこのみでしたが、テンションが上がってしまう気持ちは分からなくもありませんでした。
初めてアルバイトをして貰ったお給料には学生にとって特別な意味があるものです。
どうしようかな、何に使おうかな、とウキウキな気分になってしまうのも無理なき事。
わかなが眩しいくらいに目を輝かせていると、うるかが言いました。
「このみさん、キャンプ道具はどこで買えるんでしょうか? 行きつけのお店とかあるんですか?」
「ない」
なんと即答が返ってきました。
では、このみの趣味であるキャンプに必要な道具達はどこでどうやって入手したのでしょう?
「ウチは基本ポチってるから」
右手でマウスをクリックする動きをして見せます。
このみが言う『ポチってる』というのは、いわゆるネット通販で購入しているという事で、それならば行きつけのお店がないと言う言葉にも納得出来ました。
このみは顎に手を当てて「んー」と少し考えてから、
「とはいえ、何か買うなら実物見た方が分かりやすいか」
ネットでの購入の利点は、圧倒的な品数の多さと買いに行く必要がない、という事。
お店での購入の利点は、思わぬ商品との出会いと確かな保証があり、店員さんのオススメや新商品の情報などを聞ける事。あとは頼めば商品のお試しが出来る、などでしょうか。
キャンプに触れた事がないのであれば、いきなりネットで購入するよりも専門店へ試しに行ってみた方が確かに良いかも知れません。
「行ってみる?」
聞いてみると、
「行く行く!」
わかなが元気に返事をしました。
「いつ行く?」
聞いてみると、
「すぐにでも!」
うるかが真剣な表情で返事をしました。
「おけ。近いとこ探してみる」
早速このみはスマホを操作して近くにキャンプ用品が置いてあるお店を検索したのでした。
***
と、いう事で検索に引っかかった近くのお店に立ち寄った3人でしたが、入口の前で看板を見上げたまま突っ立っていました。
「嫌な予感がする」
「同意です」
「右に同じ」
わかなの嫌な予感とやらを、全員が余すところなく感じ取っていました。
──キャンプ用品店〈キャンプンプン〉
看板にはそのように書かれていたのです。
まるでどこかで見たようなネーミングセンスに、既視感が否めません。
「ま、まー……結果的にあのお店は当たりだったわけだし、ここももしかしたらー、なんて事があるかも」
「なかなか大きいお店みたいですし、欲しい物が見つかるかも知れません」
わかなやうるかの言う通り、駐車場も含めてかなりの規模のお店が意外や意外、3人の通う学校の近くにありました。
普段使っている駅とは反対方向にあるので気付かなかったのです。
「入るか」
意を決して、このみが先陣を切りました。自転車ショップの時はわかなが先陣を切ってくれましたから、今度は自分が先陣を切る番と静かに意気込みました。
「鬼が出るか蛇が出るか……」
わかなはキャンプ用品店を何だと思っているのでしょうか。
「楽しみですね!」
うるかは純粋に楽しみにしているようですが、扉をくぐった先にあるのは、天国でもあり地獄でもある空間でした。
2階分の高さがあるんじゃないかと思うほど高い天井に明るい照明。脇にはやけに大きなカートがずらりと並べられていて、入り口付近には薪が積み上がっています。どことなくホームセンターを彷彿とさせました。
キャンプ用品店とは言いますが、カヤックのような細長いボートも壁に吊るされていて、レジャー用品なども幅広く取り扱っているようです。
奥行きもかなりあり、一番遠くの商品などゴマ粒のように見えてきます。
「凄い、見てください! こんなにおっきいテント私初めて見ました!」
まるで遊園地に連れてきてもらった子供のようにはしゃいで、うるかはテントに駆け寄っていきました。
「中もこんなに広いですよ!」
「落ち着けうるか」
「本当だ! 僕が立ったまま入れるよ!」
「お前もかい」
もう1人大きな子供がいたのを忘れていました。
とはいえ、今日は買い物に来たわけではなくどんな商品があるのかを見に来たので、他のお客さんの迷惑にならなければ良しとしておきましょう。
品揃えの豊富さなどは天国のようですが、大きさに比例して漏れ無くお値段もお高くなっているのが地獄の部分です。
「ここはファミリー用の商品が多いみたいだから、向こうの方に行ってみよう」
「オッケー」
「分かりました」
流石に子供のように駄々をこねるような事はなく、素直に頷いてこのみの小さな背中を追いかける2人。その際も、通り過ぎていく商品達に目移りしまくって終始キョロキョロしていました。
「ウチらが使うんだったら、多分この辺かな」
柱や天井からぶら下げられた案内板を頼りに、このみがまず向かったのはテントのコーナー。一番最初にあった大きなテントはいわゆるディスプレイというやつなので、テントのコーナーは別のところにあるのです。
大きな棚に、細長いダンボールが所狭しと詰められていて、中に入っている商品が分かるようにしっかりと写真も貼ってあります。
「テントってこのみさんが使っている様なのと、ピラミッドみたいな三角形のしか無いと思っていました」
「そんな事ない。沢山あるよ」
このみが使っているのはXドーム型と呼ばれる一般的なもの。『ピラミッドみたいなやつ』とは〝ワンポールテント〟の事を言っています。
テントのど真ん中に主柱を建てて布を持ち上げるだけという、テントの中では最もシンプルな構造です。綺麗に設営するには意外とコツが必要だったりしますが、一番お洒落で〝キャンプ感〟が出るので、好んで使っている人は多いです。
ちなみに、うるかの言う『ピラミッドみたいなやつ』の四角錐以外にも、六角や八角のタイプもあります。
「このみ、これは何?」
わかなが指差す先には、他の商品と比べたら小さな商品が置かれています。
「〝ハンモック〟」
「ハンモックって……あのブラブラするやつ?」
「そう」
丈夫な紐に布や糸を張り巡らせて、そこに座ったり横たわったりするあのハンモックです。
ハンモックにもブランコの様に上から吊るしたり、鉄パイプの骨組みが一緒に入っていて組み立てたりと、様々な種類がありますが、わかなが差しているのは木と木の間に張るタイプのものでした。
利点は骨組みが無く布と紐だけなのでコンパクトかつ軽量な点。
逆に不便な点は、設営場所を選ぶ、という点です。ハンモックを張るための木がないと設営出来ないからです。
あとは強いて言うならば、横になると包み込まれてしまうため、寝返りがうてなくて慣れないと辛い、という点でしょうか。
人によっては『テントより快適』なんて意見もあるくらいですから、一長一短なのでしょう。
「ハンモックはハンモックであって、テントではないのでは?」
うるかが素朴な疑問を口にしました。
3人がいるコーナーはテントのコーナーです。当然置いてある商品はテントばかりで、その中にハンモックが置いてあるのはおかしいと感じたのでしょう。
しかし、そんな事はありません。
「〝ハンモック泊〟って言って、ハンモックで寝泊まりするキャンプもあるんだよ」
わかなとうるかの脳内に浮かんでいるのはまさにブランコの様な、開放的なハンモックです。
しかしハンモック泊に使用するハンモックは寝泊まりを考慮しているため、蚊帳などが付いていて、雨を凌ぐためにタープで屋根を作るところまでがセットです。
「──貴女達、もしかしてキャンプ初心者?」
突然、背後から話しかけられました。
声のする方へ振り返ってみると──
「別に、わたしが詳しく教えてあげなくもなくってよ? プンプン」
どこかヤバげな語尾と見覚えのある瓜二つの面立ち、それでありながらあの人とはどこか雰囲気の違う──女性店員さんがそっぽを向くようにして言ったのでした。
やはりと言うか何というか、現れましたね、第2の店員さんが!
アルバイトは大変ですけど、自分で稼いだ自由なお金を手に入れた時の喜びは大きいものがあると思います。皆さんは初給とかで記憶に残るような使い方したんでしょうか?
ちなみに自分は全く覚えておりません! まぁそんなもんだよね!
ハンモックにはちょっとした思い出がありまして、上から吊るすブランコタイプのハンモックが家にあって、それに座ってもう1人がグルングルン回転させて遊ぶという、おおよそハンモックから逸脱した使い方して遊んでましたね……。
あとハンモックのゆったりとした揺れが睡眠導入に効果抜群で、よく寝落ちしてました。そのまま物理的に落ちたりもしました。
リアルでハンモック泊やってみたいなーやった事ないので。朝起きたら体固まってそう。手巻き寿司の具みたいな状態だし。あるいは藁に包まれてるタイプの納豆みたいな感じ。
どんな感じなんだろう???




