20話
ハンガーノックで動けなくなっていたうるかは偶然にも通りがかったわかなに助けられ、何かあってからでは遅いと、帰る事になりました。
その休憩で以前来た事のある道の駅に立ち寄ると、このみが1人でコーヒーチャレンジをしているところに出会します。
成果のほどは、コーヒーカップになみなみと残った黒い液体が物語っていますが。
「2人ともこんなところでどうしたの」
不思議そうな顔をしてこのみが問いました。
それに対して、わかなが答えます。
「こっちのセリフだよ……やけに荷物満載で見覚えのある自転車があると思ったら、やっぱりこのみのだったのか」
実は道の駅に自転車を停める際、パニアバッグをぶら下げた黄色いグラベルロードが置いてあったのを確認していました。
まさかな、なんて思っていたら、そのまさかだったようです。
「キャンプツーリングの予行演習も兼ねてね」
そしてこのみはここぞとばかりにコーヒーカップを摘み、口元まで持っていきましたが──そっと戻してしまいました。きっとそうやって飲めないまま何往復もしていたのでしょう。読書だけが捗っていました。
コーヒーを飲めるようになる日は、まだまだ遠い未来のようです。
「……大変だった」
ここまでの道のりを思い返すように外の景色を眺めながらこのみが言いました。
キャンプ道具を自転車に積み込むと、どうしても重くなってしまいます。
重くなるとどうなるか。
ペダルが重くなり、ハンドルも重くなり、結果としてバランスを取るのが難しくなります。普段乗り慣れている自転車とは全然違う乗り心地になるのです。
そのため、このみは来たるべき日のために練習が必要と判断したのでした。その練習も兼ねて、コーヒーの克服にも挑戦していたようです。
そんなこのみの姿を見て、わかなが驚いたように言いました。
「うるかの言った通りだったね」
「ふふふ。でしたね」
「何の話」
うるかがクスリと笑い、このみが首を傾げます。
わかなが立てたフラグをしっかり回収すると言う奇跡を起こし、その奇跡を予見したうるかは流石でした。
「唐突だけどこのみ、このあと予定ある?」
「ない」
わかなの質問に首を振りました。
どうやら本当にコーヒーチャレンジをしに来ただけのようです。それならそれで都合がいいので良しとします。
「ならちょっと休憩した後、一緒に帰らない?」
「いいよ」
突然のお誘いにも平然と対応します。これでいつものメンバーが勢揃いしました。
取り敢えずわかなとうるかの2人は前回と同じBLTを注文しました。
うるかは変わらずコーヒーを頼みましたが、このみと同じく苦いのが得意ではないわかなは安定のコーラを頼みました。
「わかなさんはコーヒー克服しないんですか?」
シュワシュワと弾ける炭酸を見ながらうるかが聞きました。
「僕は苦手な事を無理に克服しようとは思わないかなー」
このみの場合は単純にキャンプでコーヒーを飲む事に憧れを抱いているから克服したいのであって、わかなにはそういった憧れはありません。
ならば無理に克服しようとしなくてもいいでしょう。
と、言う事のようです。
3人肩を並べて席に座ります。
「んで? このみの荷物満載自転車はどんな感じだった?」
興味本位で聞きました。
わかなが乗っている自転車は軽量アルミフレームで、その軽さが強みです。なので余計な荷物などは極力載せないようにしているため、その感覚を味わった事がありません。
そもそもグラベルロードなどと違って、荷物を沢山積めるように作られていないのですが。
「乗ってみる?」
「いいの?! 乗る乗る!」
自分の自転車ではなかなか経験出来ないチャンスにわかなは目を輝かせます。
「あの、私も乗ってみてもいいですか?」
「まあ」
うるかも名乗りを上げ、特に断る理由はないと判断したこのみは頷きました。
うるかも最終的に目指しているところはキャンプツーリングです。自転車に荷物を積んだ時の大変さを経験するにはいい機会でしょう。
ですが、わかなが待ったをかけました。
「ちょい待ち! もう体調は大丈夫なの?」
「体調? どゆこと?」
心配そうな光を瞳に宿して、このみはうるかを見ました。
「その……実は体調を崩していたところを、たまたまわかなさんに助けて頂いたんです」
今度はわかなとうるかの出来事について語りました。
ハンガーノックにかかり、動けないでいたのをわかなに助けられて、帰っている途中に道の駅に立ち寄ったら、偶然にもこのみと出会ったという事を。
「そうだったんだ」
「充分休憩はしましたし、調子は戻ってきました。無理はしませんから!」
「って言ってるけど、そこんとこどうなのさ先生」
「まー、試しにちょっと乗ってみるくらいなら……大丈夫かな」
顔色は良さそうですし、自転車に乗ってみたい気持ちはとってもとっても理解出来たわかなは、自分の監督があれば大丈夫と判断しました。
それにここは道の駅で人も多いですし物も沢山ありますから、もし緊急事態が発生しても充分対応出来ます。
「そうと決まれば即行動!」
「の前に」
意気込んで飛び出していこうとするわかなの背中に付いているポケットを掴んで引き止めました。
「……このコーヒー、どっちか飲んでくれない?」
もったいない精神を発揮して飲み残しを捨てるという選択肢は取れず、珍しくこのみがお願いをしました。
「うるか、頼んだ」
「任せてください」
どっちが飲むかの選択肢は、迷いませんでした。
***
冷めたコーヒーは氷を入れたりしてアイスコーヒーにしてうるかがしっかりと飲み干し、BLTもきっちり平らげて駐輪場へとやってきました。
3人の目の前にはこのみの愛車、黄色いグラベルロードがその存在感を放っていました。前後輪の左右にぶら下げられた計4つのパニアバッグが自転車の体積を増やしているのです。
「ちなみにこれ、全部合わせたら何キロくらいあるの?」
わかなが重そうなパニアバッグに手を添えながら聞きました。
このみは首を傾げます。
「さあ。計ってないから正確な数字は分かんないけど、20キロはあるんじゃない」
「自転車に自転車積んでるようなものなんだけどそれ……」
しかも自転車の中では重い部類になるママチャリクラスの重量を自転車に積み込んでいました。
「重さを均等に分散して詰めるのに苦労した」
しんみりと懐かしむように言いました。
左右のバランスが悪いと走行に影響をきたすので、それぞれのパニアバッグの重さがなるべく同じになるようにしましょう。さもなくば転倒は避けられません。
「そんな重量、僕の自転車に積んだら壊れちゃうんじゃないかって心配で無理だな……」
このみのグラベルロードとわかなのロードバイクは、人間で例えるならガリガリとムキムキくらいの違いがあります。一見すれば同じ自転車のように見えても、その実、内側に秘められた性能は全然違うのです。
その秘密は──
「流石クロモリフレームだね」
──フレームに使われている素材にありました。
「そう言えば店員さんもそれ言ってたな。なんだっけそれ」
自転車ショップ〈サイクルンルン〉に勤めている、いつもハイテンションのお喋り大好きな女性店員さん。
必要な物を購入するために何度かお店に立ち寄った時、丁寧に分かりやすく説明してくれていたのは覚えているのですが、いっぺんに説明されて情報量が多過ぎて、このみは覚えきれていませんでした。
唯一覚えていた単語が『クロモリフレーム』だったのです。
「確か『クロモリ』という合金で出来たフレーム、でしたっけ?」
どうやらうるかはしっかりと覚えていたようです。彼女も同じ説明を受けたのでしょう。
わかなが「その通り!」と指をパチン☆ と鳴らそうとして鳴りませんでした。
「クロモリフレームはアルミフレームよりも重くて値段もちょっと高くなっちゃうけど、その分とっても頑丈なんだ」
最近は安価で加工のしやすいアルミフレームが主流ですが、自転車の用途に応じて使われる素材は変わってきます。
このみのように荷物を沢山積み込んだり、それこそ世界を旅する事を目的とした〝ランドナー〟と呼ばれる自転車は、旅路の途中で壊れてしまってはシャレになりません。なので頑丈に作らなければなりませんから、よくクロモリが使われているのです。
「それにアルミよりも柔らかいから、衝撃吸収もしっかりしてくれるんだよ」
「へえ」
自転車に乗る際、この〝地面からの衝撃〟は馬鹿に出来ません。これをいかに軽減出来るかが乗り心地の良さに繋がり、それは即ち長距離を楽に移動出来る事に直結します。
「まー、柔らかければいいってものじゃないから、そこは好みの問題だけど」
フレームが柔らかいと、乗り心地が良くなる反面、力が伝わりにくくなってしまいます。加速性能やハンドリングに影響を及ぼしますが、素人にはよく分からない程度の違いなので、あまり気にしなくても良いでしょう。
「それはさておき、ちょいと乗らせてもらうよ」
「どうぞ」
このみのグラベルロードの若干幅広なハンドルを握り、わかなは察しました。
(あ、これあかんやつや)
重い荷物を積んだ自転車に乗り慣れてない自分が乗ったら確実に転かす。
そんな未来が見えました。
「うるか、ちょっとパス」
「え? あ、はい」
あっという間に自分の番が回ってきて少し驚いたうるかが、大人しくハンドルを変わりました。
「こ、これは……」
体全体にかかる圧力とでも言いましょうか、気を抜いたら奥か手前に倒れてしまいそうな危ういバランス。
常にそんなバランスと戦いながら自転車に乗り続けて長距離を移動する。
「私にはちょっと無理かも知れません」
「え……」
乗りもせず、早々に諦めてしまった2人を見て、このみは呆気に取られてしまいました。
「もしかしてウチがおかしいの」
「「おかしい」ですね」
口を揃えられてしまって、ぐうの音も出ないこのみだったのでした。
第5章「焦り×克服×バランス感覚」──完。
ちょっと中途半端な終わりかも知れませんが、3人はしっかりと帰宅しました。
ママチャリのカゴと荷台に荷物を沢山載せて走った経験はありませんか?
業務用スーパーで買った物をこれでもかと積み込んだりとか、カバンに教科書詰め込んで荷台に縛って、入り切らなかった荷物をカゴに無理やり積んだ学生時代……経験あったりしませんか?
あと二人乗りとか……(めっちゃ小声で)
そういうのをイメージすると少しは分かりやすいのかな、と。
キャンプの荷物で一番厄介なのは多分テントでしょうか。これが一番大きくて重いです。扱いに一番困るやつです。これをいかに軽量でコンパクトなタイプを選ぶかがポイントかな、と。
まぁその辺りはここで書く事ではないですかね。また別の機会にでも。
って事で自転車の話がちょっと続いていたので、次章はキャンプの方に焦点を当てたお話にしようかと考えております!
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