10 船の街ラヴァンダール(2)
「アンさんの話だと、街外れの聖堂がカティーシスの拠点らしいけど……あっラズさん、今のところ右な。……右だよな?」
「安心せい、地図の読み方はそれでいいぞ。にしても、もっと詳しい位置情報が欲しかったのう。聖堂ありすぎなんじゃよこの街」
早速雑貨屋で入手した街の地図を眺め、祐理は眉間にしわを寄せる。エペーの声も苦々しかった。
さすが大都市、かなり広い。昼前にはラヴァンダールに着いていたのだが、それでもまだ問題の聖堂は見つけられなかった。それと言うのも、候補が複数箇所あるせいだ。立地が郊外だというのもあって、一軒一軒回っているとどうしても時間がかかる。該当しそうな聖堂を地図上でピックアップしては行ってみているのだが、外ればかりでかなり時間を使ってしまった。
幸い疾走する大逆の禍風のおかげで移動手段には困らないのだが、永久の闇の緋き檻と併せて使うと何故だか目立って居心地が悪かったのでラズトラウトの馬に乗せてもらっている。乗馬の経験なんてまったくなかったので不安だったが、案外なんとかなっていた。よくわからないベルトらしい器具で固定されて、ラズトラウトの後ろで地図を頼りにナビゲートしているだけだが。ラズトラウトのいかつい鎧がごつごつしていて若干痛いが、馬の乗り心地自体は快適だった。黒騎士、馬の扱いに長けているのかもしれない。
「しかし、見れば見るほど栄えているね、この街は。とても魔女の脅威にさらされているようには思えない」
「ここを荒らすつもりはないってことなんだろうな。おとなしく潜伏してくれてるうちにカタをつけねぇと」
その聖堂に辿り着いたのは、陽も傾きかけたころだった。ほのかに明かりのついた聖堂からは、賑やかな子供達の声が聞こえてくる。馬上の祐理とラズトラウトは思わず顔を見合わせた。
「さすがにここは違うんじゃないかのう?」
「聖堂っつーか、孤児院って感じだしな。……でもよ、アンさんが見たのって、なんつーか……こう、“子供好きな聖職者の部屋”ってやつじゃなかったっけ?」
これまで回った聖堂は、どこもしんと静まり返っていた。人の気配がないどころか、とっくに打ち捨てられて廃墟然としていた場所だってある。そういった場所には、アンブロシアがスズメを通して視たというカティーシスの根城らしい部屋はなかった。だが、ここならどうだろう。
「うーん……。まだ候補地は残ってるけど……そうだね、一応ここも調べておこう。もしこの聖堂が無関係ならそれでいい。でもカティーシスがいるなら、聖堂で戦うのは危険だ。子供達を巻き込んでしまうからね」
「そんときはなんとかして外まで誘導して倒すか、一人になって油断してるタイミングを見計らって闇討ちとかしようぜ」
説得にラズトラウトは応じてくれた。彼の手を借りて祐理も馬から降りる。声をかけながら聖堂のドアを叩くと、すぐにドアは開いた。
「お客さん?」
現れたのは十歳前後ぐらいの利発そうな少年だ。少年は祐理達を見上げてきょとんとしている。
「あー……えっとな、俺達人を探してんだけどさ、カティー……じゃねぇ、赤髪で、目が青と黄色の、」
「……神父様のこと?」
「神父……この聖堂を預かっている人物かい? いるなら彼のもとまで案内してほしいんだが」
祐理のたどたどしい説明でも、少年は反応してくれた。この聖堂が目的地だった可能性が高まり、ラズトラウトがそう頼み込む。だが、少年は首を横に振った。
「神父様はまだ来てないよ。今日は朝からずっと出かけてるんだ。もう少ししたら帰ってくると思うけど。中で待ってる?」
「わかった。それなら少し待たせてもらうな。いいよな、ラズさん」
「……いや、ユーリ、君だけ待たせてもらってくれ。僕は別の場所に行ってみる」
「ああ、了解。じゃ、気をつけてな」
ラズトラウトは外で待ち伏せをして、その間に祐理は中で情報収集なり子供達の避難誘導なりをする。二人は目配せだけしてそのまま別れた。
*
「なあ、今日って誰かの誕生日なのか?」
聖堂の中に入った祐理は思わず周囲をきょろきょろと見回した。礼拝堂は薄暗かったのだが、さらにその奥の居住スペースらしき廊下は紙の飾りやら造花やらで華やかに飾り立てられていたからだ。
「違うよ。でも、今日は神父様がここに来てちょうど一年目の日なんだ。だからみんなでお祝いしようって」
「ふぅん……?」
「この聖堂、本当は違う神父がいたんだけど……でも、そいつがすごいクズヤローでさ。ろくに面倒も見てくれないのに子供を集めるだけ集めて、よそからきた怖そうな大人に引き渡してたんだよ。僕より年上の子はみんなドレイにされたって、街の大人は言ってた。だけど聖職者のやることだから誰も疑っちゃいけないし、騎士も動いてくれないし……でも、新しい神父様が来て悪い神父を追い出してくれたんだ!」
「結局腐ってんじゃねーか、黒の大聖堂!」
少年は語る。その新しい神父のおかげで、この聖堂は生まれ変わったのだと。
飢えと寒さに震えることも、いつ自分が売られるかわからない恐怖にさいなまれながら眠ることもなくなった。怖そうな大人が来ても、新しい神父は全員追い返してくれた。だからもう、何も心配はいらない――――少年の目にあるのは、その神父への信頼と安心感だけだった。
(うーん……これだけ聞くと善人っぽいんだけどな、その神父サマ)
しかし油断はしてはいけない。その神父こそカティーシスかもしれないのだ。聖職者に扮して慈善事業に精を出す理由は不明だが、まだ彼が人だったころの人格が影響しているのだろうか。
「なあ、神父サマの似顔絵とかねーのか?」
「あるよ。僕、絵は得意なんだ。前に描いたやつがあるから、持ってくるね」
応接間代わりなのだろう、こじんまりとした部屋に通される。何の気なしに尋ねてみると、あっさり返事が返ってきた。
しばらくして少年が戻ってくる。見せられた絵は、十歳の子供が描いたとはとても思えないほど上手だった。脳裏にちらつくのはアンブロシアの前衛的すぎる芸術で、画力の格差におののくしかない。
「って、やっぱカティーシスじゃねーか!」
「かてぃー……誰?」
少年は不思議そうにしているが、描かれているのはどう見てもカティーシスだった。あの戦闘狂然とした男から獰猛さと狂気を削ぎ落して純粋に笑わせればこんな感じになるだろう。雰囲気はかすりもしていないが、顔のパーツは完全に一致だ。
(しっかしどうすっか。こいつの様子を見た感じ、他の子供もカティーシスのことは完全に信じ込んでるよな。俺がちょっと言ったぐらいで避難なんてしてくれるとは思えねぇ)
いっそボヤ騒ぎでも起こして無理やり聖堂から子供達を引き離すか。いや、いくらなんでも放火はまずい。一人でも炎に巻き込まれる子供が出たら取り返しのつかないことになる。そもそもカティーシスを封印したとして、この子供達はどうやって生きていけばいいのだろう。拠点と子供達に対するカティーシスの真意がわからない今、戦場をどこにすればいいのかなかなか決められなかった。
「じゃあ僕、まだ準備しなきゃいけないことがあるから。神父様が戻ってきたら教えるね」
「おう、ありがとな」
少年が部屋を出ていく。それと同時にリュックの中のエペーが顔を出した。
「そろそろ戻ったほうがいいんじゃないかのう。ラズ一人では封印はできんぞ」
「だな。神父がカティーシスだって確証も手に入ったし……正直、あいつらをどう逃がしていいかもわかんねぇ」
忍び足で部屋を抜け出し、来た道を戻っていく。無邪気にはしゃぐ子供達の声は徐々に遠ざかっていった。




