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霊螺子真広は世の中が嫌いだった。
この世界では誰もが夢を叶えられる。昔は資源の制約という問題があったが、現在ではそれもなくなり、消防や警察のように保安上の制約を課さざるを得ないものを除き、誰もが好きなことをして生きられる。遊び暮らしたければそれでもいいし、店を経営してみたければそれでもいい。いっそのこと絵や物語を書いて暮らしていくこともできる。なにせどんなに下手でもどんなに売れなくても生活できる世界なのだから。
だがそれは、この街の中にあるルールに従っている場合だけだ。この幸せな街にも一定のルールはある。社会と言い換えてもいい。これに従えない人には、この街はあまり優しくはなかった。昨今では価値観の多様性を謳い、多くの趣味を認めているマキナだが、やはりそこにも一定のルールがあった。
例えば、真広が今住んでいる家だって、伊織が協力してくれなかったら農地をつぶす許可が下りず、造れなかっただろう。普通の人はこんな隠居生活みたいなことをしようとは思わないし、そもそも資源不足の歴史を持つこの街で農地を潰すなどと言い出せば、大きな顰蹙を買うことになる。また、十七歳にもなって、未だに夢見がちなことばかりしていて、自らの生き方について決めかねている真広に対して冷ややかな視線を浴びせられることも多い。
なのに、みんなが夢を叶えて生きていけるんです。などという的外れな主張を繰り返す世の中が、真広はそれはもう、心の底から嫌いだった。そもそも、真広の目からすれば今のこの街は歪みが大きすぎる気がした。理性を放り出して、社会の中で生きることをあきらめたグールの集団も、市民の為と言いつつ武力を振りかざすバグも、真広にとっては社会が奏でる軋み音のように思え、その内この社会がバラバラに崩壊してしまいそうな気がするのだ。
だから真広は、あからさまに怪しい少女が目を覚ました時に、手を貸す気になった。もちろん、少女の奇行の数々にすっかり飲まれてしまっていたというのもある。だがそれ以上に、真広の心は非日常に惹かれていたのだ。いくら真広とて、外に人間が残っていると本気で信じているわけではない。だがむしろそう信じているからこそ、少女のことを見た時に、もしかしてと心の片隅で思ってしまったのだ。
だからこそ、病院に連れ行くべき少女を、家に連れてきたのだ。もちろんそこには、いつの間にかバグが姿を消していて、呼んでも真広たちのところに来ず、元々人が住むことが想定されていかったこの地区には真広たちだけで少女を連れていける距離に病院がなかったという事情もある。しかしそれ以上に、真広は非日常を求める心に抗えなくなっていたのだ。
流石にお外行くまでに文庫本にして200pもかかるのはどうだろう、と思って削った部分が多いのですが、結局予定を超過したのでいっそ開き直ってガシガシ書き足していきます。