1-4
「なあ、それにも関わるんだが」
会話が途切れて気まずい沈黙が下りてきてしまう前に、イリックが切り出す。
「壁とかの問題からはいったん離れるとして、俺は、彼女の方が気になる」
イリックの視線は、真広たちではなく、ある一点に注がれていた。会話の流れからして、その先にあるのは勿論リーシャの顔だった。
「彼女は、何者だ?」
「っ!」
議論の陰でどう切り出そうかと考えていた話題をイリックが突然持ち出したせいで、真広の心臓が大きく跳ねる。そう、真広の本当の関心とは、リーシャに関するものだった。
だがきっとこれは、真広だけでなく皆がみんな気にしていたことだが、なんとなく口には出せなかったことだ。いや、少なくとも真広に関してはなんとなく口に出せなかったわけではない。わざと最初に別の疑問を放ったのは、今日の昼間に起きたことはあまりにも非日常すぎて、いきなりその中心に居たリーシャについて話し始めたのでは消化不良になるだろうと思ったからだし、何よりも、リーシャに関しては不思議なことが多すぎるのだ。
例えば、今のイリックの質問にしたって、「彼女は壁の中に住んでいる人間か、外に住んでいる人間か」と、言う疑問や、「彼女はなぜ剣の扱いに長けていたのか。武器の所持が禁止されている世界で武器を持っていたが、それはなぜか」とか、「昼間の戦闘では信じられない身体能力を発揮していたが、彼女は、本当に人類か?」など、切り口が多すぎてどう返せばいいのか少し迷ってしまう。
「何者だ、と言われても……」
考え事をしているうちに、ついそんな言葉が口から出てしまう。全員の視線が、一斉に真広に向く、どうやら、独り言のタイミングが悪かったようだ。全員の視線を集めておいて言葉を切るのも何か変な気がしたので、真広は言葉を続ける。とはいっても。考えがまとまっているわけではなかったので、今考えた取り留めのないことをそのまま言葉に出すことになってしまったが。
「何者か、って言われても……そういえば昼にも少し話したけど、彼女は壁の中に住んでいる人間なのか? この光景を見た後だと、外から来たっていう言葉も、嘘じゃないような気がしてくる。でも、そうすると、やっぱりさっきのマキナと壁の問題にぶち当たるわけで……それとは別に、リーシャの身体能力も、俺たちの物とは、かけ離れているような気がしたなぁ。腕を失くしておいて元気いっぱい暴れまわって、バグを倒して壁をぶち抜いて……」
ぽつりぽつりと、つぶやくようなゆっくりとした口調が契機になったのか。クシャナ、伊織、イリックの三人は、真広の話を聞きながら顎に指をやったり、眉間に皺を寄せたり、他の人の顔をゆっくりと見回したりしながら、めいめいに考え込んでいるようだった。真広はそれに気づいていたが、話しだしたら止まらなくなっていたし、考えの邪魔をするのも悪いと思ったのでそのまま話し続けた。
「いや、そういえばあの剣もなんなんだ。リーシャもすごいけど、あれも普通じゃなかったそれから、フウミュだ。リーシャにしか見えない謎の妖精、いや、精霊か。普通ならリーシャの頭を疑うところだけど、なんとなく、何かがあると考えた方が自然な気がするな。何もないと考えるのは、少し苦しい気がするんだ。家が水没したことといい、摩訶不思議な炎といい、絶対に何かある気がする。
それに、剣も普通じゃない。弾丸を切ったりコンクリートをぶち抜いたりするなんて、現実では絶対に起こらないだろう。どこまでがリーシャの身体能力でどこまでが剣の性能なのかは知らないけれど、あの剣で切っただけで、何トンもある物体が動いたんだ。何もないと考える方が不自然だ。
というか、自分でこれだけ並べ立てていたらまた別の疑問を思い出したけど、リーシャはそもそも壁のなかに何をしに来たんだ?」
「「「ああ、そういえば」」」
真広の言葉を受けて、真広以外の声が重なる。気づいたらうやむやになっていたが、壁の中でもかなり問題視されていた部分だ。リーシャに関しては、疑問な部分がおおい。様々な謎が、そこに結びついているような気がする。しかもリーシャは、最後にこの部分について言及していなかっただろうか。身体能力や謎の精霊に関しては、答えたいのだが理由があって答えられない、という態度だった。これらに関しては、後々適切なタイミングや場所で聞けば教えてくれるだろう。だが、目的については、水浸しになった家の中で、語っていたはずだ。確か、
「迎えに来た、って言ってなかったか?」
膝を付いてこう言っていたはずだ。
「そうだね。でも、どこから?」
どうやら、皆真広と同じ考えに至っていたらしく、話題は自然とそちらに移っていく。
「欅の村が……と言っていなかったか?」
イリックがすかさずクシャナの言葉に応じる。
「そのような名前、聞いたことありません」
伊織の言う通り、真広たちが住んでいた街には、そのような名前の区画はない。
「うにゅ? じゃあやっぱり、外から?」
クシャナが、疑わしそうに首を傾けるが、普通の人間なら当然の態度だ。不思議な現象を色々と目にして積極的にリーシャと話し、外に行くことに最も積極的であろう真広ですら、リーシャが外から来たという論には、いくつかの疑問を挟まざるを得ない。
「外から迎えに来た。でも、やはり、なぜという疑問は、残らないか? 人が住めなくなった、と聞かされていた街の外から人が来たと仮定して、それはなぜだ? 目的は? どうして、このタイミグだったんだ?」
クシャナ達の議論を聞いているうちに、またぽつりぽつりと真広の口から疑問が漏れてしまう。
「きっと、汚染がなくなったから、このタイミングで来たのではないですか?」
伊織が答えるが、自分でも内容に無理があると思っているらしく、目はたき火を向いている。
「いや、伊織だって聞いただろ? マキナは壁の外を調べる為に調査隊を送っている。その報告によれば、外は相変わらず汚染されていたって」
「そ、それは、きっと調査した後に……」
「化学物質や放射性物質が、そう簡単に減ると思うか?」
「う……」
「それに、仮にそういうことがあったら、マキナが真っ先に住人に知らせて、お祭り騒ぎになると思うぞ」
「うう……」
伊織はそこで沈黙してしまう。
「迎えに来た、という言葉にも違和感があるな」
変わって、イリックが口を開く。
「もしも外に人間が居たとしても、俺たちが知っている通りの世界なら、迎えられるのはむしろリーシャのほうじゃないのか? 艱難辛苦の末に俺たちに救助――つまりはお迎えされろってなるんじゃないのか?」
「わたしたちの方がお迎えされるの正しいんなら、きっと壁もマキナも、とっくの昔にいらなくなってた、てことになるのかな?」
イリックの後を引き継いだクシャナも、声に自信がない。
やはり、分からないことが多すぎる。疑問を出せばその分だけ、さらなる疑問が生まれてきて、これではネズミ算かなにかだ。きっと、リーシャに直接聞かない限りはこれらの問題の答えは得られないだろう。自分でこの話題を掘り下げておいて無責任な木もするが、なんとなく、真広はそんな気がした。
「結局、答えなし、かな?」
今度は独り言ではなく、言葉を重ねているクシャナ、伊織、イリックの三人に話しかけるように、空中の一点を見ながら大げさに首を傾げながら言う。
「んー、そうかもしれないね。色々言ってて思ったけど、やっぱりリーシャちゃんに聞かないと解決しないような問題が多すぎるとおもうよ。何よりも、わたしたちはこの世界について知識が全然足りてないし」
するとすぐにクシャナが肯定してくれる。
「ああ、きっとそうだな。俺たちだけで考えていても、らちが明かないだろう」
すかさずイリッククシャナが追随する。だが、伊織はただ一人、険しい顔をして頷かない。どうしても答えを出しておきたいんだという雰囲気が真広には感じられた。
そこで全員、言葉に詰まってしまった。答えは出ない、という結論に行き当たったところで、最初に疑問に立ち戻ってしまったのだ。このまま続けても、きっと、これからどうするべきか、という当初の問に対する答は出ないだろう。なんにせよ情報が少なすぎて真広たちだけではどうにもならない。これらの問題についてきちんと議論したければ、リーシャの目覚めを待つべきだろう。と言っても、リーシャが目覚めるのは相当先のことになるだろうが。いやもしかしたら、もう二度と目覚めないかもしれない。寝ているリーシャの顔は、明らかに顔色が優れないのだ。




