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1-2

 そこは光の世界だった。リーシャによって開けられた壁の穴から恐る恐る外に出る真広たち。その眼に映ったのは、爆撃で荒廃した街でも、核で焼き払われて草木一本ない焼け野原でもなかった。

 眼前に広がっているのは、どこまでも続く草原だった。

「はは……」

 人間と言うものは、反応に困った時はとりあえず笑うようにできているらしい。視界一杯に広がる緑色を見せられて頭が真っ白になっている真広が良い例だ。五m向こうに広がる光景を見て固まっている真広の足元では、汚い水が外に向かって流れている。光の下で見てみると、水は泥を含んだ茶色だった。

「ああ、やっとだ。やっと、戻って来られた」

 穴を掘り終わったリーシャが何かに憑りつかれたみたいな足取りで、ふらふらと草原に踏み出していく。こちらのことなど完全に忘れてしまったようなリーシャの背中は、すぐに視界から消えてしまう。

 真広は、慌てて視界から消えたリーシャを追いかける。トンネル状になっている壁の中に入るときに、このまま外に出てしまってもいいのか、という疑問が頭の片隅に湧く。だがその疑問は、真広の足を止めるのには足りなかった。こんな光景を見せられて、足が止まる訳がなかった。

「うっ!」

 しかし、真広の足はすぐに歩みを止めることになる。壁から外に出て、真広の体を光が包み込んだ瞬間に、猛烈な吐き気が襲ってきたからだ。外を漂う大気には、今まで嗅いだことのない濃密な匂いが混じっていた。壁の中の空気は街のあちこちに設置された大小の空気清浄機ですぐに浄化されてしまうためほとんど無臭なのだが、ここのものは全く違っている。とんでもない量の土や水、草の匂いが混ざり合って、真広の鼻に襲い掛かったのだ。おかげで、真広は胃の中身が逆流しないように口に手を当てて、よろよろと進むのが精いっぱいになってしまった。

「う……げええ」

 それでもどうにかこうにか草原の中を一歩一歩進んでいくと、壁の方から誰かが吐く音が聞こえてくる。匂いに耐え切れなかったのだろう。

 誰かの吐瀉物の香りを嗅いでもらいゲロするのを避けようと必死に足を動かす真広。足元を見ていると上ってきてはいけないものが上ってきそうなので、視線をできるだけ上に固定して、全速力を発揮する。最も、歩いている以上視線を上げるのにも限界があるし、気分が悪いのを我慢しているので、普通に歩くよりも遅いぐらいだが。

「んー……♪」

 なぜだかわからないうちに精神と体力の限界に挑戦している真広の視界に、リーシャの姿が映った。しかも、信じられないことに、剣を持った手を上に向けて、深々と深呼吸している。それが終わると、リーシャは剣を手放して鳥を止まらせるみたいに、腕を真っ直ぐ地面と水平に伸ばす。その様子が気になった真広は、重い体を引きずってリーシャに歩み寄る。

「ん? あなたは、何をしているんですか?」

 死にそうな顔をして口元をおさえ、這うように近づいてきた真広に、呆れたものを見る視線を向けるリーシャ。呆れられることをしている自覚がある真広ではあるが、そうみられるのは少ししゃくだったので、なんでもないという風に口から手を放して、リーシャに話しかける。その実内心では、匂いと嘔吐感を堪えるのに必死だった。

「い、いやべつに」

「そう、ですか?」

 あからさまに不審に思われている。

「それよりも、今の動きは、なんだ? 何かと戯れていたように見えたけれど」

「あれは、ウィンディーネです。と言っても、見えないでしょうが。今も、私の腕に三人ほど座っているのですよ?」

 戦闘になる前に聞かされたフウミュとかいう精霊のことだろうか。リーシャはペットに向けるような優しい視線を腕に向けているが、やはり真広には何も見えない。

「ん? ああ、そうだった」

 腕に居る見えない存在との会話に割り込んでしまったのだろうか。誰かに急かされたみたいにリーシャは言葉を発する。

「そう、さっきの内容で良い。私の村の位置は、分かるね? すまないのだが、この通り着の身着のままなんだ。報酬は、村についてからもらってくれ。それでは、お願いします」

 フワリとリーシャの腕から取りが舞い上がる。

 勿論真広の目にはリーシャが独り言を言っているようにしか見えないのだが、リーシャの腕の動きから、なんとなくそんな感じがした。

「今――」

「今、ウェンディーネたちが私の村に向かって飛び立ちました。伝言を伝えてもらうためです。数日中に戻る、というね。

 アクアはもうお見せしましたね。彼女らが水を司っているのに対して、ウェンディーネは風と司ります。夏の暑い日は私たちに涼をもたらし、植物を育ててくれます。何より、この大気全て、彼女たちが作り出したものです」

 …………?

「ふふ。その内わかります」

 聞いているうちに、だんだんと横に傾いてきた真広の頭を見てリーシャが笑う。真広にはわからない物を見た時に首を傾げる癖はないが、今の言葉はそれをやってしまうほどに謎だった。正直に言って、少し怪しい宗教染みている気さえする。

「それはさておき」

 地面に刺さっていた剣を抜きながら、リーシャは話題を変える。

「この方向、真っ直ぐ南の方角なのですが、分かりますか?」

 剣で指示された方向に顔を向けると、遠く立派な森が広がっているのが分かる。

「この方向に真っ直ぐ、進んでいくと、村があります。時間にして三日と言ったところでしょうか。森の中を歩くのは大変だと思うので、もしかしたらもっとかかるかもしれませんが、とにかく、この方向です。ひたすら進んでいくと、村があります。私の生まれた村です。次は、とにかくそこを目指してください」

 なぜ唐突にこんなことを言いだすのだろうか、と考える真広だが、その答えはすぐに知らされることになった。

「私はもう、限界です。後は、頼みました……」

 ドサッという重い音を立てて地面に落ちたのは、リーシャの剣だった。それに続いて、目の前にあるリーシャの顔が傾ぐ。そうこうするうちに、リーシャの顔は真っ直ぐ下に落ちていき、剣の時よりも重い音が真広の耳に届く。

「え?」

 釣られて下を見た真広の目に、地面に倒れたリーシャの姿が飛び込んでくる。

「リーシャ?」

 咄嗟に何が起きたのかわからず、しゃがんでリーシャの頬をつつく。

「ん……」

 頬っぺたをつつかれたリーシャが、迷惑そうな声を出す。しかし、目は閉じられたままで、急に深い眠りに落ちてしまったかのようだ。よかった、ひとまず死んではいないようだ。だとすれば、気を失ったか。だとすれば、少し信じられない。先ほどまで元気いっぱいに戦闘を繰り広げていたのだ。いきなり倒れるなど、あり得るのだろうか、いや、元気いっぱいに戦っていたからこそあり得るのか。

 目を見張る出来事の連続のせいで頭の隅に追いやられていたが、リーシャは片腕を失った状態で路地に倒れていた。その状態で戦いなんかできる方が、どうかしている。限界を超えて、それでも壁を抜けるまでは精神力で持ちこたえていたのだ。真広たちを安全なところまで導くために。しかし、ここまで来れば安全なのだろう。少なくとも、真広たちが自力で移動できる程度には。だからさっき、真広に目的地を教えたのだ。リーシャ本人は、限界だったから。

 つまり、ここから先は真広たちが自力で移動しなければならないということだ。それも、倒れたリーシャを抱えて。

「……ん?」

 ようやくここの環境になれたのだろう。背中越しに、クシャナとイリックの騒ぐ声が聞こえる。珍しい物を見つけては、あれやこれやと言っている。

 一方の真広は、考えたくもない事実に気づいたところで、考えることをやめた。

やっと先に進める。

長かった。

まさか種まき作業(諸々の仕込み)を二回もやる羽目になるとは。自分で決めたんですけどね。

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