2.「初めてだもんな、部屋入れてくれたの」
ピンポ~ン!
どれくらいそのままの体勢でいたのだろうか。もしかしたら一分も無いのかも知れない。しかしキリには凄く長く感じた。
キリは自分の部屋の呼び鈴で頭をあげた。そしてゆっくり一階に向かう。ちょっと陽に当たった顔や腕が痛い。視界にも所々黒いところがある。太陽を直視してしまったせいだ。その黒いところは目をつぶってもしばらくそこに残る。
ピンポ~ン!
ダンダンダン!
「お~い、キリ~。大丈夫か~、なにがあったんだよ。お~い」
ドア越しに叫びながら扉を叩いている男の声がしている。再び呼び鈴を押すと同時に扉も叩く。
「ヒロさん?」
キリはその声で誰か分かった。
「お~い、キリ~」
キリはちょっとひりひりする腕を摩りながらゆっくり玄関のドア前まで来た。キリがドアの前に立ってもまだ扉を叩き叫んでいる。
「キリ~、大丈夫なのか?」
ヒロはドアを叩いては二階を見上げる、そして、またドアを叩く。それを繰り返していた。
キリはゆっくり鍵を開け、それと同時に扉をちょっと開け隙間からのぞこうとした。ヒロはそれに気が付かず扉を叩いてしまったため、扉は押し戻されキリの顔に思いきり当たってしまった。
ドン!
ガン!
「いたっ」
「あ、キリ? キリだよな。ああ、よかった。生きてたか」
「痛いってば」
「どうした? 目の上、どうかしたのか?」
「ヒロさんがドアを押すから顔に当たったの」
「ああ、そうか、スマン」
息が荒い中、笑いながら、そう軽く謝る。
竹川廣の背丈はキリよりちょっと高い程度。体格も細身で男にしては小柄だ。
色黒ではあるが、眼鏡を掛けていることもあって、体育会系には見えない。しかし、高校では水泳部のエースだったのである。しかし入学した大学にはプールもなくもちろん水泳部もない。高校の水泳部のエース、と言っても全国的レベルでみたら至極普通であった。スポーツ校や会社からは引合は来なかった。今はちょっと日焼けが濃いだけの極普通の大学生である。
キリは玄関の扉をちょっと開けただけで、外には出ていない。しかしその扉越し、ヒロの後ろには何事かと近所のおばさん達、通学中の学生達、こちらを見て何事かという顔をして集まっているのが見えた。
「は、入ってっ」
恥ずかしさで更に顔を赤くし、慌ててヒロの手を掴み中に引っ張りこむ。慌てたキリに出来ることはこれくらいだった。
バタン!
ヒロを玄関の中に入れると扉を思いっきり閉めた。そして、扉の小さい覗き穴から外を伺う。集まっていた人、立ち止まっていた人が去っていく。
「……よかった」
キリは扉におでこを当てながらホッとする。鉄の扉がひんやりする。ちょうどいい。
「へぇ、二階建てのアパート、やっぱり広く感じるなぁ。ここ、いくらだっけ?」
「え? 五万……」
キリが不意な質問に思わず答えながら振り返ると、既にヒロは靴を脱いで上がりこんでいた。そして二階へ続く階段を見上げていた。
「ちょ、ちょっと、なにやってんのさぁ」
「ん? ああ、だって初めてだもんな、部屋に入れてくれたの」
「しょうがないでしょ。あんなに人が集まっちゃって。……そうだ、なんであんなに大声出したのさ。近所迷惑だよ」
「ん? ああ、それそれ。今、一コマ目の授業に行く途中、こっから叫び声が聞こえたからだよ。そっちこそなにがあったんだ?」
ヒロは、キリが朝日に当たり痛みで叫んだ声を心配して来たのだった。
「あ、あれ……か。そっか、そんなに大きな声、だった?」
視線を反らしちょっと口を尖らしながら答えた。
「正直、命に関わることかと思ったぞ。どうしたんだ?」
「んー、実はね……」
そう言ったところで、左下を見やってしばらく固まった。口だけは閉じたままちょっともぞもぞ動いている。
そして一つ覚悟を決めたかのように、話を再開させた。
「実は、あたし、鏡に映ったの」
「え! 本当?」
「うん」