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キリ  作者: P.N.なの
ヒロとカンミ……
22/112

21.「今日は、駅まで送ります!!」


「この絵を書いたのは、お母さんと日本に着いて、車でこの町に向かっていた途中なんです」


「途中?」


「カンミさんは隣町は知っていますか?」


「んー、砂浜のある町のほう、かしらぁ?」


「はい、その砂浜に沿って道がずっと続いていますよね。その日、大きな交通事故があって……」


「ああ、あの事故、覚えてるぅ。タンクローリーとか巻き込んで結構大きい事故だったねぇ」


「……あ、そうなんですか?」


 キリは詳しいことは知らなかった。


「えっと、それでその道って抜け道とかないらしく、結局二時間以上立ち往生したんです」


「あら。キリちゃん、巻き込まれていたのね」


「はい……。その時、車の中で、なんとなく日本を書いていたら……」


 そう言って、他のページもパラパラとする。家のスケッチや、山のスケッチが見られる。


「その時のスケッチなのねぇ」


「それで、なんとなく海もスケッチしていたら、子供を抱き抱えて男の人が海から出てきたの……」


「海から?」


「それが、この人」


 キリはそう言って海のスケッチを開き、指を指す。


「ふーん。この人がおぼれた子供を助けたところ、かしら?」


「はい、そうなんです。うまく表現できたか、わかんないけど、なんかすっごく素敵だなって思って……」


 キリはちょっと興奮気味に言う。


「あ、キリちゃん、この人って……」


 カンミがそこまで言うと、キリはかぶせるように少し早口で言った。


「で、でも、車ん中(くるまんなか)、一ヶ所スライドドア開けていたけど、他は暗幕で窓をふさいでいて、エアコンも止めて書いていたから、すっごく暑くて。ほら、これ、汗ジミなの」


 そう言って、キリは紙の右下のシミを指さす。カンミはキリの行動で、おおよそその人が自分も知っている人だと感づいて、にっこり微笑んだ。


「ね、ね。あまりおもしろい話じゃないでしょ?!」


 キリがちょっと照れながら、そしてスケッチブックを閉じながら言った。


「ううん、そんなことない。いい話よ。でも、その後の方が気になるわねぇ」


「え? え?」


 キリの顔が一段と赤くなった。カンミは、ちょっと楽しんだ後に、ちょっと仕事モードに戻った。


「じゃ、キリちゃん。さっきの絵をベースで、書いてみたらどうかしらぁ」


「あ、ああ。はい……」


 そう言ってキリはスケッチブックをちょっと開き、その絵をのぞき見る。ちょっと懐かしそうな目で……。




 その後は、今までの成果の入ったUSBメモリを渡したり、次の依頼の話……音声のデジタル化の作業のために音声の入ったUSBメモリを受け取ったりした。


 気がつくと、TVの話になっていた。


「カンミさんはXXXは、見ていますか?」


 今日のキリはよくしゃべる。息継ぎを忘れてしゃべり、途中で深呼吸をすることもしばしば。


「うふふふ」


「あ、ゴメンなさい、あたしばっかりしゃべっちゃって……」


「ううん。いいのよ、たぁのしいわよ」


 カンミは微笑み返す。しかし、カンミはその笑顔とは別に、キリのいつもとは違う様子を心配していた。


「あ、もう一つゴメンなさい。もう晩ご飯の時間なのに、今、なにもない……です……」


「あらぁ、もうそんな時間?! それじゃあ……」


 カンミは立ち上がりながらそこまで言うと一度言葉を止めた。そしてゆっくりキリを見て続けた。


「キリちゃん、大丈夫?」


「え?」


 ニコニコしていたキリが笑顔のまま固まる。


「よければ、私、今日、泊まっていけるわよ?」


 カンミがいつも以上にゆっくり言った。キリはちょっと驚いた様な顔に変わった。キリは一瞬うれしそうな顔を浮かべた。しかし次の瞬間、目線を下げ、口を真一文字にぎゅっと閉じて、考えた。


 最初にキリの頭をよぎったのは、一人になる不安の解消。しかし、その次によぎったのがあの歯形だった。夢じゃなかったら無意識にカンミさんを傷つけてしまわないか……。


「いえ、大丈夫です。大丈夫ですよ」


 キリは精一杯の笑顔で答えた。そして、


「心配かけて、ゴメンなさい」


と、ペコっと頭を下げた。


「キリちゃん、謝ることじゃないわよ」


「……でも……」


「ねっ」


「……はい、ありがとうございます」


 二人はゆっくり玄関に向かった。途中、カンミはワンピースの前で立ち止まる。


「ワンピース、まだ着てなさそうねぇ」


「ええ、なんかもったいなくて……せっかく買ってきて貰ったのに、ゴメンなさい」


「ううん。キリちゃんが着たい時に着たらいいと思うわ」


 そう微笑んで玄関に向かう。


 西の空がほんの僅かに赤みが残る。外は暗くなったばかりだ。


「今日は、駅まで送ります!!」


 キリは、笑顔でちょっと強めにそう言った。カンミはちょっと考えた後、


「はいー。じゃ、途中までお願いしようかしらぁ、ね」


と、ウィンクして返した。キリはニッと笑い、うなずいた。


 そして、


「ちょっと待ってて。さすがにこのカッコは……」


と、言いながら、慌てて二階に駆け上がっていった。Tシャツの上から薄手のジャケット、ショートパンツの上から紺のゆったりとした7分丈のサルエルパンツを履いた。


「駅まで行くなら、もうちょっとちゃんとしたカッコの方がいいのかな……でも……ま、いいか……」


 慌てて一階に下り、リビングで財布と携帯とサングラスを手に取り、玄関に舞い戻り、素足のままスニーカーを履く。カンミはすでに上着を着て、靴を履いて待っていた。


「はあ、はあ、はあ、……お、お待たせしました」


「ううん。待ってないよ。キリちゃん見ている、楽しいしぃ」


 キリは「え?」と思いつつも、


「では、行きましょうか」


と、玄関の扉をちょっと開け、まわりを見てから全開にし、外に出た。


 そして、キリが鍵を閉めている時、カンミは何かを見つけたらしく、急に小走りし始めた。


「え? なに?!」


 キリは、カンミの行動に驚いたが、その向かう先の暗がりを見て、もっとびっくりした。



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