21.「今日は、駅まで送ります!!」
「この絵を書いたのは、お母さんと日本に着いて、車でこの町に向かっていた途中なんです」
「途中?」
「カンミさんは隣町は知っていますか?」
「んー、砂浜のある町のほう、かしらぁ?」
「はい、その砂浜に沿って道がずっと続いていますよね。その日、大きな交通事故があって……」
「ああ、あの事故、覚えてるぅ。タンクローリーとか巻き込んで結構大きい事故だったねぇ」
「……あ、そうなんですか?」
キリは詳しいことは知らなかった。
「えっと、それでその道って抜け道とかないらしく、結局二時間以上立ち往生したんです」
「あら。キリちゃん、巻き込まれていたのね」
「はい……。その時、車の中で、なんとなく日本を書いていたら……」
そう言って、他のページもパラパラとする。家のスケッチや、山のスケッチが見られる。
「その時のスケッチなのねぇ」
「それで、なんとなく海もスケッチしていたら、子供を抱き抱えて男の人が海から出てきたの……」
「海から?」
「それが、この人」
キリはそう言って海のスケッチを開き、指を指す。
「ふーん。この人がおぼれた子供を助けたところ、かしら?」
「はい、そうなんです。うまく表現できたか、わかんないけど、なんかすっごく素敵だなって思って……」
キリはちょっと興奮気味に言う。
「あ、キリちゃん、この人って……」
カンミがそこまで言うと、キリはかぶせるように少し早口で言った。
「で、でも、車ん中、一ヶ所スライドドア開けていたけど、他は暗幕で窓をふさいでいて、エアコンも止めて書いていたから、すっごく暑くて。ほら、これ、汗ジミなの」
そう言って、キリは紙の右下のシミを指さす。カンミはキリの行動で、おおよそその人が自分も知っている人だと感づいて、にっこり微笑んだ。
「ね、ね。あまりおもしろい話じゃないでしょ?!」
キリがちょっと照れながら、そしてスケッチブックを閉じながら言った。
「ううん、そんなことない。いい話よ。でも、その後の方が気になるわねぇ」
「え? え?」
キリの顔が一段と赤くなった。カンミは、ちょっと楽しんだ後に、ちょっと仕事モードに戻った。
「じゃ、キリちゃん。さっきの絵をベースで、書いてみたらどうかしらぁ」
「あ、ああ。はい……」
そう言ってキリはスケッチブックをちょっと開き、その絵をのぞき見る。ちょっと懐かしそうな目で……。
その後は、今までの成果の入ったUSBメモリを渡したり、次の依頼の話……音声のデジタル化の作業のために音声の入ったUSBメモリを受け取ったりした。
気がつくと、TVの話になっていた。
「カンミさんはXXXは、見ていますか?」
今日のキリはよくしゃべる。息継ぎを忘れてしゃべり、途中で深呼吸をすることもしばしば。
「うふふふ」
「あ、ゴメンなさい、あたしばっかりしゃべっちゃって……」
「ううん。いいのよ、たぁのしいわよ」
カンミは微笑み返す。しかし、カンミはその笑顔とは別に、キリのいつもとは違う様子を心配していた。
「あ、もう一つゴメンなさい。もう晩ご飯の時間なのに、今、なにもない……です……」
「あらぁ、もうそんな時間?! それじゃあ……」
カンミは立ち上がりながらそこまで言うと一度言葉を止めた。そしてゆっくりキリを見て続けた。
「キリちゃん、大丈夫?」
「え?」
ニコニコしていたキリが笑顔のまま固まる。
「よければ、私、今日、泊まっていけるわよ?」
カンミがいつも以上にゆっくり言った。キリはちょっと驚いた様な顔に変わった。キリは一瞬うれしそうな顔を浮かべた。しかし次の瞬間、目線を下げ、口を真一文字にぎゅっと閉じて、考えた。
最初にキリの頭をよぎったのは、一人になる不安の解消。しかし、その次によぎったのがあの歯形だった。夢じゃなかったら無意識にカンミさんを傷つけてしまわないか……。
「いえ、大丈夫です。大丈夫ですよ」
キリは精一杯の笑顔で答えた。そして、
「心配かけて、ゴメンなさい」
と、ペコっと頭を下げた。
「キリちゃん、謝ることじゃないわよ」
「……でも……」
「ねっ」
「……はい、ありがとうございます」
二人はゆっくり玄関に向かった。途中、カンミはワンピースの前で立ち止まる。
「ワンピース、まだ着てなさそうねぇ」
「ええ、なんかもったいなくて……せっかく買ってきて貰ったのに、ゴメンなさい」
「ううん。キリちゃんが着たい時に着たらいいと思うわ」
そう微笑んで玄関に向かう。
西の空がほんの僅かに赤みが残る。外は暗くなったばかりだ。
「今日は、駅まで送ります!!」
キリは、笑顔でちょっと強めにそう言った。カンミはちょっと考えた後、
「はいー。じゃ、途中までお願いしようかしらぁ、ね」
と、ウィンクして返した。キリはニッと笑い、うなずいた。
そして、
「ちょっと待ってて。さすがにこのカッコは……」
と、言いながら、慌てて二階に駆け上がっていった。Tシャツの上から薄手のジャケット、ショートパンツの上から紺のゆったりとした7分丈のサルエルパンツを履いた。
「駅まで行くなら、もうちょっとちゃんとしたカッコの方がいいのかな……でも……ま、いいか……」
慌てて一階に下り、リビングで財布と携帯とサングラスを手に取り、玄関に舞い戻り、素足のままスニーカーを履く。カンミはすでに上着を着て、靴を履いて待っていた。
「はあ、はあ、はあ、……お、お待たせしました」
「ううん。待ってないよ。キリちゃん見ている、楽しいしぃ」
キリは「え?」と思いつつも、
「では、行きましょうか」
と、玄関の扉をちょっと開け、まわりを見てから全開にし、外に出た。
そして、キリが鍵を閉めている時、カンミは何かを見つけたらしく、急に小走りし始めた。
「え? なに?!」
キリは、カンミの行動に驚いたが、その向かう先の暗がりを見て、もっとびっくりした。




