第七話 腹が膨らんだ猫 弐
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──世界は、平等じゃないし、公平でもない。
幼い頃、父と母がよく言い聞かせるように言ってた。
私が何度も聞いて、もう良いよっていうのが日常の1ページだった。
『貴女が出来るまで、苦労したの』
耳にタコが出来る。そんな風にしか思ってなかった。
毎日、自分にも世界にも不満があった。
川は臭いし、お小遣いも少ない。二重だったら、もう少し鼻が高かったら──そんな事ばかり胸の中につっかえてた。
誰も私を見ない。
陰鬱とする視界と音は、私にとっては詰まらない映画を観させられている気分。
山にピクニック行って探索して楽しい気分になっても────
死体。
よく、周りの大人は私達《《子供》》に言い聞かせていた。それは、まるで洗脳のようで、私達の心を守る為の呪い。
それを、私達は心の中で重複する。
──『私達は、人間として生まれて来たんだ』
あんな、醜い死に方をしない。
あんな、扱われ方はしない。
あんな、あんな……。
だって、だって、私達は人間、人間なんだ。異能者とは違う。違うんだ。
七家と人間は違う。生まれながらの英雄達は、世界から脚光を浴びる。
けど、あんな倫理観がズレた一族もみんな心の底では同じ事を思ってる。
『あれは化け物だ。機械だ。私達とは──根本的に違う生き物なんだ』
誰かの為に、命を張って世界でもなんでも助ける。訳が分からない。
誰だって死にたくないのに、あの人たちはそれを当然だと言う顔をする。
玲美ちゃんが言ってた。
『私、桜満様に助けて貰ったの!』
とても嬉しそうだった。でも、私にはどうでも良かった。
あんな化け物の話より、私はお化粧をやってみたいし、駅前にできたパフェも食べてみたい。
もっと、もっと──、自分を磨けば幸せになれる。
大層な憧れを持っている訳でも、辛い過去が私にはない。けど、一つなりたいものがあった。
集団でトイレの洗面台を占領し、メイクする──あの子達みたいに、元気で何も考えず笑って生きていきてたい。
きっときっと、あの子たちに怖いものも、欲しいものも無いんだろうなぁ。
そんな時、一人の友人が提案して来たんだ。
『ねぇ、貴女もやる?一回大人の人と遊ぶだけで数万稼げちゃうんだから!』
そんな甘い言葉に誘われ、私は一回遊んだ。
お金を沢山手に入れ、遊び呆けてたある日、自分の体に違和感を覚えた。
大人の人と遊んだ1ヶ月くらいから、お腹が膨らみ、吐き気や胸の張りが気になるようになった。
脳裏で過ぎる──光景。
それを、否定し記憶を塗り替える。その度、腸を化け物が泳ぐ。
行きたくない。
体に違和感があるのに、しんどいのに、あの場所へは行きたくない。
だって、観測しない限りこの世界では──存在しないのも同じだもん。
理性を一度、投げ捨てた。
知らなかったの。知らなかった──。授業で、まだ習ってないばしょだったの。
怖い。怖い。親の──あの《《目》》が怖い。
考えない。考えたくない。将来とか、人間関係とか、能書き垂れた人の言うことだけを聞いていたい。
もう、何も考えたくないの。だから、だから。
────子供に病名を付けて。
バンッ!!破裂音と共に教室に飛び散る血液。
裂けた腹から、胎児が小さな顔を覗かせる。
それはゆっくりと外に出ると、ヒタ、ヒタと床を二足で歩き始めた。
胎児は声を発さず、泣きもしない。
皺だらけの顔に、閉じた目。小さく腰を丸め、薄く透明な皮膚。
腕は無く、目もあるかは怪しい。
だが、空気で分かる。
────《幻獣種》
胎児は名前を持たず、生みの親からの愛を知らず、誰からも肯定されない生き物だ。
生きる──それは誰かに認識される事。それは誰かに肯定される事。それは誰かに愛される事。
彼女は一つの意識と、二つの能力を持つ。
誰も彼女を求めなければ、認識さえしたくない。化け物なんて、誰も愛さない。
彼女の生を、一体だれが肯定するのだろう。
愛した母体も、彼女の誕生と共に息絶えた。
彼女は生まれて初めて、濡れた瞼を開け──その標的と瞳を合わせた。
一体の怪物と、一人の青年の息が重なり、己のが業を叩き込む。
全ては《《生きる》》為っ!
「────ッ!!」
「桜の舞・八重桜……」
零人の視界から身を隠すように、突如現れる黄衣が──桜の花弁を纏った一撃を弾く。
回転を加え、二撃目を振るう直前に予備動作を零人は捨て、回避行動と周囲に感じる民間人に結界を構築する。
腰の肉が裂け変形。神速の六本の触手が放たれた。
天井を貫いた瞬間、梁が折れる。
校舎は音を立て崩れ、コンクリートの塊が空高く舞い上がった。
巨大な瓦礫が、宙で二回転する。そして重力に従い落下する。
「しゃあねぇな。全力で止めるしかねぇか……」
──やってみるか。思いつきだが、一か八かだ!!
ナイフ──そして、筋繊維一本一本、骨の髄にまで変幻自在のエネルギーを流す。
循環させ、神経信号と同期。
意識寄りも速く、脳波と同時に筋肉を操作する。
人間の反応速度の壁──
0.2秒の壁を《《超越》》する。
神経信号に遅れて筋肉が動くのではない。
思考と同時に、全身の筋繊維が爆ぜるように収縮する。
地を蹴った一歩で床が砕け、身体は砲弾じみた速度で前へ飛んだ。
初速は人間の肉眼では捉える事さえ出来ず、時速二百を超える踏み込み。
宙を舞う瓦礫すら、本気となった零人には足場でしかない。
その踏み込みは、もはや走行ではない。
一歩ごとに十数トンの反力を叩きつけ、空中の瓦礫を踏み砕きながら、素速く天を駆け昇った。
胎児、その頭が突如──爆ぜる。
投げ出されたのは、一つの植物の種。宙でクルクルと回転し、人型へと形態を歪に形を整えた。
蔓のような脚が空を駆け、歪んだ《《それ》》が、光を追う。
──ただ一人。
標的、灰神零人。
「捜月っ!」
「万能じゃねぇんだがな!俺の能力はっ!」
名前を叫ぶ。その次の瞬間、吹き飛んだ瓦礫や生徒達を血液が包み込む。
捜月が事前に全生徒、全職員に結界術を施してる為、一度攻撃が直撃した程度では死亡しない。
が、あの触手の攻撃の後、高所からの落下した場合は後遺症が高確率で残る。
──クソッ!思った以上に燃費が悪過ぎるッ!
零人は宙で体を反転、ナイフを振るうのではなく、思考を超えより速く既に技は放たれた。
視界に残るは、遅れて走る桜の軌跡のみ。
「桜の舞──高嶺桜っ!」
見上げる胎児の視界を覆う──桜風吹。彼女は痛覚を感じるより先に、グラウンドに叩き付けられる。
零人は体制を変え、宙に対空する校舎を足場に──再加速する。
吹き飛ぶ身体は時速五百を優に超える。
地面に叩き付けられ、跳ね上がる胎児。直後、零人は容赦なく拳を振るう。
内蔵ごと抉り取る一撃が、腹部にめり込む。
「はぁ……はぁ……正直、君の生を否定する気はないし、君の生への執着は間違っちゃいない」
「博愛主義者じゃないけど、俺は君を愛するよ。どんな生物も、愛されて生まれて来るべきだと思ってるから」
能力の解除より速く、地に伏した胎児が撤退の挙動を取る。青の残滓が視界に映ると同時、零人の肉体は合理的判断を下す。
速やかにナイフを振り下ろし、首を切断する。
零人の予想外──それは、脳波が肉体と同期しているため、意識が否定するよりも速く、最適な判断を選ぶ事。
「……。正しかったのか……、これは」
疲労に身を任せ、灰神零人は少女の血溜まりへと倒れ込んだ。
微睡む意識の中で、聞き覚えのある声が脳裏に過ぎる。
『殺す事は、絶対に駄目だよ。正義の味方なんだから!』
そんな声を、否定する。──揺蕩う彼女に対して。
そうじゃない。世界は、不殺なんて────。
「うるせぇよ……」
目覚める。空気が肌に触れる。
頭の中で、水の中で、ずっと声が聞こえてた。
見ない。観ない。視ない。
日車グルグル回転する。
考えない。考える必要ない。考えたくもな
いんだ。
日差しは強い。目を瞑っていても、世界は眩しくて暖かい。
気温は暑いとか、寒いとか、分からない。
私には、明日も昨日もない。
日車グルグル回転する。
瞼を開ける。
世界は美しくて、世界は美しい音色を奏で、私を殺そうとする。
ああ──、体を動かす。明るくて、眩しい。
世界を輝きで満たすアレはなんだろう。天に咲く、宙に浮かぶあの球体は、何だろう。手が届かない。腕なんてないのに。
なんて呼ぶのだろう。なんて鳴くのだろう。
嗚呼、なんて美しいのだろう。アレ、アレだ。アレだけが私を照らしてくれる。
私も向いていたい。眺めていたい。見詰めていたい。
きっと、キット、私はまだ、まだ──、
──《生きてない》
死にたくない。知りたくもない。世界なんて、知らなければ良かった。扉なんて、開けなければ良かった。
私は、どうして、どうして、私は──否定されるの?世界は──、セカイは。
でも、私は肯定された。認識された。愛された。
だから、次は、私は、あの光のように、名前を貰うんだ。
──。
向日葵でした。




