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第十五話海上で今、手を繋いでいるのは

はい。お待たせしました。いやぁ、この話ムッッずい

 先生が言った。生きる──それは誰かに認識されること。それは誰かに肯定されること。それは誰かに愛されること。

 ──『お前らには、絶対に手に入らないものだ』

 私たち化け物が施設で生きてゆくには、視線や声色さえも操作する必要がある。

 人の形をした玩具は、大人たちの格好の標的だ。

 殴られることも、(なぐさ)み者になることも。自分を殺してでも、死ぬまで他者に奉仕する。それが、この世界に生まれてしまった化け物の《《在るべき形》》なのだ。

 いずれ施設から追い出され、身につけた処世術をかなぐり捨てるまで、私たちは山を駆け、銃殺される運命を背負っている。

 ──それなのに、『彼女』は運命を否定した。始まりの歌を奏で、鎖で繋がれた獣であったレイト君にも優しさを与えた。

 あの子の《《始まりの歌》》は、私たちのプロローグであり、きっと死の間際に過ぎるエンディングロールなのだ。

 二〇二二年 四月二五日 一七時一〇分 エクウス・カバリュス号 下層倉庫

「こんばんわ。もう着いたぞ」

 気が付くと、そこは木箱の中だった。自分が寝ていた箱の中には、連徒さんが入れてくれたのであろう、柔らかい毛布と小さな枕があった。

「……こんばんわ。時間ですか?」

「いや、儀式開始と船のジャックは18時からだ。あと少しだけ、時間がある」

 手渡された時計を確認する。あと四十五分ほどで、私は生贄となる。

 私は《私》でいなくなり、神によって第三者の願いが叶えられる。そんな世界に興味はない。

 ……いや、嘘だ。だって、私が庇ったレイトが幸せにならないと嫌だ。私が死ぬのだから──それなら、私が、あの施設の皆が、生きたかった分まで幸せになってもらわないと嫌だ。

「出かけないか?」

 意外な一言だった。この人は、本来こんな場所には居てはいけない人のはずだ。

 非異能者と異能者の格差は、『差別』という言葉だけでは埋まらない。私の語彙にはないけれど、連徒さんと私との間には、決して埋まらない『言葉』がある。

「いいえ。大丈夫です。私の願いは、あの時言ったので十分なので」

 十分だ。これ以上求めてしまえば、私はこんな世界にだって未練を残してしまう。

「そうか……じゃあ!」

 彼はにっこりと笑い、手を差し出した。

「儀式の下準備に行くぞ」

「その言葉に、拒否できませんね、私は」

 手を取った地海を、連徒は木箱から連れ出した。

 足元から微かに伝わる、重低音の震え。獲物を追い詰めるために疾走する**《巨大な獣の心音》**のように感じる。豪華な絨毯がその振動を殺そうとしているが、静かにしていると骨にまで響いてくるような、逃げられない感覚。

 先ほどまで居た下層倉庫のカビや荷物の匂いとは違い、視界を刺すような光を放つ豪華絢爛なショッピングエリアは、ボロ屋敷に住んでいた私には眩暈さえ感じさせた。

「すっ、凄いですね……」

「そうだな。オレもアウェー感が凄い」

 そうだ! と、わざとらしく連徒が小さな耳飾りを取り出し、地海の耳へと付ける。彼女の右耳朶みみたぶからぶら下がったのは、一輪の向日葵を模したイヤリングだった。

「これは……?」

「ん? プレゼントだな」

「……意味、あるんですか?」

 死にゆく者への手向け。感情的には理解できるものであったとしても、彼女の中には二つの気持ちがある。

 非異能者からのプレゼント。本来なら、隔絶された格差を持つ両者の立場。肩を並べることすら許されないはずの少女へ、彼は「手向け」として贈り物をしたのだ。それは彼女の中で、鳥居連徒という人物の像を塗り替えてゆく。

「優しい人だと、思ってました。けど、貴方はおかしな人なんですね」

「……変か。普通だと思うけど」

 うーん、と考え込む連徒は、次の言葉に困ったのか、上を指差して答えた。

「聞き覚え、ないか? 中学とかで」

「ん?」

 当然、過去に『学校』に通ったことのない地海に聞き覚えがあるはずもない。

 スピーカーから流れるシューベルトの『魔王』。義務教育を終えている彼には、馴染みのある旋律だった。少しの沈黙ののち、彼は自覚する。自分の考えが間違っていたのだと。

「すまないな。ここまでとは」

 小さい頃から、俺は能力者と無能力者の違いがよく分からなかった。双子の兄が運良く検査に引っかからず、非能力者として扱われてきたのを、俺は目の前で見ていた。この話は兄と二人だけの秘密で、周囲の人間とも、俺とは違い兄は馴染めていた。そんな兄を見て、ずっと思っていた。

 ──『オレより人間みたいだ』

 だから、ゴキブリみたいな扱いをされても、俺の根底にある「彼らも同じ人間である」という感覚のズレは、今も治っていない。

「いえ、謝る必要はありませんよ。そういうものなんです」

「嫌だ。オレはオレの価値観で、自分の色眼鏡で、自分の目に映る世界を見たいんだ。他のヤツなんて知らねぇ」

 そう言ってのける連徒の言葉は、あまりに身勝手で、子供の戯言で──けれど、施設で聴いた『彼女』の言葉そのままで、眩しかった。

 化け物。それが私たちを縛る思考の集合体。私たちの『在るべき形』を塗り替え、彼と共に居る時間は、私を『普通の少女』へと変えてゆく。

「おっと、時間がねぇ! アイス食いに行くぞ!」

 少女の手を強く握り、青年は赤いカーペットを駆ける。その表情は子供のように無邪気な笑みに溢れ、つられて少女も──。

 スピーカーから流れる、ピアノの激しい三連符。

 父親に抱かれ、魔王の誘惑に怯えながら死んでいく子供の歌。

 その旋律は少女の耳には届かず、青年の声だけが、彼女の鼓膜を揺らした。

 二〇二二年 四月二五日 一七時二五分 エクウス・カバリュス号

 手を繋ぐ二人の思いなど知らず、巨大な一匹の馬は漆黒の海を駆る。

 夜風を切り裂きながら──。

勘違いされそうな設定と後語り

連徒君は非異能者でした。私、恋愛書くの凄く苦手で、無茶苦茶時間かかりましたね。だってぇ、連徒さん21なんですよ。地海ちゃん17歳、歳の差っっっって思ちゃった。

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