01 柳橋美湖 著 『アッシャー冒険商会 42』
〈梗概〉大航海時代末期、英国冒険貴族ファミリーが織りなす新大陸冒険活劇。掌編連作。今回はロデリック氏の幼馴染レディー・ティターニアの海洋冒険譚。
42 成長
――ロデリックの日記――
私・ロデリックは英国の出自だが、わけあって父親である男爵から家を出され、北米にある、ささやかな家領へ移った。このとき、私に付き従ったのは、義理の妹・マデライン、老執事アラン・ポオの二人だった。その際、父はマデラインに、私の嫁になるように命じている。女性に関心がない私ではあったが、拒否権はなく結婚に至っている。
マサチューセッツの州都はボストンだ。そこへ上陸した我々はミスカトニック川を遡る沿岸街道でアーカムを経由し、山間部のダンニッチにある荘園に入った。私が父から預かった荘園屋敷を本宅に、近接地で同じように家領を構えている親類縁者から資金を集めて、商会を立ち上げた。それがアーカムに本店、ボストンに支店を置いているアッシャー冒険商会だ。
アーカム郊外には、古い学友のベン・ミアが住んでいる。博物学、とりわけ実益に繋がる鉱物学を専門とする彼は、私と同じオックスフォード大学の出身だ。もっとも、私は神学部に籍を置いていたため畑違い。私の場合は、卒業と同時に司祭の資格を得ている。結婚に関し結婚を禁じる宗派もあるが、国教会はむしろ推奨している。男爵家世継の冒険商人としては都合がいい。
私がこちらに赴くと、後を追うように渡って来て、アーカム郊外にある〝胡桃屋敷〟を購入した。それから遠縁筋の孤児アーサーを引き取って養子にしている。
久々に〝胡桃屋敷〟に遊びに行くことになった。
するとアーサーと年が近い、うちの息子ハレルヤや、別棟で診療所を開いているシスターブ・ブリジットの養女ノエルが洩れなくついてくる。まずは早馬で従僕を送り、了承を取ると皆で子供達を馬車に乗せ、彼の家に遊びに行く。
ベン・ミアは僕にとって永遠の〝恋人〟でもあった。
そのことは妻マデラインも黙認するところだが、まあいろいろと思うところがあるのか、けっきょく彼女も一緒について来る次第。
屋敷は銀灰色に風化したクランプボードの外壁を纏っていた。雪を噛み殺すかのような急勾配の屋根は、鉛色の空を険しく突き刺している。二階は一階を圧するように張り出しがあり、四隅からは結び目めいた重厚なペンダントの飾り彫りが垂れ下がっていた。厚い壁に穿たれた開き窓には、煤けた菱形の鉛ガラスが嵌められている。中央にそそり立つ巨大な煉瓦の煙突からは細い煤煙が吐き出されている。
重いオークの扉を抜けると、低い主梁が頭上を圧している。主梁から小枝のような小梁が分れて天井を支えている。鯨に飲まれればきっと、内からこのように肋骨を仰ぐことになるのだろう。
重厚なチェストやゲートレッグ・テーブルの木目をした天井と床。床板の軋みが、私と妻の訪れを屋敷の主に告げていた。
屋敷の書斎は二階にある。子供達を芝生の遊ばせ、僕と家内が入ると、椅子に座るよう勧められる。
「そろそろ君の実家、アッシャー家についての秘密を教えてくれないか? まずはルーツだな」ベン・ミアは、女と見まごうような美麗な容貌だ。妻マデラインも世間一般の尺度で言えば美人の範疇に入る。だが彼の美男ぶりは〝絶世〟の二文字を冠しているのだ。妻が私の関心が著しく傾くのを警戒してついて来るのもそのためだ。「いいだろう。だが他言無用に願いたい……」僕は紅茶カップの縁に口をつけた。東インド会社ブランドの葉を使っている。「僕の家の中興の祖である祖父が、零落する我がアッシャー家を建て直すとき、わずかに残った先祖伝来の荘園を売却し、それを元手に冒険商人になった」
冒険商人はオランダで発症している。英国では十五世紀・ヘンリー八世の御代に創設され、十六世紀・エリザベス女王の御代に発展。王室の特許を得て毛織物輸出などを独占した貿易団体だ。中には海賊とやっていることがほぼ同じな私掠船をやったり、植民地運営をやったりする連中もいる。名の知れた東インド会社も冒険商人が運営している。
祖父は冒険商人組合に加盟。胡椒交易で株を買い、大金を得ると北米に新たな家領を購入している。
「そのあたりの事情は以前、君から聞いている。僕が知りたいのはそれ以前の始まりだよ。君の御先祖様はいつから英国貴族に取り立てられたんだい?」
「フランク王国って知っているか? そこの王族だったらしい」
人に話すと与太話に聞こえることだろう。どこの国にも先祖が、名家出自だと吹聴する連中は必ずいるものだ。箔をつけたい田舎の下級貴族ならなおさらそうだ。一緒にされるのは恥じなので口外しないようにしている。そこに踏み込む友は笑わない。
「ドイツ・フランス・北イタリアにまたがっていたアレだな。一時は復刻版西ローマ帝国を名乗っていた。してフランク王国はメロビング朝とカロリング朝の二つがあるが、どっちだ?
「メロビングのほうだ」
「カロリング朝の創始者に王国を乗っ取られたとき、直系は確か、修道院に押し込められたと聞くが……」
「もちろん傍流だ。アッシャーなるところに家領があったそうだ。代々宮廷魔術師長をやっていたそうだ」
「すると前王朝が滅ぼされたので、英国に亡命したというわけか。八世紀半ばということになるな。七王国時代マーシア王国あたりか」
「そうだ。そこで騎士になり辺境伯に取り立てられたが、ランカスター家とヨークシャー家が共倒れした〝薔薇戦争〟の巻き添えを食った当時の本家当主が討死すると、分家筋の男爵家だったうちが嫡流になった」
「十五世紀終わりあたりのことだな。……ところで君の家に、メロヴィング朝の魔道師長だったころから伝わっているものはないか? お宝でも家訓でも何でもいい」
そう言われてないこともない。ただ他家の放蕩息子によくあるように、長子ながら私は子供の時に、そういう案件を取り合わないできた。だが、この言葉を聞くと、身体を巡る血流が沸騰するように感じるのだ。
――〝銀の鍵〟を捜せ――
友が刮目し身体を乗り出して聞き直す。
「銀の鍵?」
何でも異世界に通じる〝アッシャー門〟の扉を開けるものだそうだ。
「アッシャー門? 異世界への門あるいは鍵と言ったら有力旧支配者が一柱〝ヨグ=ソトース〟に関わるものか?」
「そうだ。メロヴィング朝国王に仕えていた始祖は、かの旧支配者の門を通って異世界に達したそうだ。彼はそこを〝幻夢境〟と名付けた。だが〝ヨグ=ソトース〟に関わると発狂し死に至ることになる。なので始祖の没後、歴代アッシャー家当主はリスクのない別ルートでそこへ抜ける門を作り上げた。それが末代国王キルデリク三世のころだったと聞いている」
ベン・ミアは片頬に手を当てて考え込んでいた。
そこで話しに割り込むようにマデラインが、
「旦那様は〝銀の鍵〟の秘密を知っていらっしゃるのでは?」
「〝銀の匙〟に近づくと〝血脈〟が熱く騒ぐんだ。魔法使い協会新大陸支部長を務めていたダレット伯爵の案内で羨道を行くと、銅板を見つけた。それには文字ではないが、四種類からなる記号のような絵の羅列があった」
「解読できたのか?」
「ああ。たまらまシェークスピアの詩集『ソネット』を読んでいたら、〝ダーク・レディー〟という一連の詩に目をやったときまた、〝血脈〟が騒いだんだ」
「ダーク・レディーで黒髪の貴婦人だな。黒で〝這い寄る混沌〟ナイアルラトホテップを連想したというわけだな。それで結果は?」
『ソネット』127の冒頭にある、「昔、黒は美しいとはみなされなかった」の一節、〝In the old age black was not counted fair〟の各ワードで、最初にくる母音を拾ってみた。すると、アルファベットのI・E・O・A・A・O・O・Aとなる。それが鍵語だった。読み上げず、紙に文字を書き、ベン・ミアみせると暖炉の火にくべる。
「つまり〝銀の鍵〟というのは呪文だったというわけなのだな!」
友が迂闊にも術式として読み上げようとしたので、私はそれを制し、
「旧支配者に関わる言葉は安易に読み上げてはならない。父によく言われている」
「そうだったな。気を付けよう」
魔法使いならば基本的なことだが、ベンミアはついつい興奮したようだった。
私の隣にいる妻は武闘派だが、アッシャー一門の血脈が騒いだのであろう。彼女もまた興奮している。うっかり口にしまいか、それから数日間、私は冷や冷やしたものだった。
了
〈登場人物〉
アッシャー家
ロデリック:旧大陸の男爵家世嗣。新大陸で〝アッシャー冒険商会〟を起業する。実は代々魔法貴族で、昨今、〝怠惰の女神〟ザトゥーを守護女神にした。
マデライン:男爵家の遠縁分家の娘、男爵本家の養女を経て、世嗣ロデリックの妻になる。ロデリックとの間に一子ハレルヤを産んだ。
アラン・ポオ:同家一門・執事兼従者。元軍人。マデラインの体術の師でもある。
その他
ベン・ミア:ロデリックの学友男性。実はロデリックの昔の恋人。養子のアーサーと〝胡桃屋敷〟に暮らしている。幼馴染だという神出鬼没の謎の美女レディー・ティターニアがいる。
シスター・ブリジット:修道女。アッシャー家の係付医。乗合馬車で移動中、山賊に襲われていたところを偶然通りかかったアラン・ポオに助けられる。襲撃で両親を殺された童女ノエルを引き取り、養女にした。
レディー・ティターニア:ロデリックの元婚約者フレデリカ(※旧呼称キャサリン)の妹で、彼の幼馴染。世界を旅する魔法使いである。




