2026年4月30日:矛盾の渦中で、有事の位相を生きる
まえがき
これらは、急激な為替変動の直後に綴られた文章です。筆者は円安や円高といった現象そのものが、直ちにイラン戦争を「取り返しのつかない事態」へ導く決定打になるとは考えていません。しかし、為替の背後に潜む大国の動向や政府の思惑を読み解くとき、そこには一つの必然的なシナリオが浮かび上がってきます。これはあくまで、ある特定の位相から導き出された「一つの仮説」としてお読みください。
17時30分、円が3円跳ねた。その数字の裏側に、この世界の歪みが透けて見える。
アメリカは頑なに利下げをしない。それは単なる経済政策ではなく、この不安定な世界において「ドルの強さこそが唯一の正解だ」と誇示する、覇権国の傲慢な示威行動に思えてならない。世界中にインフレを撒き散らしてでも、自分たちが頂点に居続けるための、いわば通貨という名の「武器」だ。
さらに不可解なのは、彼らが掲げる「正義」の形。イランの核保有を「世界の脅威」だと激しく糾弾しながら、自分たちは「核攻撃という選択肢を否定しない」と平然と言ってのける。核を奪おうとする手が、同時に核のスイッチを弄んでいる矛盾。その歪な緊張感が、明日にも本格化しそうなイラン戦争の引き金になろうとしている。
そんな嵐の前夜に、わが国の政府はどう動いているのか。表面上は円安を憂いているふりをして、本音ではこの状況を歓迎しているのではないか、という疑念が消えない。
「悪い円安」で国民が喘いでいても、インフレが進めば進むほど、政府の莫大な借金は魔法のように目減りし、消費税収は勝手に膨らんでいく。円安は、政府にとって「国民の預金を削って借金を返す」ための、最も効率的で悪魔的な集金システムなのだ。17:30の3円の円高は、国民を守るための盾ではなく、あまりに歪みが大きくなりすぎて、システムが壊れるのを防いだだけの微調整に過ぎない。
だが、その微調整の裏には、さらなる切迫した「有事の予兆」が読み取れる。
政府がなりふり構わず円を押し戻したのは、イラン戦争の本格化・大規模化がもはや避けられないと確信したからではないか。これから原油、そしてガソリン価格がとてつもなく上昇することが明白だからこそ、せめて為替だけでも動かし、私たちの命綱である食料品価格の暴騰を、間際で食い止めようとした背景を感じる。
しかし、それは一時的な状態変化でしかない。
本質的な解決を先送りにしたまま、事態はより深刻な方向へと加速していく。
大国が矛盾を抱えたまま牙を剥き、自国政府が国民の犠牲の上に財政の立て直しを夢見る。この「まやかし」に満ちた有事の位相の中で、私たちは何を信じて明日の朝を迎えればいいのだろう。ただ一つ確かなのは、もう「誰かが守ってくれる」時代は、とっくに終わっているということだ。
あとがき
思えば、ガソリンの特別増税が廃止されてから、ちょうど3ヶ月。その平穏の裏で、イラン戦争という巨大な濁流は刻一刻と迫っていた。
政府が先に税を削ったのは、これから来る嵐の凄まじさを知っていたからに他ならない。
だとすれば、一ヶ月以内にその決定的な兆候が現れるのではないだろうか。
それはかつてなら「悪魔の囁き」として退けられた、妄想に近い予感だったかもしれない。
だが、17時30分のあの3円の跳ね。円安を追い風にしながら、同時にその限界を悟り、怯えるように円を買い戻した政府の動き。
それこそが、何よりも饒舌に「最悪のシナリオ」を語っている。
今の私には、それがもう悪魔の囁きには思えない。
それは、すでに始まってしまった現実の、あまりに静かな足音なのかもしれない・・・




