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「遠藤君は……」
ディザストロはゆっくりと言葉を紡ぐ。トオルは、許されるなら耳を塞いで逃げ出してしまいたかった。
けれどそうしなかったのは、ディザストロの声が思ったよりも柔らかかったから。仕方ないなと、小さな子供に言い聞かせるような温かさを感じてしまったから。
「意外と馬鹿なんだね」
「……え?」
「どうして君が自分を責める必要があるの? だって元凶がその“彼”で、君は紛れもなく被害者だ。間違いなく、間違えちゃいけない」
思わず顔を上げたトオルの視界に映るのは、正面を向きながら優しく瞳を細めたディザストロの姿。その表情からは、嘘偽りを言っているようには感じない。
柔らかい声と優しい表情のまま、ゆっくりとディザストロは言葉を紡ぐ。
ゆっくりと、トオルに流し込む様に。トオルの中で声が融解して、じわりと四肢に行き渡っていく感覚。
それはとても不思議な、奇妙な感覚だった。
「原因がそうだとしても、彼にはとてもよくしてもらいました。色々教えてもらったし、気に掛けてもらった。それに子どもを襲ったのは俺の意思で……」
「それは君を勝手に巻き込んだ彼がする、最低限の義務だと思うよ。それに襲ったのは君の意思じゃない。遠藤君の中に植え付けられた【半吸血人間】の意思だ」
「でも、それでも。僕は僕のその意思を抑えられなかった。それは僕の気持ちが弱かったからで、そのせいで一人の子供の人生を奪ってしまった。それは僕のこの手が、やったんです」
公園内を眺めていた瞳がこちらを向く。そっと静かに両肩を掴んで、トオルの視線を自分へ向けさせた。
少し遠くで子供達の遊ぶ声が聞こえる。
風の音、木々の葉が擦れる音、離れたベンチに座るおばさん達の井戸端会議の声に紛れるように、けれどその声は確かにトオルの元へ届いた。
「ねぇ、トオル君。そんなに自分を責める必要はないよ。君はまだ子供なんだ。全て自分のせいだと受け入れる必要はない。もっと怒っていい。感情のままに喚いて、どうしてだと理由を求めて良いんだ。諦めを知るのは、我慢して受け止めるのは、もう少し先延ばしにして良いんだよ」
トオルは最初、それが何なのか分からなかった。頬の上を何かが滑り落ちていく。
ぼたりとそれが手の上に落ちて、ようやくトオルは自分が泣いているのだと気付いた。そして、気付いてしまえばもう駄目だった。
胸が苦しい。涙が止まらない。目が熱い。呼吸が出来ない。喉がしゃくり上げて辛い。
泣くというのは、意外と重労働だ。苦しいし疲れるし、どう考えたっていいことではない。
それでも、一人で堪えていた時には感じられなかった温もりが胸にある。涙とともに、胸に巣食う歪が零れ落ちていくようだ。
「俺、良いんですか? もう高校生で、大人じゃなくても、小さな子どもじゃ、ない、のに……」
「まだ、高校生だよ。大人だって何もかも我慢しているわけじゃない。嫌なことは嫌だと断じて、何でだと文句を言う。それを駄目だと言う方にこそ、問題があると思うよ?」
それはそうだ。大人だからって、我儘を言っちゃいけないなんてことはない。何でも我慢しなくちゃいけないなんてことは、ないんだ。
けれどそれを自分に置き換えた途端に、それは許されないことのように感じてしまっていた。悪のように、感じてしまったのだ。
理性では「そんなことない」と分かっていても、ぐちゃぐちゃな思考では冷静な判断ができない。
トオルは無意識に、自分で自分を追い詰めてしまっていた。
「俺は、普通の人間のまま生きたかった。吸血人間になんてなりたくなかった! どうして俺がこんな目に遭わなくちゃいけないんだよ! 俺が、俺が何をした? どうせならあの時、下手に生かすより殺してほしかった! 人間として、人間のまま殺してほしかった!」
それは、ずっと殺してきた感情。言ってはいけないとどこかで我慢してきた衝動。
自分がこんな感情を抱いていたと、知りたくなかった。知られたくなかった想い。
トオルは何も悪くなかった。悪くなかったはずなんだ。現場を目撃してしまっただけで、たまたまあの場に居合わせてしまっただけの、被害者。
そして宏人の方も、迂闊ではあったが悪意はなかった。吸血人間など一般に知られるわけにいかず、知られた以上口封じに動くのはおかしなことではない。
気まぐれとはいえトオルを殺さなかったのも、高校生の子供を殺すのに躊躇いがあったから。ただ少し、想像が足りなかっただけなのだ。
突如人外へと変貌させられた存在が、高校生という年頃の人間が、素直に「生かしてくれてありがとう」と感じるわけがないと。
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