純粋な吸血鬼
「何かあったのか? もし何かあったなら、遠慮せずに相談しろよ」
それが、修学旅行中に宏人から届いていたLINEの内容だった。
短いながらもこちらへの気遣いが察せられて、心が温かくなると同時にどうにも苦しい感情に押し潰されそうになる。
トオルは修学旅行の最後の日、帰宅前の電車の中でようやくそのLINEへ返事をした。
「間違い電話でした。ごめんなさい! こちらは特に何もありませんでしたよ」
もう少し良い誤魔化し方もあった気がするが、その時はそれが精一杯だった。それ以上なんて思い付かなかったし、思い付いても結局どうにもならなかった気がする。
その後に続く宏人からの返信では、特に詮索するような内容や怪訝そうなそぶりはなかった。それが本当に誤魔化せたのか、誤魔化されたフリをしてくれているのかは分からない。
修学旅行から一週間。トオルは宏人とは会っていなかった。
「……はぁ」
重い溜息が足元に落ちる。けれどそれだけでは、この鬱屈とした気分はとても晴れそうになかった。
あれから一週間。今日は、以前から約束していた宏人の普段の家に遊びに行く日である。
まだこんなことになるとは思ってなかった頃に、修学旅行のお土産を渡すからと約束を取り付けていたのだ。
約束の時間まではもう少し余裕がある。それでも家に引きこもっていると外出するのが嫌になりそうで、いつかの体調を崩した際に休憩した公園まで足を伸ばしていた。
ここを選んだことに、特に理由はない。強いて言うなら程よく歩いた先にあり、宏人との約束の場所からも近い場所だったから。
ただ何となく、あの時ディザストロに座らせてもらったベンチへ腰掛けた。
もしかしたら少し、期待しているのかもしれない。またあの美しい人と会えるかもしれないと。どこか惹かれる雰囲気を持つあの人と再会することを。
「……あれ。もしかして、遠藤君? また会ったね」
果たして、これは偶然なのだろうか。この時のトオルは勿論、後になって思い返しても、これが偶然か故意か必然か、トオルには分からなかった。
かけられた声に、どんよりとした気分で俯いていたトオルは億劫そうに顔を向ける。
しかし声をかけてきた相手を確認すると、慌ててベンチから立ち上がった。
「あ、えっと、ディザストロさん。お久しぶりです!」
「久しぶり。今日は体調大丈夫かな?」
「その節はありがとうございました。今日は大丈夫です」
トオルは立ち上がった勢いのまま頭を下げる。驚いたような表情をしていたディザストロは、ふわりとその相貌を崩して笑いかけた。
さらさらと流れる黒髪に視線が向く。相変わらずの綺麗な黒髪。そして美しい瞳だった。確か濡れたような艶のある美しい黒髪のことを、烏の濡れ羽色と言うのだったか。
すっと、瞳が細まる。愉悦を含んだように歪むその形すら美しく、そわそわとした感覚がトオルを擽る。
「良好そうでなにより。けど、元気はなさそうだね。悩み事かな?」
「え……いえ。そんなことないですよ?」
「うそ。……ふふ。実は少し前から見ていたんだ。遠藤君がここで項垂れているの」
「えっあ、見られていたんですか? ……恥ずかしいな」
「悩みは打ち明けた方がスッキリするよ? それに、あまり面識ない俺だからこそ言いやすいこともあるんじゃない?」
そう、促すように優しい声をかけられて、トオルは迷った。
確かに自分一人で益体もなく考え続けても答えは出ないだろう。堂々巡りするだけだ。
けれど、内容をぼかしたとしても、こんな相談をしていいのだろうか? 欲に負けて子供の命を奪ってしまった自分が、こんな、自分勝手な相談を。
ああでも、いい加減疲れてしまった。一人で考え続けるのも、悩むのも。
それならいっそ、全部話してしまった方が良いのかもしれない。その結果ディザストロが離れたとて、さほど気にする必要もないのだ。
だって彼が言った通り、ディザストロとトオルは友人ではないのだから。
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