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わずかな震えはやがて手だけに治まらず、足にまで震えが広がったトオルは情けなく尻餅を着く。倒れた男の子の光の宿らない瞳が、ぼんやりとトオルのそんな姿を映していた。
その現実味の無い現実が、お前のせいだと責め立てる。
「やだ! だってちがう、おれは、だって、おれ……いやだ、ちがう、ちがうのに、なんで、こんな、こん……あ、ああ、だれか、たす、たすけて」
言いながらトオルは、混乱する頭の片隅で自嘲する。
誰が助けてくれるというのだろう。こんな、小さな男の子が血の気を無くして死んでいて、その目の前で血の匂いをさせながら座り込んでいる男を。
誰がどう見ても加害者。いや、加害者と判ずるのは難しいかもしれない。一般の人はトオルがそうだったように、吸血鬼の存在を現実としては知らないのだ。
それでも、少なくとも無関係とは言えないだろう。そんな人間を、一体誰が助けてくれる?
気味悪がられ、恐れられ、敵視され、拒絶され、淘汰される。吸血鬼と言う存在を知らなくとも。たとえ知っていても。
自分達に害成す存在を、人間は受け入れようとはしない。
「……ひろと、さん」
不意に思い浮かんだのは、同じ吸血人間である宏人の存在。彼ならば、トオルが子供を襲ってしまった話を聞いても決して拒絶しないだろう。
そもそも宏人と知り合うきっかけ自体が、宏人が女性を襲っている場面だったのだ。そんな彼がトオルを糾弾するわけがなかった。
震える手でポケットから携帯を取り出し、電話帳に登録した名前を勢いのままタップする。受話器のマークをタップして、けれど1コール鳴り終わらない内にトオルは発信を止めた。
ぼんやりと電話帳に戻ったその画面を見つめる。ゆら、と、視界が揺らいだ。
電話をかけて、もし宏人さんがすぐに出てくれたとして。そして自分は、何を彼に話すつもりだったのだろう?
人を襲ってしまったんです。殺してしまったんです。この手に、かけてしまったんです。どうすればいいですか?
なんてマヌケな言葉。それを言って、どうなるというのか。一体自分は宏人さんに、どんな回答を期待しているのか。
確かに彼なら死体の始末の付け方も知っているだろう。そういった組織とも、繋がりがあるのかもしれない。
けれど、言えない。言ってはならなかった。それは口にしてはいけないのだ。だって、
「きらわれたく、ない……」
面倒な奴だと思われたくない。鬱陶しいと思われたくない。彼の心の、遠くに置かれたくなかった。
だってトオルにとって宏人は、唯一の吸血人間仲間だ。
唯一、相談が出来て。唯一、気持ちが分かりあえて。唯一、ただの人間じゃなくなった自分を無条件で受け入れてくれる相手だ。
もしそんなことすら聞かなきゃ分からないのかと思われたら? いちいち説明するのが面倒だと思われたら? そうして、少しずつ離れられてしまったら?
そしたらトオルは、この世界で一人ぼっちになってしまう。
「……病院。少なくとも病院は、吸血鬼の存在を知っている。そこなら、問答無用で警察に引き渡されないかも」
言葉に出すことで、未だにぐちゃぐちゃな思考を纏めていく。
遺体を放置して病院まで行くのは怖いので、握ったままの携帯で元々行く予定だった病院の電話番号を検索した。
その、瞬間。
__PiPiPiPi
手にした携帯の画面が唐突に変わる。まだ病院の番号をタップしていないのに。
画面に表示されている名前は、「宏人さん」だった。
「ひっ」
思わず携帯を取り落とす。ガシャン、と嫌な音が響いた。
怖い。怖い? 何が、何で?
拒絶されるのが? 嫌われるのが? 面倒だと思われるのが?
それはきっとどれも合っていて、どれも的外れ。怖いのではなく、それだけではなく、トオルはただ純粋に嫌なのだ。
自分が、そう思われてしまうかもしれないのが。
「いやだ。切れろ。切れて。お願い、きれて……!」
その願いが届いたのかどうなのか。五回ほどのコールの後、着信はプツリと途絶えた。少し待ってみたがかけ直してくる様子もなく、改めて病院へ電話をする。
きっと修学旅行中のトオルが間違えて通話をかけてしまっただけだと思ったのだろう。かけ間違いなら楽しい気分の邪魔しては悪いと気を遣ってくれたのかもしれない。
そう楽観してみたけれど、その後に届いたLINEを開く勇気はどうしても出て来なかった。
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