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太陽と笑って(3/5)

身なりに一切気を使わない態度。誰とも話をしようともせず、何にも興味を示すこともなく、ただ澱んだ瞳で剣を振る。トオラはそんなカームを「壊れている」と言ったけど、あたしのはそうは思えなかった。だって剣を振るあたしのことを見ていた。さっきも困っているあたしを助けてくれた。それに澱んだ瞳の奥には澄んだ色が見える。

何より壊れた人間にあの剣は振れない。剣の境地は正気と狂気の境でなければ到達できないものだ。カームは正気ではないのかもしれないけれど、狂人というほどには壊れてはいまい。

「⋯⋯どうして」

 カームは本気で困惑しているようだった。おろおろと顔を振り、剣を持つ手もかすかに震えている。

「見ていて何となく?」

 小首を傾げてそう言うと、カームはスッと目を逸らした。そこにカームの脆さを感じる。その脆さはまるで触れれば砕けてしまいそうなガラス細工のよう。きっと彼はこの脆さを隠したくて人を遠ざけている。

「僕に構わないでくれ」

「嫌よ」

 目を逸らしたままのカームに言いすがる。するとギリと歯がみする音が聞こえて、カームが消えた。

「あれ?」

 きょろきょろと周囲を見回してもカームの姿はどこにもない。カームは煙のようにいなくなってしまった。

「魔法か⋯⋯異能?」

 魔法を使った風ではなかったから転移の異能でも持っているのだろうか。この場に留まってもしょうがないので、頭を掻いてまた声をかけられる前に割り当てられたテントに戻ることにした。


 そして月と太陽が交代して朝になる。カームはいつも通り一人で行動している。それを他の傭兵は見て見ぬふりをするのもいつも通り。しかしカームがあたしを見て、そっと目を逸らしたことをあたしは見逃さなかった。

「総員!よく聞け!」

 戦争が始まる直前。トオラが傭兵たちを集めた。整然と、というにはいささか列が乱れているけれど傭兵たちの顔は真剣そのものだ。

「今日から戦争だ!殺し、殺され合う戦争だ!だが貴様らは何だ!」

「傭兵団だ!晴天傭兵団!」

 傭兵たちの呼応する声。20人弱の声が一つになり、大地を震わせる。

「そうだ!俺たちの鉄の掟を言ってみろ!」

「楽しいことがあったら笑えぇぇぇぇぇ!!」

「俺たちがいるのは暗く!陰惨な戦争ではない!晴れやかに戦い!晴れやかに死ね!それが晴天傭兵団!大陸最強の傭兵団だ!」

「おおおおおおーー!!!」

 傭兵たちの雄叫び。傭兵たちの顔は紅潮している。近くで見ていた兵士たちも恐怖が払拭されたように傭兵たちの雄叫びに呼応している。

 その中にいて、高揚感を分かち合っていないのはあたしとカーム、そしてトオラの3人だけだった。


 トオラの号令で自軍の空気は変わったが、戦場そのものの空気は変わらない。血か剣の欠片か、金属の臭いがどことなくして、パリッと乾いている。そこにいるだけで戦いの裏と表をひしひしと伝えてくれる空気だ。

「戦争の始まりは遠距離魔法からだ。今までの話からするとおそらく風の弾丸が飛んでくるようだが、対処できるか?」

 隣に立つトオラは魔法が刻まれているであろう銀色の金属鎧に身を包み、手には赤い長剣を持っていた。そして口元に形だけの笑みを作った真剣な面持ちで戦場の先、ちょうど敵軍のいるあたりを見ている。

「あなたも戦うのね」

「副団長といってもまだまだ俺は現役だよ。後ろに引っ込んで戦わせるだけの立場にはいたくない」

「ふぅん」

「それで、どうなんだ?」

「心配ご無用よ」

 両腰に差した『水斬り丸』と『風斬り丸』を抜く。『水斬り丸』のほのかに青みがかった刀身と『風斬り丸』の透明な緑に色づいた刀身が太陽の光を浴びて美しく煌めく。

「この刀に斬れないものなんてないもの」

 本来斬ることの能わない水や風すら斬れることからつけられた銘だ。あたしが使えば魔法を斬ることなんて造作もない。

「業物の刀だ」

 トオラの称賛にあたしは肩をすくめて答えた。

自軍の端の方。カームはそこに一人で立っていた。ダラリと剣を抜き、焦点のあっているのかいないのか分からない目で戦場を眺めている。狂人のふり。だけどその全てが演技というわけでもない。彼が戦場でどんなふうに戦うのかあたしはまだ知らない。

(今日は彼に付いていってみようかな)

 そんなことを考えていると、自軍の後方から魔法使いによる砲撃が放たれた。ほぼ同時に敵軍の方からも風の弾丸が放たれる。両者の距離は1キロほど。勢いづいた魔法が軍に襲い掛かる。

 飛び交う悲鳴と怒号。あたしは丁度真上に降ってきた拳大の風の塊を両断した。

「手ごたえがないな」

 山にいた魔法剣士は詠唱しながら風の弾丸を放ちつつ、その上で双剣を操るという離れ業をこなしていたが、この弾丸はその魔法剣士のそれと比べるとはるかに劣る。

 そういえばカームはこの弾丸をどう対処したのだろうかと思って、カームがいた方に目を向ける。

「あれ?」

 カームがいない。昨夜のように煙の如く消えている。同時に敵軍から新しい悲鳴が聞こえてくる。まさかもう敵軍の中にいるのか?

「待って!」

「おい!ソウラ!」

 味方が体制を立て直す前に戦場に足を踏み入れる。誰よりも速く。急がないと彼の戦いを見逃してしまう。乱戦になる前だからか、あたしの歩みを妨げるように矢が降り注ぐ。

「うっとうしい!」

 走る速度を緩めないまま飛んできた矢を全て斬り払う。あたしが戦場の真ん中くらいに来たところでようやく、両軍ともに立て直したらしい。前から敵が押し寄せてくる。

「うろぁぁぁぁ!」

 槍を持った兵士があたしに突っ込んでくる。槍が突き出される。足は止めない。速度も緩めずに前進。心臓を穿つように繰り出された槍を半身になって避ける。そのまま一回転。回転の勢いで敵の首を飛ばす。

 首を失った兵士から血が噴水みたいに噴き出したけれど、それに構うことなく前進。遮る敵は皆殺しだ。剣で斬りかかってきた敵の心臓を鎧ごと突き刺して殺す。盾を構えた敵を盾ごと真っ二つにする。進行方向にいる恐怖で足のすくんだ兵士は頭から縦に分断する。

「見えた!」

 雑兵を蹴散らして進み続け、あたしは敵軍の中に深く入り込んだ。周りは敵だらけ。だけどあたしのための道は開いている。敵兵はあたしに怯えて誰も挑んでこない。あたしもそんな臆病者に興味はない。興味があるのは一人だけ。たった一人で戦い続けるカームだけだ。

 神速にして流麗の剣は遮る鎧をものともせず、振りかぶられた剣は意味をなさない。すでに彼の周りには幾人もの死体が積み上がっていた。急所を一撃で刈られた死体ばかりで、その業の深さには感動の一言しかない。そんなカームは今、一人の傭兵と戦っていた。

 骸骨のような顔をしたやけっぽちの男。粗末な革鎧を身につけて、手に持っているのは短刀だ。目をランランと輝かせてその男はカームと戦っている。

「ヒイァ!」

 甲高い叫び声と同時に、骸骨男の背中から4本の巨大な骨だけの腕が生えた。カラカラと音を鳴らしながら骨の腕がカームに迫る。

「⋯⋯」

 カームは高いところから低いところへ流れる水のように澱みなく、迷いなくその手をかいくぐる。カームが手をかいくぐって骸骨男の首をはねる。そう思った時、伸ばされていた骨がばらけた。ばらけた骨は生者に群がる亡者の如くカームに襲い掛かる。カームは何本にも分かれたその骨を剣一本で捌ききる。

「ヒィアァ⋯⋯あたしのこいつを無傷で凌ぐたぁ、さすがは『幽鬼』ってとこかい?傭兵最強『死神』にも手が届きうるって評判はあながち嘘でもなさそうだ」

 『死神』。その名前を聞いた時、カームの纏う空気が変わった。希薄だった存在感は明確に、どす黒い化け物のそれへと変化する。カームがユラリと一歩踏み出す。骸骨男の頬が引きつり、一歩後ずさった。

 横から風。あたしは迫ってきた剣を刀で受け止める。鎬を削った状態のままで視線だけを向ければ、生意気そうな顔の女傭兵があたしを見て二ヤリと笑っていた。

「敵軍のど真ん中でよそ見たぁいいご身分だね!」

「生憎とあたしを満足させてくれる敵がいないのよ。だったら彼の戦いを見ている方がずっといいわ」

「そうかい!ならあたいがあんたを楽しませてやるよぉ!」

「あら。それは楽しみ」

 獣の如き笑みを浮かべ、女傭兵が再度斬りかかってきた。


 女傭兵の振るう剣は片刃の人斬り包丁とでも言うべき代物だった。黒銀色に鈍く光るその包丁を豪快に振り回す。それはもはや人の技ではなく、獣が獲物を狩る時のそれだ。赤銅色の金属鎧を纏った女の肌もまた赤銅色に染まっている。

「ドァァァァァッァ!」

 上から下へ破壊の権化が振り落とされる。かすりでもすればぺしゃんこになりそうなその一撃をあたしはヒラリとかわす。包丁は大地に深く入り込み、地面に大きな亀裂を入れる。抜くのに苦労しそうな包丁を女傭兵は軽々抜き、また斬りかかる。

 横薙ぎの一撃を、姿勢を低くすることでかわす。鋭角を描き、足をぶつ切りにしようとしたそれを刀でいなす。そうしているうちにも女傭兵はますますその速さと破壊を増していく。まだだ。

「逃げてばっかりかぁ!口だけかよあんたはぁ!」

 包丁を振り回し、今度は殴りかかってきた。後ろに下がってかわすと女傭兵は大地を蹴って砂と化したそれで目つぶしをしてくる。刀の生み出す風圧で砂を払う。その隙を狙ってのタックル。刀を握りしめてあたしは跳んだ。直進してくる女傭兵の頭に手を乗せて、勢いを利用して背後に跳ぶ。振り返ると女傭兵の血走った目があたしをとらえた。そろそろか?

「てめぇ。なめてんのか」

「別に。なめてなんかいないわよ」

 噴火直前の女傭兵を鼻で笑う。それが限界だったらしい。

〈赤銅の鎧を我が身に! 傲慢たる敵を滅ぼせ!〉

 ようやくだ。初手の時点ではこの女傭兵は弱かった。少なくともあたしが片手で受けきれるほどには。だけど戦っていくうちに強くなっていった。さっき詠唱していたから、おそらく強化系の魔法使いだろう。感情の高まりか、時間の経過かは分からないが、ようやく楽しめそうだ。

 女傭兵は全身を赤銅色に染め、蒸気を噴出している。白目を抜いて荒い息を吐き、獰猛な獣の様を呈している。固く握りしめられた人斬り包丁も女と同じく赤銅に染まっている。

「グロァァァァァァ!!!」

 ビリビリと肌を刺すような咆哮をして女傭兵は、いや一匹の獣はあたしに飛び掛かってきた。もはやその身と一体化した包丁を乱雑に振るう。回避はもう間に合わない。二本の刀を交差させて防御。体全体を掻き混ぜたような衝撃が走った。あたしの体が地面を跳ねる。だけど跳ねたままではいられない。バウンドした力を利用して着地。すぐさましゃがみこんで横に薙いだ包丁をかわす。

 低い姿勢のまま股下に潜りこんで、獣の股の両端から胸に向かってを両の刀で斬り裂く。

「グロロロロロロロ!」

 三つに裂くまではいかなかったが、ほぼ肩の近くまで刃は通った。血を噴き出しながら獣がもだえ、絶叫する。

「でもまだこれで終わりじゃないでしょう?」

 獣からはまだまだ死相は見えない。当然と言うべきか、獣の傷が塞がっていく。人外じみた膂力と再生力。この手の魔法にありがちなタイプ。

「てか、暑」

 しかし山を下りて以来、カームを除けば最強の敵だ。自然と頬が緩み、笑いがこみ上げてくる。気分は真夏のように高揚し、頭は極寒の冬のように冷めきる。一手間違えれば即死の戦いにおいて最高のコンディションだ。この戦いだけでも山を下りてきたかいがあったというもの。

 獣は見た目だけではなく、実際に熱を帯びているようだ。熱した鉄のように熱い体と包丁。直に触れればただではすむまい。

「いいわね。最高よ、あなた」

 獣は自らの傷を癒し、瞳を失った目であたしをにらむ。逃がしはしないとその獰猛な獣気が伝えている。もちろんあたしも逃げるつもりはない。戦いが終わった時、立っているのはあたしかあいつだ。

「ガァァァァァぁァ!!」

 大地をえぐりながら駆ける獣にあたしも獰猛な笑みをくれてやった。


 楽しい。楽しくてしょうがない。

「ゴロロロガラァ!」

 力任せに繰り出されるのは目で追うことを許さない豪速の刃。それをギリギリでかいくぐって肉薄。二刀を煌めかせる。一拍の内に6撃。獣の口から沸騰した血液がこぼれ出る。

「ボゴァ⋯⋯」

 苦し紛れの拳を後方に一回転しながら回避。傷が癒える間も与えずに連撃。狙いは包丁を持っている右腕だ。丸太のように膨張した腕の、手首から肩にかけて駆け上がるように切り刻んでいく。筋肉の筋に沿って、腱は丁寧に、ぬかりなく剥ぐ。関節は動かせないように4分割して、骨は真ん中をぶった切る。

「アアアアアァァァァァァ!!!」

 獣はついに人の象徴である武器を取り落とした。あたしが刻んだ後から高温の血があふれて傷を深くする。ついに獣の武器になりうるその高温は自らを傷つけ始めた。

「ウウウウウウッ!」

 武器の代わりと言わんばかりに、腕としての用をなさなくなった右腕を振り回す。いい判断だ。そう言うの好き。

「でもねぇ!」

 神速の一歩。迫る獣を後方へ抜き去り、刀はすでに振り落とした後。

「ギィァァァァァァ!!」

 ベチャリという音がして獣の右腕が落ちる。落ちた右腕は血に焼かれて燃え始めた。

「フーッ!フーッ!」

 手負いの獣の鎧はもうその意味をなしておらず、金属は溶けて表面を覆うばかり。赤銅色の肉体から生まれる熱も、自分を傷つけるだけだ。それがなくとも獣の体に傷のないところなんてない。あたしが時間をかけて刻んであげた。

 まさに満身創痍。だけど獣は手負いが一番恐ろしい。双刀を構え、動きを待つ。

「フーウゥゥゥゥゥゥッッッッ!!!」

 正面からの突進。しかしその速さは戦いの中で最も速い。だからこそ。

「ア⋯⋯あっ」

 あたしはその獣の流れに合わせて刀を乗せた。腹部と胸に一刀ずつ。止まることも曲がることも知らなかった獣は、他ならぬ自分自身の力で殺された。

 あたしは無傷。だけどかすり傷が致命傷になる戦いだった。字面ほど余裕があったわけじゃない。

「ばか⋯⋯な。『しゃく、どうの⋯⋯けもの』といわ、れたこのあ⋯⋯たいが」

 口から血の泡を吹きだしながら女傭兵が呆然としてつぶやく。腕一本落として、体を三分割したのにまだ生きているのは、魔法の効果がまだ残っているからか。

「あなたは強かったよ。でもあたしの方が強かった。それだけ」

 女傭兵はあたしの言葉にニッと笑いかけ、血の混じった唾を吐きかけてきた。勝者に唾を吐く行為は何よりも侮辱。だけどその行為はこの女傭兵にはよく似合っていた。

「はっ⋯⋯。この、がき」

「おやすみなさい」

 刀で脳と心臓を一刺し。それで女傭兵は永遠の眠りについた。初めての戦場でこれだけの戦いに巡り合えるとは思わなかった。満足感に満たされながら周囲を見渡すと、大地はえぐれ、焼け焦げた、見るも無残な状態になっていた。

「あんだけ戦えばそうなるわよね」

 周りに敵兵はいない。いたとしても巻き込まれて死んでいただけだろう。

「さて、カームの方は⋯⋯」

 戦いの最中で大分場所が離れたそうだ。遠くに見える異形に向かって走っていった。

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