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「ぜえっ、はあっ……。ふう、疲れた」


 僕は蛙のような移動法で、なんとか浜へ到達した。久々の普通の砂(・・・・)の感触を足裏で確かめる。


「やっぱり、僕はこっちの砂のほうがいいや」


 立ち上がって砂海を振り返ると、ジェロームがカシムを、マリウスがドミニクを引っ張りつつ、すいーっと滑ってきた。


「うわ、器用だなジェローム、マリウス」

「コレハナカナカ良イゾ、おーなー」

「開ケタ場所ナラバ戦闘デモ使エソウデスナ」


 満足げな二人と違い、不服そうなドミニク。

 カシムはというと、浜に着くなり指図船の方へ走っていった。

 僕達もその後を追うと、逆さまにひっくり返った指図船が砂に埋もれていた。カシムは指図船の周りを忙しく動き、損傷を確認している。


「アーアー、ますと折レテヤガル。モウだめダナ」


 ドミニクの言葉に、カシムは首を横に振った。


「確かに損傷は激しいですが、船体に歪みはありません。砂がクッションになったようです」


 そして、にっこり笑った。


「これならば、修理できると思います」


 僕はホッと胸を撫で下ろした。


「良かった!この船には、世話になったもんね」

「ええ、本当に。手に入れるにも色々ありましたし……良かった」


 カシムが労をねぎらうように指図船の船底を軽く叩く。僕達も一人ずつ船底を叩いていき、最後にルーシーが折れたマストにぎゅっと抱きついた。


「……あれ、ジャックは?」

「っと、忘れてましたね」


 僕とカシムが指図船の中を覗こうとすると、ジェロームが「アチラデス」と、防砂壁の上を指差した。

 防砂壁の一角に見張り台があり、そのてっぺんから悪趣味な銀色の立像が砂海を見渡していた。


「なんであんなとこに……」


 僕が呆れたように言うと、ドミニクが答えた。


「指図船ゴト宙ニ浮イテ、投ゲ出サレタンジャナイカ?」


 それにジェロームが補足する。


「ソシテ、ウマイコトアソコニ着地シタ、ト」

「そんなうまくいくものですかね?」


 カシムが首を捻ると、マリウスが言った。


「イクノダロウ。ジャックハ土壇場ニナルト急ニ運ガ向クカラナ」

「ジャック、どたんばー!」


 土壇場の意味など知らないルーシーが、「どたんばー!」と連呼する。

 そのとき。

 ピィーッ!とかん高い笛の音が浜辺に響いた。

 何事かと音のほうを見れば、ターバン姿に曲刀を携えた男達がこちらへ走ってくる。


「なんだろ?」

「指図船が落ちたとき、大きな音がしましたから。様子を見にきたんじゃないですか?」

「ああ、そっか。砂海を渡ってきたと教えたらびっくりするかな?」

「するでしょう。そして、歓待されるかと思います。イシュキーヴにとっても、砂海が満ちてキャラバンロードが途絶えたことは大問題となっているはずですから」

「イイネエ、歓待!俺ッチ、酒ハ飲メナクナッタガ、酒盛リハ大好キダゼ!」


 ターバンの男達は次から次へと浜に下りてきて、僕達を取り囲んだ。

 そして……。


「お前達を公共物損壊の罪で逮捕する!神妙に縄につけっ!」

「「へっ?」」


 そして僕は、生まれて初めて逮捕された。



 翌朝。

 イシュキーヴのカフェ〈ブルーオアシス〉のテラス席。

 徹夜明けの目に、暴力的な朝日が容赦なく射し込む。

 左隣に座るカシムは丸いテーブルに突っ伏して寝ている。右隣にはティーカップの香りを優雅に楽しむジェローム。サイズの合う椅子がなかったドミニクは、床に直接座り、通りを眺めている。


「し、しゃばノ空気ハウメエナア!ゲラゲラゲラ」

「マリウス……元に戻っちゃったねえ」


 対面に座るマリウスは一晩のうちに狂気を取り戻していた。

 僕は寂しいような嬉しいような、複雑な気分だった。正気モードのマリウスも悪くなかったから。


「オッ、じゃっくガ来タゼ」


 ドミニクが胡座をかいたまま、通りを指差す。

 朝日の方角から走ってくる猫耳つきの人影。

 〈黒猫団団員マント〉を着用したジャックだ。

 わざわざテラス席なんかでお茶していたのは、ジャックに見つけてもらうためだった。


「ゴ無事デスカ、皆サンッ!」

「ジャックー!じぶんだけズルいぞー!」


 肩の上のルーシーが口を尖らせる。

 彼女がズルいと言っているのは、ジャックだけが逮捕を免れたことだ。

 あのまま銀の立像(骨)のフリをして、警備兵の目を逃れたのだ。

 警備兵達は銀の立像に首を傾げながらも、ジャックを逮捕することはなかった。


「私マデ捕マッタラ、誰ガ皆サンヲ脱獄サセルンデスカ!」

「ジャック、僕達を脱獄させる気だったのか?」

「モチロンデスヨ!……ダイタイ、るーしーハ捕マル必要ナイデショウ!?スリ抜ケすきるアルノデスカラ!」

「つかまったもん!ね~、ノエルぅ~?」

「うん、まあ」


 僕が頬を掻きながら肯定すると、


「ふふーん」


 と、ルーシーは誇らしげに胸を張った。

 胸を張りすぎてテラスの屋根を向いている。

 ここまで胸を張ると、胸を反るというべきか。


「……警備ノ人、ドウヤッテるーしーヲ捕マエタノデス?」


 ジャックが訝しげに僕を見る。


「うーん……捕まえたっていうか、自主的に捕まった?鉄格子持って『むじつだー!』とか叫んでたよ。飽きたら夜の街に出かけてたみたいだけど」

「ソレッテ捕マッテルンデスカネ……トニカク、スグニ解放サレテ良カッタ」


 突然、テーブルに突っ伏していたカシムがむくりと起き上がった。


「砂海を渡ってきたことを証明できましたからね。ふあぁ……それからが長かったですが」

「お疲れ様、カシム」


 冒険者カードで身の証しを立てることはできたのだが、砂海を渡ってきたと証明するのが難しかった。

 警備兵は僕達が初めからイシュキーヴにいて、嘘をついているのではと疑ったのだ。

 決定的な証拠となったのは、最後にソアの街に寄ったときにカシムが購入していた高級な香水瓶。香水瓶にはシリアルナンバーと製造年月日が記されていて、それがキャラバンロードが閉ざされた後の日付だったのだ。カシムはこうなることを見越して買っておいたらしい。

 本当に砂海を渡ってきたとわかると、対応は手のひらを返したように変わった。

 カシムの言っていた通り、キャラバンロードが閉ざされたことはイシュキーヴにとっても大問題だったのだ。定期船を再開すべきだ、いや危険すぎるので止めるべきだ、と意見が真っ二つに割れていたらしい。

 そこに、実際に砂海を船で渡ってきた僕達が現れた。

 深夜にもかかわらず急遽イシュキーヴの首脳陣が集められ、会議が開かれた。

 カシムがこんなに疲れているのは、その会議の場に同席させられ、事細かに説明してきたからだ。

 会議の結果、早くも定期船再開が決まったとのこと。まずはイシュキーヴだけでなく近隣の町中から僧侶をかき集め、大量の僧侶を乗せた船団がゴーストシップ対策を行うとのこと。今度は合唱魔法のターンアンデッド版、というわけだ。

 それにしてもイシュキーヴの人は判断が早い。

 さすがは商人の街だ。

 こうなると砂海の航路が確立するのも時間の問題だろう。ソアで船を買い占めた商人のことを思い出し、ちょっとだけ不憫に感じた。

 ちなみに僕達が解放されたのは、ゴーストシップの存在など貴重な情報をもたらした功績によって罪が相殺されたからだ。その上、高額な情報料まで貰った。

 カシムによると、そもそも防砂壁の損傷が軽微だったこともあるらしい。


 ジャックが合流し、旅の仲間が全員揃った。

 カシムは姿勢を正し、僕達を見回す。


「さて、私は行きます。……ノエル。ジャック君。ジェロームさん。マリウスさん。ドミニクさん。ルーシーちゃん」


 一人ずつ名を呼び、その顔を見つめる。


「私一人では、きっとこの街に辿り着けなかった。心から感謝します」


 そして深々と頭を下げた。


「そんな、改まらなくても。割りのいい依頼だったよ?」


 僕はイシュキーヴ側から貰った情報料に加え、カシムからの報酬も入ったカバンを、ポンと叩いてみせた。


「でも……カシムのほうはお金、大丈夫?」


 カシムは指図船を修理に出すことを決めた。

 定期船が再開したら指図船で同行し、村に返すのだそうだ。船の修理代が決して安くはないことは、僕にだってわかる。


「正直、懐は心許ないです。が、この状況こそ私の求めたもの。己を試すにこれ以上ない状況です」

「……そっか。幸運を祈るよ」

「ええ!祈ってください、司祭さま!」

「前にも言ったけど、僕は破門されているから……っと、破門は解かれたんだった」

「おお、そうでしたか!……では、今回こそ霊験あらたかですね!」

「どうだろう」


 僕は苦笑しつつ、カシムの顔を見た。

 彼の笑顔が朝日に照らされ眩しく映る。


「そうに決まっています。……それでは皆さん、またどこかで!」


 すっくと席を立ち、通りに向かって歩いて行くカシム。

 人の波に消えていくその背中は、身一つで商人の群れに挑む勇敢な冒険者のものだった。


これにて『砂海航路』終幕です。

新章は来週末に投稿予定です。

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