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「それで?『テレポート』ってのはどこでも思った場所へ行けるのか?」
カインさんが身を乗り出して、興味深げに聞いてくる。
「いえ。一度行った場所、それも印象に残っている場所だけです」
「はあっ?おいおい、それじゃあ意味がないだろ。結局歩いて西方に行くのか」
ヴァーツラフさんが落胆する。
「無意味というわけでもないでしょう。帰りは転移できるのでしょうから」
カミュさんが取りなしてくれるが。
「僕は西方へ行ったことがあります。記憶に残っている場所も幾つか。でも〈始まりの泉〉までは行ってませんね」
僕がそう言うと、【天駆ける剣】の全員が絶句した。
「……本当か?いつ行った!?」
ポーリさんが顔を寄せて尋ねた。
「今年の夏頃?ですかね」
「マジか……」
「命知らずですね……」
「よく生きて帰ったな!?」
ポーリさん、カミュさん、ヴァーツラフさんが予想以上の反応を見せる。が、カインさんだけは、おもちゃを前にした子供のように目を輝かせた。
「それで!?どうだった!?見たことないモンスターはいたか?【腐り王】の影響は?」
「ええと、特に変わったモンスターはいませんでした。【腐り王】の気配もなかったと思います」
「そうか!どうして西方へ行ったんだ!?依頼か?どんな依頼だったんだ!?」
なおもグイグイ迫ってくるカインさんを、ポーリさんが押し止めた。
「待て待て、脱線してるぞカイン!悪い癖だ!」
「まだ聞きたいことあるのに……」
カインさんが口を尖らせる。
「申し訳ない、カインは未知の事柄を前にするとこうなってしまうのです」
「いえ、大丈夫です」
カミュさんの謝罪に、僕は手を横に振って応えた。
「それで……『テレポート』で転移できる場所はどのあたりだ?」
ポーリさんが地図を広げ、尋ねる。
僕も以前に使った、古い西方の地図だ。
「ここですね、ヒドファン村。ここより奥には入ってません」
「ふむ、〈始まりの泉〉まではまだあるな。カミュ、どのくらいかかると思う?」
ポーリさんに問われ、カミュさんが眼鏡を指で押し上げる。
「そうですね……司祭殿、変わったモンスターはいなかったとのことですが、具体的にどのようなモンスターが?」
「えー、ブラックホーネット、墓鴉、ロングレッグスパイダー……僕のレベルでもどうにか対処できるモンスターばかりです。あ、ワーラットだけは注意が必要です」
「死神病ですか。一応、私が『キュアウィルス』を使えますが、注意した方が良いでしょうね……司祭殿は?」
「使えます、『キュアウィルス』」
「それは助かります。では戦闘で苦労しない前提で、徒歩で……十日といったところでしょう」
「結構かかるな……ポーターの本領発揮だな、骨の旦那!」
「オ任セ下サイ!」
そう言って、ジャックが胸骨を叩く。
「カイン、出発はいつにする?」
ポーリさんが尋ねると、
「今日だ」
と、カインさんは即答した。
「そう言うわな。じゃあカミュ、往復二十日分の食料を頼む」
「ええ、わかりました。ヴァーツラフ、付き合って下さい」
「またか?面倒くせえな」
「貴方の食料が大半なのですから。減らしていいのなら、構いませんが」
「ちっ」
「あ、十日分でいいと思いますよ?」
僕が提案すると、ポーリさんがすぐに理解した。
「そうか、『テレポート』な……ほんと便利だな。司祭君、たまに俺らを運んでくれないか?依頼料払うからさ。なんならギルド通してもいい」
「考えておきます」
僕は苦笑しながら答える。
「是非、検討してみてくれ。では各自準備してギルド集合な」
「終わったか?じゃあノエル、西方話の続きを!」
カインさんの目が再び輝いた。
「いい加減にしろ!司祭君も準備あるだろ?つーか、お前も準備しろ!」
ポーリさんにたしなめられ、カインさんがとても残念そうに項垂れた。
〈最後の50シェル〉を出るとき、トリーネがやたらキラキラした目で僕を見つめていた。僕が【天駆ける剣】に加入したとでも思っているのだろうか。
各々が準備を整え、その日の内にヒドファン村へ『テレポート』した。
初めての『テレポート』にカインさんは興奮しきりで、転移後は近くの丘に駆け上がり周囲を興味深げに眺めていた。
僕は移動を始める前に、少しだけ時間をもらった。
ララさん達のお墓にお参りするためだ。
モンスターに荒らされたりしていないか心配だったが、変わらない姿でそこにあり、安心した。
祈りを捧げていると、カミュさんも隣で祈ってくれた。
ここからは徒歩移動だ。
真っ直ぐに〈始まりの泉〉を目指す。
カインさんの提案で、遠くまで見通せるルートを選んで歩く。
「泉より出でた厄災が、レイロアを滅ぼす」のなら、厄災は〈始まりの泉〉からレイロアに移動中なんじゃないか?というカインさんの勘だ。
確かに、行き違いにでもなったら目も当てられない。
「ヒッ、フゥ。ヒッ、フウゥ」
ヒドファン村を出て、西へと歩を進める。
おかしな声を出して歩いているのはジャックだ。
彼の背負う荷物の量は凄まじい。
後ろから見ると、まるで荷物から足が生えて歩いているようだ。カミュさんによると、この大半がヴァーツラフさんの食料らしい。ポーターの意地なのか、ジャックは愚痴も溢さず歩き続ける。
そうしてひたすら西へ向かって歩き、日が暮れたところでキャンプすることになった。
場所は水場が近く、見通しの良い平地。
ポーリさんとカミュさんが食事の準備をする。
僕とジャックが薪を拾い、火を起こす。
少し経って、カインさんとヴァーツラフさんが大きなワイルドボアを捕まえてきた。
ポーリさんが手早く解体し、夕食に加えた。
火を囲み、話が弾む。
話題は主に西方のこと。
「司祭殿の言っていた通り、【腐り王】の影響は感じられませんね」
カミュさんの言葉に、カインさんが頷く。
「案外普通で拍子抜けだな……だが、油断はできん。目的地からして〈始まりの泉〉なのだからな。厄災は第二の【腐り王】か、はたまたその眷族の生き残りか」
「ぐむっ、そう決めつ、ゴクン、けるのはよくねえぞ」
「ヴァーツラフ、食うか喋るかどっちかにしろ」
ポーリさんが肉を焼きながら、呆れたように言う。
「んぐ、はむっ……ああ。はぐっ……おかわり」
「ったく……もう少し遠慮がちに食えよ。食料にも限りがあるんだぞ?」
ぼやきつつ、ポーリさんが肉串をヴァーツラフさんに渡す。
「わかってる。だから遠慮してるぞ」
「……そうかい、そりゃ悪かった」
そう言ってポーリさんが視線を向ける先は、ヴァーツラフさんの足下に散らばった数十本の串。
「そういやノエル、あの墓は知り合いのものか?」
カインさんに問われ、首を捻る。
「知り合い……なのかなあ、ジャック?」
「少ナクトモ、会ッタコトハアリマセンネエ」
「なんだ、てっきり西方の旅で死んだ仲間かと思ったぜ」
ヴァーツラフさんが串を楊枝代わりにしながら言う。
「いえ、そういうわけでは」
「聞かせてくれよ、どんな旅だった?」
焚き火の明りがカインさんの目の中で揺らめく。
「そうですね、何から話しましょうか……パーティメンバーは僕達に加えて、戦士と僧侶の兄妹、吟遊詩人でした」
「吟遊詩人!珍しいな」
ポーリさんが驚きの声を上げると、僕の胸の十字架がブルリと震えた。白く光る煙が立ち昇る。
「しじんさんはね、お歌がとってもじょうずなの!」
ルーシーは現れるなり、拳を握って熱弁した。
「るーしー、マズハゴ挨拶ヲ」
「ん!ルーシーだよ!」
元気よく手を上げて挨拶するルーシーに、【天駆ける剣】の面々の頬が緩む。
「君がルーシーか。よろしくな」
「ルーシーさん、よろしくお願いしますね」
「久しぶりだな、嬢ちゃん」
「おうっ!よろしく頼むぜ」
四人に挨拶を返され、満足げに笑うルーシー。
「ルーシーさんは吟遊詩人がお気に入りなのですね」
「ん!」
カミュさんが尋ねると、ルーシーは大きく頷いた。
そして、両手を組んで歌い始めた。
「らーらーらー、るーらーるー」
メロディに聞き覚えがある。
レオナールが演奏していた曲の一つだ。
少し拙いが、一生懸命歌うその声に皆が耳を傾ける。
歌はしばらく続き、ルーシーが「おわり!」と宣言すると、焚き火前のステージは拍手で満たされた。
「なるほどなあ。吟遊詩人がいると旅が楽しそうだ、うん」
ヴァーツラフさんがしきりに頷く。
「実際、楽しかったです。毎晩歌ってくれましたし」
カインさんが僕の顔を覗きこむ。
「それで?何故、西方へ来たんだ?やはり依頼か?」
「そうです。その依頼が奇妙でして……」
カインさんの好奇心は尽きることがない。
僕はジャックと交互に、あの旅のことを話した。
辺境の静かな夜に、僕達の声は夜遅くまで響き続けた。





