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「詩人はいい、旅が盛り上がる。なあカイン、うちにも詩人入れようぜ」
ヴァーツラフさんが、もう何度目かわからない台詞を口にした。そしてカインさんも何度目かわからない答えを返す。
「その吟遊詩人とやらが剣を使えたら、な」
ヒドファン村を出て四日。
天候にも恵まれ、西方の旅はいたって順調だ。
たまに出てくるモンスターがいても、【天駆ける剣】があっという間に始末してしまう。
不安があるとすればヴァーツラフ問題、つまりは食料の問題くらいだ。だがそれも狩りの獲物で補えている。
僕は戦闘もなく暇なので、後学のために【天駆ける剣】の動きをじっくりと観察していた。その結果、前衛ばかりの【天駆ける剣】にも役割があるのがわかってきた。ついでにそれぞれの剣をこっそりと鑑定したのは内緒だ。
ヴァーツラフさんは、その体格を生かした盾役。
扱う剣は〈ブッチャー+2〉。
片刃で先が尖っていない、肉切り包丁を思わせる形状の両手剣だ。最前線で敵の目を引きつけ、近寄るものはその異形の剣で吹き飛ばす。
戦闘外では狩りや力仕事の担当だ。
カミュさんは唯一の回復役。
扱う剣は〈エスパダ・ロペラ〉。
美しい細工の施されたレイピアだ。
敵の攻撃を柔らかく受け流し、隙あらば急所をひと突き。その剣技の巧みさは見事という他ない。
戦闘外ではパーティの知恵袋的存在で、計算なんかはお手のものだ。
ポーリさんは遊撃。
扱う剣は〈ファルシオン+1〉。
その片刃の剣と雷魔法で、状況に合わせて立ち回る。
派手さはないが、非常に気の利いた動きでパーティを支える。盗賊や狩人がいない【天駆ける剣】において、斥候役までこなしている。
パーティを支えるのは戦闘外でも同様で、細かいところまで目を配り、必要ならば指示も出す。
例えるなら【天駆ける剣】のお母さんといったところか。
そしてリーダーのカインさん。
扱う剣は〈精霊銀の剣〉。
精霊銀とは魔法と親和性の高い希少金属で、極めて高価なシロモノだ。
精霊銀製の刃の色彩はとても不思議で、水に浮かぶ油膜のように幾つもの色が現れては消えていく。
〈精霊銀の剣〉に炎を宿した魔法剣は、強力の一言。
彼がよく使う『フレイムタン』という魔法剣は、相手がいくら固かろうとお構いなしに焼き削る防御不可の攻撃だ。
だが、戦闘外では……
「その剣縛り、いい加減に止めようや……」
「ダメだ」
「なんでだよ?」
「俺達のパーティ名は?」
「……【天駆ける剣】」
「だからダメだ」
「いいじゃねえか……俺達は天を駆けたりできねえし」
「【天駆ける】は表現だ。だが【剣】は違う」
「それ言ってるのお前だけ……はぁ、もういい」
カインさんとヴァーツラフさんの掛け合いを眺めつつ、僕はポーリさんに囁いた。
「カインさんって、なんだかリーダーっぽくないですよね」
するとポーリさんはしみじみと頷いた。
「まったくだ。自分の興味が最優先だし、妙なこだわりを押し通すし、地味な仕事は俺やカミュに丸投げだし、未知のモンスターとすぐ戦おうとするし……でも」
スラスラ出てくる愚痴が、ふと止まる。
「……冒険してるとさ、ギリギリの判断を迫られることがあるだろ?そういうとき、あいつは勘で決めるんだよ。それも一瞬で、な。そしてその判断がいちいち正しい。例え無理っぽいことでも、あいつが「上手くいく」ということは上手くいっちまうんだ。ムカつくが、【天駆ける剣】がAランクにいるのはそのお陰だ」
「そうなんですか」
「本人曰く、誰よりも冒険を愛しているから勘が外れないんだそうだ」
「説得力があるような、ないような……」
誰よりも冒険を愛している、か。
案外、冒険者に一番必要な才能ってそれなのかもしれないな。
「俺なんか、死ぬか生きるかの判断なんて何日かかってもできる気がしねえ」
「あー。僕もそのタイプかも」
「ふっ。司祭君はお仲間か」
「ええ」
先を歩くカインさんを見て、ポーリさんと笑い合った。
夜が訪れ、四回目のキャンプ。
「るらーらー、るーらーるー」
いつものようにルーシーが現れ、恒例となった歌を披露する。
ヴァーツラフさんが、ポーリさんから非難を浴びながらも、大量の食料をその腹に納める。
これまたいつものことだ。
その後は各々自由に過ごす。
体を横にしたり、装備の手入れや明日の話。
そんな中、カミュさんが剣を磨いていた手をふと止めた。
「……揺れてませんか?」
全員の動きがピタリと止まる。
「そうか?気のせいじゃ――」
「いや」
ヴァーツラフさんの言葉をカインさんが遮る。
「確かに揺れてる。どうだ、ポーリ」
「ちょっと待て……地震じゃない、規則的な揺れだ……あちらから伝わってきているな」
ポーリさんが暗闇を指差す。
「動くぞ」
カインさんの短い指示に、皆が立ち上がった。
ポーリさんを先頭に、揺れの方角へと駆け足で移動する。
今夜は雲が多く、闇が濃い。
視界の悪さが不安を掻き立てる。
徐々に足下の揺れが大きくなり、揺れの原因へと近づいていると確信する。
「んー?うわあ!おーっきい!」
僕の頭上をふよふよ飛んでいたルーシーが、真っ直ぐに指差す。
続いてルーシーと同じく夜目の利くジャックが何かに気づいたようだ。
「ウッ、ナッ……」
彼は言葉に鳴らない声を出し、顎骨をカタカタ鳴らした。
アンデッド二人を除いた僕達は、闇に目を凝らす。
ズシン、ズシンと大地を揺るがす音が響く。
だが、まだ見えない。
ポーリさんがもう少し近づこうと、一歩踏み出す。
が、その肩をカインさんがグッと掴んだ。
「待て、雲が晴れる」
カインさんの言葉通り、姿を隠していた月がゆっくりと顔を出した。
月明かりは斜めに建つ光の柱のように降り注ぎ、揺れの原因を照らし出した。
小山と見間違うばかりの巨大さ。
圧倒的な存在感。
「どっ、どどドラゴン!?」
ヴァーツラフさんが頓狂な声を上げた。
その地を這うように歩く姿は、まさしくドラゴン。
ゴツゴツとした背中をしていて、まるで堅牢な城塞のようなシルエットだ。
その巨躯を揺らしてのっそり、のっそりと歩いていて、その一歩一歩に大地が悲鳴を上げる。
ドラゴンとはまだずいぶん距離があるはずだ。
にも関わらず、その存在感たるや。
「デカい、な」
「ああ、デカい」
カインさんとポーリさんがわかりきったことを報告し合う。
そのとき、一陣の風が吹いた。
夜風はドラゴンの向こうから、僕達を通り過ぎていく。
酷い異臭を乗せて。
「うっ……なんて臭い」
カミュさんが顔をしかめた。
「ゲホッ、まるで夏場の死体みてえだぜ」
ヴァーツラフさんが手のひらで口と鼻を塞ぐ。
顎に手を当てドラゴンを観察していたカインさんが、急に僕を見つめた。
「ノエル。鑑定結果は?」
「っ、すいません。すぐにやります」
暗闇に浮かぶ巨大な影に目を凝らす。
「種族ドラゴンゾンビ!【黄泉帰りのウルスラ】です!」
「あのデカい図体が全部腐ってやがるのか。どおりで臭いはずだ……どうする、カイン?」
ポーリさんが問うと、
「ふむ」
と、カインさんは再び顎に手を当てた。
「名前付きか。ノエルは【まことの竜】だと判断するか?」
「そうですね……」
カインさんのいう【まことの竜】とは、いわゆる属性持ちのドラゴンのことだ。人がどう足掻いても及ばない叡智と力を持つ、神の如き竜。
モンスターの強さを表すグレードからも除外された存在で、具体例を上げるなら【霧煙る女王アナベル】さん。
一方、それ以外のドラゴンはまとめて【亜竜】と称される。【亜竜】とは、ドラゴンと他種族が交配してできたとされる種族だ。
具体例を上げると、飛行能力に特化したワイバーン。
レイロアのダンジョン十一階に出るティレックス。
ヴァーノニアでの旅で出会ったエスカルゴンもまた、【亜竜】だ。
【亜竜】の特徴は様々なのだが、【まことの竜】との違いは一点に集約される。
それは強さ。
グレードなしの【まことの竜】に対して、【亜竜】には普通にグレードがある。つまり【亜竜】は倒せる相手なのだ。
このドラゴンゾンビが【亜竜】のゾンビなのか【まことの竜】のゾンビなのかで状況は大きく変わってくる。
「あのデカさだ、【まことの竜】に決まってるだろう?」
ヴァーツラフさんが呆れたように言うが、カミュさんが首を横に振った。
「わかりませんよ?人種との間に生まれたとされるドラゴノイドなんて種族も存在します。【亜竜】の多様性を鑑みれば、そう簡単に判断できません」
僕は巨大な影を見つめながら、自分の考えを口にした。
「断言はできません。が、【まことの竜】だと思います。理由はうまく説明できませんが……前に【まことの竜】と会ったことがあるのですが、彼女に比肩する何かを感じます」
すると、カインさんは「ほう!」と感嘆の声を漏らした。ヴァーツラフさんとカミュさんも目を丸くして僕を見つめた。ポーリさんだけは「そういえば……」と記憶を辿っていた。
「実はな、俺もある」
そう言ったカインさんの目は、何か愛しい人を思い出しているようだった。
「そしてノエルに同感だ。【まことの竜】が持つ、あの底知れぬ何か……あのドラゴンゾンビにも似たようなものを感じる」
「そうか……」
「ううむ」
「……」
ポーリさんは眉間の皺を深くし、ヴァーツラフさんは呻き、カミュさんは押し黙る。
「もしそうなら、あれが厄災の正体か」
眉間をぐりぐりやりながらポーリさんが言う。
「確かに東……レイロアへ向かっているようですね。動きは鈍そうですし、もう少し観察を続けますか?あるいは司祭殿の『テレポート』で今すぐ帰り、ギルドに報告するというのも――」
選択肢を提示するカミュさんを、カインさんが手で制した。
「報告する情報は詳しい方がいい。だが、この闇夜に観察なんざしても得られる情報はたかが知れてる。とりあえず、戦……」
「ッ!待て!」
「言うな!言わないでくれ!」
「もう少し考えましょう、カイン?」
カインさんが何かを言おうとしたのを、【天駆ける剣】の面々が慌てて止める。
だが三人の制止などお構いなしに、カインさんは続きを話した。
「とりあえず戦ってみよう。ひと当てせねば敵のことなんざわからんさ」
落胆する三人を見て、カインさんはニヤリと笑った。





