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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第一章 幼少期 リヒテン編 『信じるものは救われない』
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第四十四話 魔法使いの死角

 術者の心を映し出した黒き風は、禍々しい姿を隠しもせずに顕現する。

憎しみの権化。呪いの象徴。

千の言葉より雄弁に物語るその魔法は、ゆっくりと着実に能面の男を取り囲んでゆく。

魔弾の処理に追われていたルクレスはどうすることも出来ず、危険を感じつつも目の前の魔術に対応するしかない。

そうして彼が障壁を消耗しながらどうにか生き残った時、四方を黒で埋め尽くされて視界はほぼ効かなくなっていた。


 (この魔法、一体どんな……)


 周囲を取り囲まれたがそれ以外何も動きはない。視界を阻害させるだけ、というわけではないだろう。

試しに召喚した魔物を突っ込ませてみると、アレに触れた瞬間に全身がどろどろと皮膚から溶け出して、骨さえ残さず消滅してしまった。

腐り落ちたという表現が相応しく、だがあまりに勢いが早過ぎる。

強力な腐食の檻の中に閉じ込められてしまったというわけだ。


 「短時間でこれほど強力なものを創りあげるなど、やはり魔法はすごいですねぇ……ミコトさん?」


 そんな檻の中に何故か術者本人である少年もいたのだった。

一筋の光さえ通さぬその場所で、仄かに光る翼を携えてルクレスを見下ろしていた。


 「ワタクシを逃がさない為ですか?なるほど、これならばワタクシとて無事に抜け出すことは難――」

 『貫け(ピアース )


 一言。

そう少年が口に出しただけで取り囲んでいた壁から一片の黒い羽が生成されると、凄まじい速度でルクレスの真正面から襲い掛かる。

これにはいくらか男も対処のしようがあった。

ルクレスの言葉を遮る形で攻撃されたわけではあるが、別に彼もお喋りにかまけるつもりもなかった。

 それに先ほどの風の魔術よりも速さでいえば遅く、障壁の準備も間に合う。

風の魔術のせいでいくらか損耗はしているが、第六層までは修復することができた。

彼も二の舞を踏むわけにはいかず、障壁を展開しつつも反撃の機会を窺うつもりだった。


 「これはまさか!?」


 だが黒い羽が障壁に突き刺さった瞬間、壁に突っ込んだ悪魔と同じようにどろりと溶け出し始めたのだった。

羽の先が触れた箇所を中心に蝕むように広がっていく。

腐食する範囲はそう広いものではないようだ。羽の大きさに比例するといったところだろうか。

腐食の効果がまさか魔術にまで及ぶとはルクレスは考えてもいなかった。

しかもこんなにいとも簡単に破られるとは。

確かに強度は後の層の方が高くしている。しかしこんな現実を見てしまうと試す気にはなれない。


 (相手の行動範囲を狭めつつも攻撃に転じることが出来る。魔法とは、かくもデタラメ……)


 改めて魔法の非常識さを思い知らされることになったルクレスだったが、真の絶望は見上げた空に待ち構えている。

ぼんやりと少年の燐光で照らされた辺り一面に、埋め尽くさんばかりの黒羽が展開されていたのだった。

いつのまに。

そんな挙動も詠唱もなかった。

いや、そもそもがそんなもの必要ないのかもしれない。

少年は表情も変わりなく、命令を下すようにその手を振り上げた。

 ルクレスはあれを落とされる前にありったけの魔物を召喚する為、媒体となる魔石を空中にばら撒く。

自分の多層魔術障壁だけでは到底守りきれるわけがなく、肉の壁となるべく魔物を召喚するのだ。

間に合う、間に合わないなどと考えている暇もない。

間に合わなければ死ぬだけなのだ。


 『墜ちろ(フォール )


 簡易な命令と振り下ろしたその手に伴って、黒羽達は忠実に命令をこなすべく我先にと流れ落ちる。

その身に込められた呪いは万物を腐らせる猛毒。

触れた箇所から壊死が始まり、かすっただけでも致命傷になりうる。

黒い雨と見間違わんばかりの物量は絶対必中を約束する。

 すんでの所で召喚することに間に合ったルクレスの目の前に、盾となる魔物が次々に現れた。

中には飛行することも出来ない魔物もいたようだが、飛べる魔物がその体を持ち更に盾として使うようだ。

先陣の黒羽がルクレスに到達しようという時には数十体以上の魔物が行く手を阻んでいた。

ドス、という突き刺さる鈍い音を皮切りに黒き流星雨が降り注ぐ。

ドスドスドス、と音の隙間を埋めるように後から後から黒羽は続いていく。

誰に当たることなく彼方へ飛んでいった黒羽は周囲を取り囲んでいた壁まで到達すると、即座に吸収されてまた壁の一部となる。

外したところで弾がなくなることはないのだ。

 最前線に立たされた魔物はあらゆる場所に羽が突き刺さり、そして腐食に犯されていった。

壊死した体が激しい苦痛を引き起こすのか、聞くに堪えない叫びを上げ、だがその開けた口の中にさえ羽が突き刺さる。

羽が腐食させる範囲は広くないものの、数が数なだけに瞬く間に全身が腐り果てた。

絶命し墜落する魔物は周囲に展開されていた壁に触れるや否や、跡形も無く消滅する。

この光さえ届かない箱庭の中にあるのは絶え間ない叫びの前奏曲(プレリュード)だけ。

少年の前に立つ者に救いなど無い。


 阿鼻叫喚の地獄絵図を前にして、ルクレスには流れ弾がたまにくる程度で無事だった。

魔術障壁を展開しつつ、魔物を召喚し続ける。

反撃する余裕などない。だがルクレスは一つの勝算を見出していた。

一見、風の魔術を防いでいた時の状況と同じのように思えるが、少年は魔法使いにおける決定的な弱点に気付いていない。

 それは大きな魔法の力は代償として莫大なMPが必要になるということ。

総じてこれは魔法使い全般に言えることだ。

魔法に憧れるという者は多いが、実の所それほど万能な力というわけでもない。

圧倒的な力がまず最初に飛び込んでくるから錯覚しがちだが、安定性・継続能力では魔術の方に軍配が上がるのだ。

 確かにこの少年は魔法に見合う異常なMPの量をしているが所詮は有限。

現に見る見る間に少年のMPは減り続けていた。

表面上では平静を装ってはいるが、そんな所に気がつかないほどに激昂しているのだろう。

だからこれは我慢比べだった。

ルクレスの手持ちの魔石が尽きて魔物を召喚できなくなるか、少年のMPが尽きるのが先か……。






 果たして、その勝負はルクレスに軍配が上がった。

魔石の残りも後少し、壁となる魔物も数を大分減らした頃、ようやく攻撃の手が止んだのだ。

油断することなく前方に魔物を再配置し、上空を見上げる。

少年は羽を生成することなく、その場で浮かんでいるだけだった。

それは当然かもしれない。少年のMPはあれだけあったはずなのに残り僅かになっていたのだから。

周りを取り囲んでいた檻さえも維持することが難しいのか、次第に晴れていく。

 やはり、とルクレスは思った。

あれだけ強力な魔法を使っておいてMPが持つはずが無い。

残量からして後は先ほどの風の魔術を数発撃てる程度だろう。

脅威には違いなく、また接近を許せばスキルを使われるかもしれない。

だが魔法というイレギュラーな要素がなくなったのはかなり大きい。

これならば……。


 「今、お前は安心したな」

 「……何ですって?」

 「聞こえなかったか。今、お前は安心したなと言ったんだ」


 薄暗い空を後ろにして変わらない無感情でそう少年は告げた。

まるで心の底を覗き見るような静かな瞳でルクレスを見つめながら。

ざわり、とルクレスの心が波立つ。

安心などという感情を抱くはずが無い。安心するということは少年に恐れを抱いていたということなのだから。

強敵としては認めよう。格上であることも認めよう。

しかしそれだけはルクレスのプライドが認めない。

 人の身を捨てて久しく感じなかった怒りが彼の心に湧き起こる。

……いや、ここは冷静になるべきだ。

少年に押しに押されて劣勢に追い込まれていたが、次はこちらの番なのだから。


 「認めたくないか、己の恐怖を」

 「黙りなさい……。憎しみに振り回され、自分の管理も出来ていない未熟者め」

 「管理……?あぁ、そういえば俺のこと視ているんだよな」


 何事でもないような少年の態度にルクレスの中で一抹の不安が首をもたげた。

これ以上、何があるというのか。


 「どこまで視えている?スキルもわかるか?なら出し惜しみする必要はないな」

 「……」

 「身構えるなよ、攻撃するわけじゃない。この楽しい遊びを長く長く続けるための準備だ……"エレメンタルアブソーブ"」


 その言葉を少年が口にした時、背中に生えていた四枚羽が著しく光を放ち始めた。

発光しながら羽ばたきを見せると、ルクレスが視ていた少年のステータスが途端に変化し始める。


 「馬鹿な……。MPが回復している!?」


 三桁以下まで落ちていた少年のMPが、見る見る内に数値が上がっていく。それも異様な速さで。

これには危機感を覚えたルクレスは咄嗟に妨害だけでもと思い下級魔術を唱えた。

だが見えない壁でもあるかのように魔術は辿り着くことなく逸れていってしまう。

舌打ちをしながら中級魔術を唱えるが、逸れることはしなかったがやはり少年まで届かずに掻き消えてしまう。

召喚した魔物を突撃させても行く手を遮られ、途中で止まってしまった。

 ルクレスは知る由も無かったが、それは少年のスキルである風の加護のおかげだった。

MPを回復させるエレメンタルアブソーブ、強力な風の防御壁を創る風の加護の同時使用。

あっという間に少年は無傷のうちにMPの全てを回復してしまった。


 「さぁ、まだまだ続けよう。お前には一欠けらの恐怖だけでは足りない。もっと、もっと。溺れるほどに味わえ」

 「一体どちらが化け物なんですかねぇ……。スキルで回復するなんて聞いたこともないですよ」


 驚きを通り越して呆れるレベルである。

この少年に今までの常識は通用しない。魔法使いという超常の中でも極めて異例の存在。


 「お前も俺も化け物だ。だから醜く殺し合う」

 「それにしても一方的だとは思いませんか?これではただの殺戮ですよ。手加減でもしていただけたらありがたいですねぇ……ヒヒッ」

 「さっきのはもう使わない。思ったよりつまらなかった。だから……」

 『切り裂く刃に形無く、俺の理想へと形を変える。穿つ弓矢に姿無く、俺の願望への道を示す "無形の風"』


 次なる魔法は歌に導かれて少年の眼前に顕現した。

緑色の光を帯びたぐにゃぐにゃと歪んでいたものを掴み取ると、即座に形を成して少年の手元に納まる。

少年の背丈を越えるその長剣は刃先さえない。

だがそれは魔力が濃縮された剣であり、あまりに込められた魔力が高いのか漏れ出た魔力が普通の人にも光として可視できるほどだった。

 その剣をだらりと右手に持ち、これで満足かと言わんばかりに少年はルクレスを見やった。

舐められていることは確かだが、ルクレスに不平を言うつもりはもはやない。

今はただ生き残るための戦いをしなければいけない。

剣を携えて急降下してくる少年を見上げながら召喚していた魔物を向かわせ、自分は迎撃の為の魔術を唱え始めたのだった。

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