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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第一章 幼少期 リヒテン編 『信じるものは救われない』
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第四十二話 精霊契約

 そこには涙で瞳を濡らしていた者がいた。

大切な人が悲壮な決意を抱えてその身を捧げて、どうすることもなく見送るしかなかった少女。

何十年、彼女と過ごしたことだろう。

思い返せば辛いことだってあったはず。

だけれどその時になっても、少女には楽しい思い出しか頭の中に浮かんでこなかった。

だからこそ辛い。

小さな小さな自分の体に秘められた力では助けることさえ出来ず、はらはらと涙を零すことしかできなかった。

やがて光の中に消えていった大切な親友を見ていることしか出来なかった。

だから、


 「その力を……!シルフィード!!」


 彼女の息子であるミコトが少女の目をまっすぐと射抜き手を伸ばした時、拒むなどという選択肢はなかった。

例え彼女が望まない結果になるとわかっていても、もう見ているだけは嫌だった。

そうして身長二十センチの少女はその声に応え、伸ばされた手に自分の小さな手を合わせた。

仄かな緑色の燐光がミコトの全身を漂い始める。二人を中心に魔力が波のように広がっていく。

契約の儀は静かに、だが確かにここから始まっていった。


 「これはこれは……」


 能面の男はその現場を見て、明らかに何かが行われていることは察していた。

空気に感じられる魔力が異常な高ぶりを見せている。

安全を考えればすぐにでも邪魔をした方がいいだろう。

 しかしこれは千載一遇のチャンスでもある。未だ届かない領域に至る為のヒントを見れるかもしれないのだ。

だから水を差すことなく、ただ一部始終も見逃さないように目を細めることにしたのだった。

それが吉と出るか凶と出るかは、すぐにでもわかることだろう。




 『風の大精霊たるシルフィードよ』


 言の葉の始めは呼びかけるものとして、ただ厳かに告げられる。

人の声帯ではけして真似の出来ない言葉を綴りながら。

燐光が輝きを増し、合わせていた手に魔力の循環が始まった。

少女はそのあまりの魔力の熱さに小さく身じろぎし、少年は微動だにせず歌は奏でられてゆく。


 『その身に宿るあまねく力を顕現し』


 魔術とはルールに則った魔法のことである。魔法とはそのルールの埒外を容易く行き来する力のことである。

故に少年は身の内から沸き起こる力ある魔法を、己の物とすることが出来る。ルールをぶち壊し、己の言葉へと書き換える。

魔法を従える主として唯一無二の魔法を創り出し、僕たる魔法は従順に頭を垂れる。


 『我が行く末に立ちはだかる愚者たちを、悉くひれ伏す力を……』


 それはミライが紡いだ安らかな祈りの歌と似ても似つかない、その身さえ滅ぼしかねない怨嗟の歌。

故に最後を飾る言葉は一方的なものとなる。

友愛、協力などといった感情は消え去り、憎しみだけが少年の原動力だった。

少女にとってそれはあまりに悲しい契約で、だがそれでも彼女は受け入れた。


 『俺によこせ!!』


 終わりを告げるのは傲岸不遜なそんな言葉。ここに契約は成される。

少女はその身全てを委ね、少年は完全なる支配者となった。

緑色の燐光は弾け飛び、残されたのは少年ただ一人。

その様子を見ていたルクレスはすぐさまに魔術を唱えた。


 「短縮(クイック)覗き見る者(サーチャー)


 詠唱を短縮するスキルを使いながら、サーチャー……彼のオリジナル魔術である分析魔術を唱えた。

この魔術はアナライズと同系統の魔術ではあるが、五メートル程度の距離までならば対象に触れることなく使えるという大きな違いがある。

またもう一つの違いとして、本来ならば本人にしか見えないクラスまでも見通せるという画期的な魔術である。

ただし隠蔽魔術に弱い点、抵抗する魔道具があれば簡単に抵抗されてしまう点、アナライズと同じく掛けられた本人はすぐに魔術を使われたとわかってしまう弱点はある。

幸いにしてあの少年は隠蔽も抵抗もしていないらしい。

ほくそ笑む所ではあるが、ルクレスはその分析結果を見て唖然とすることになる。



 名前 … ミコト

 性別 … 男

 種族 … ハーフエルフ

 状態 … 精霊化

 クラス … 大精霊シルフィード

 L V … 51

 H P … 365 / 365

 M P … 2936 / 2936

  STR … C

  VIT … C 

  AGI … C

  INT … S

  DEX … A


 S L … 高速思考Δ

     覚醒・トゥルースサイト

     フィーリングブースト

     エレメンタルアブソーブ

     ミラージュシルエット

     風の加護

     森羅万象



 (なんだこの馬鹿げたステータスは。ワタクシと比べてもほぼ全ての数値で上回られているではないですか……)


 膨大なMPとありえないステータスの高さに、ルクレスは仮面の裏で乾いた笑いを浮かべるしかない。

INTがSなどルクレスは今まで見たこともない。自分自身、Sなど存在しないのではないかと思っていたほどだ。

間違ってもこんな子供が持っているステータスでは断じてない。己が生涯かけて練磨してきた力は一体なんだったのかと、愚痴りたくなる。

 おまけにそのスキルは何だ?

長い年月を生き続けたルクレスでも聞いた事がない得体の知れないスキルの数々。

合計七つに及ぶスキルたち。

スキルを持っている者は貴重だとされているのに、それが七つだ。

英雄クラスの傑物ならばあるいは、である。

その英雄もまさかこんな幼少の頃よりスキルが発現していたわけではあるまい。

血肉を糧として気の遠くなる時間をかけた末に習得するのがスキルというもの。

タレントとして授かるスキルなど種でしかなく、普通は時間をかけて芽をつけ花となるものなのだ。

ありえない、この子供はありえない。

 いくら継承魔法を行使したとしても、ここまでの能力を発揮するのは異常である。

継承魔法とは知識や経験を他者に受け継がせる魔法であり、けして能力の上昇やスキルの継承などは起こりえない。

少なくとも、今まで見たことがない。この少年を見るまでは。

状態の項目にある精霊化、そしてクラスの大精霊シルフィードという欄も見逃せない。

一体どれだけ自分を驚かせればいいのか……。前例がないことばかりである。


 故に面白い。

この少年は可能性の塊だ。

イレギュラーに次ぐイレギュラーによって創られた産物といえるだろう。

変則的な継承魔法に、クラスを見るに精霊と契約、いや普通以上の深度で契約をしている。

面白い。面白すぎる。

このレベルの相手なら自分の命が危ういのはわかっている。

ましてや未知のスキル、自分以上の能力を持っている相手。十分以上にそれは理解している。

だがルクレスはそれ以上に好奇心が勝っていた。

どうにかしてこの少年の秘密を暴きたいと渇望していた。

魔術師としての、否、己の探究心を満たす為に少年の全てを解体したいと切望する。

ならば後は実行に移すまで。


 「短縮(クイック)浮遊(レビテーション)


 ここでは戦場として相応しくないと思い、ルクレスは窓際の壁を魔術で破壊してから浮遊魔術を唱えた。

一時的に自分の体を浮かすことができる高等魔術だが、難なくそれをコントロールし、ついでに床に転がっていたレコンも回収する。

必要のないものではあるが、少年がそれにかまけていたら面白くない。

そうして能面の男は誰にも邪魔をされることなく、その部屋から文字通り飛び出すことに成功したのだった。


 「………………」


 そこに残されたのはただひとり。

風通しがよくなった部屋の中、燦々たる有様の室内を感情のない瞳で見回していた。

確かにあったぬくもりも、笑いが木霊していたあの時間もすでにない。

床に染み渡った血の跡、抜け殻になった彼女の服、お気に入りだった窓際も瓦礫の中に埋もれてしまった。

この場所にもう少年の居場所はない。


 「いや、彼女が俺の居場所だった」


 無感情にそう一言呟いて、かつての安住の地に別れを告げる。

振り返ることもせず、少年は魔術によって穴が空いた場所からその身を空中に投げ出したのだった。

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