第百二十七話 ロイドの勘
地上で有象無象の雑魚を蹴散らしていた時、後方から無数の攻撃魔術が飛び込んできた。
魔術の接近には気付いていたし、俺のいる場所には飛んできていなかったので危険視する理由はない。
そのまま見過ごしていると、攻撃魔術は妨害されることなく眷属たちに降り注いでいった。
(援軍、といったところか)
着弾した魔術は眷属のいる集団に風穴を空けていく。
そこそこの威力はあるらしく、眷属たちを一撃で倒している。
この芸当はダンジョン実習を始めたばかりの生徒のものではないだろう。冒険者か、教師たちのものか。
とはいえ、この大群の前にはちっぽけな一撃に過ぎない。小さな穴を空けた所ですぐに塞がれてしまう。
そういう意味では俺も似たようなものだ。いくら圧倒しているとはいえ、敵が補充される速度の方が速い。
この大群を相手取るには同程度以上の戦力で押すか、広範囲殲滅魔術で一掃する他ないだろう。
「どちらの手駒も今は手元にはないがな……」
独り事を呟いて動きが止まった俺を好機と見たか、一気に押し寄せてくる眷族たちを俺は風の剣で一閃する。
綺麗に真っ二つになった眷属が生命活動を停止して一斉に崩れ落ちる。
まだまだ周囲には大量の眷属がいるが、俺は一度後ろに下がることに決めた。
粗方、周りの雑魚を一掃した後、誰にも邪魔をされることなく俺は背中の四枚羽を駆動させて空を飛ぶ。
数秒も経たない内にさっきまで俺がいた場所は眷属で埋め尽くされていった。
改めて上から見るとすごい数だ。
相当数を倒していたはずだが、それ以上に数が増えている。
うぞうぞとまるで動く床のように一面をのたまうその光景は醜悪の一言に尽きる。
「……まだだ」
ちゃり、と音を立てるイヤリングを耳にしながら、俺は暗闇の中でも赤々と目立つあいつの場所へと向かうのだった。
空から地上へと降りた途端に何かが燃えるような匂いが立ち込める。
焚き火をしているように焦げた匂いだ。
魔剣は使えないはずだが、炎系統の魔術でも使ったのだろうか。
焼き尽くされた眷属たちが転がっているその中心。炎の鎧を纏っている女が慌てて俺に話しかけてきた。
「ミコト。良かったですわ。大した傷もなさそうですわね」
安堵したかのように笑顔を浮かべるプリムラも無傷のようだった。
強化された眷属たちが混じり始めている中でも、こいつの実力ならば何も問題ないという証だ。
元々、眷属たちは木で出来た存在であるから、火や炎といった属性に弱い傾向がある。
プリムラのスキルならかなり有利に戦えることだろう。
「数だけの雑魚にやられるわけがねぇだろ。それよりもそっちはどうなんだ?」
「私を含め、二十名ほどが援軍として駆けつけてくれましたわ。
それも精鋭の冒険者や先生方ですわ。戦力として十分に数えられますわよ」
精鋭と呼ばれた者たちは一定のラインを形成して、魔術による砲撃によって敵を殲滅していた。
数による暴力は最初から身をもって知っているのだろう。勢いづいて前に出すぎる者は一人としていない。
堅実に着実に、敵の数を減らしていく。
(だが、あれでは足止めにもならんな)
俺が大分、数を減らしていたから今はやや優勢の状況をつくれている。
だが俺が戦線から離脱してしまっている現状では、殲滅する速度よりも敵の数が増える方が早い。
それに普通の眷属なら一撃で倒せているようだが、大型の個体などは二回、三回と魔術を当てないと倒せていない。
今はそういう個体が少ないからいいだろうが、確実にこれからの戦いにああいう個体は増えてくるだろう。
無論、このままにしておくわけにはいかない。
「そうか。後の奴らは?」
「学校に残って防衛に回ってくれる方々もいますけれど、他の大多数の方は前に出て戦います。
打って出ることにしましたわ」
「へぇ……思い切った選択をしたな」
俺は少しだけ感心してしまった。
プリムラが演説したあの時は空気も最高潮になっていた。
とはいえ、まさかあいつらが安全な場所から出ることを選ぶほどとまでは思っていなかった。
(確かにあのまま学校に篭っていたとしてもジリ貧になっていただろうがな。
篭城戦をした所で意味はない)
篭城するということは援軍を期待するということだ。もしくは相手の疲弊を狙うこと。
しかし今回の場合はどちらも期待は出来ない。
味方を待つことにするとしたとしよう。しかし、それは何処から?
ダンジョンの中に転移させられているなどと誰も思わないだろうし、気付いた所で助けはどうやってここにくるというのか。
転送に使うゲートはここにある。
仮に他にゲートがあったとしても、どの程度の戦力を送り込めばいいのか、何処からその人員を調達するのか、武器は、防具は。
時間はきっとたっぷりとかかってしまう。援軍を用意する間に俺たちは全滅するだろう。
敵の疲弊を狙うのも愚策である。間違いなくこちらの方が早く息切れするに違いない。
途切れることなく魔界樹が眷属を生成しているこの姿を見て、まだそういう風に思えるのならそいつは本当の馬鹿だ。
魔界樹の眷属を作成する能力も無限ではないだろう。
だがそれを試そうという博打はとれない。博打に負けてしまえば命をベットとして払うことになる。
だからこそ戦力を温存している今だからこそ打って出ることが最善となるのだ。
少なくとも俺はそう思っていた。
こいつらが自力でそこに辿り着かないならどんな手を使ってでも扇動してやろうと思っていたのだが、杞憂に終わったようだ。
「ならもう何もすることはないな」
「ちょっと待って欲しいですわっ!ミコト!!」
背中を見せて戦いに戻ろうとする俺をプリムラが呼び止める。
面倒くさげに振り向いた俺を、プリムラは懇願でもするかのように切ない顔で俺を見上げていた。
「ミコト……どうしてそこまで一人で戦おうとするのですの?」
プリムラのその問いに、俺は思わずきょとんとした顔をしてしまう。
そんな顔をしたのも束の間、次の瞬間には俺は大きな笑い声をあげた。
「はははは!何を言うかと思えば。そんなことか。そんなくだらないことか」
「くだらなくなんてありませんわっ!だって私は」
「くだらねぇよ。心底くだらない。俺が一人で戦う理由?
そんなもの決まってるだろう。誰も信じられないからだよ」
吐き捨てるように言ったその言葉に、プリムラは目を見開いて体を硬直させた。
そんなに驚くようなことか?俺にとっては当たり前のことだったんだが。
『プリムラは信じることのできる人なのですよミコト!昔からのお友達なのですよ?』
(うるせぇよ。お前は黙ってろ。余計なことを言うならこの力を掌握した時、その自我を消し飛ばすぞ?)
『……ミコトにとって私も信じることの出来ない存在なのです?』
(そんなの聞くまでもないだろ?)
俺の心がわかるんだからな。忌々しいこの能力もこういう時には役立つな。
俺の言葉が真実だとわかったのか、プリムラと同じようにシルフィードも何も言わなくなった。
ただ、プリムラとは違いシルフィードの感情も流れてくるのが鬱陶しい。
こいつは俺に何を期待していたんだ?それとも、わざとこういう感情を流して心変わりでも狙っているのか?
どちらにせよどんな悲しみの感情を伝えた所で、俺の心は揺るがない。
「ローズブライドさん。後方の準備が終えました。いつでも出発できます」
絶句したプリムラに声を掛けたのは、なんとロイドだった。
連絡員として使い走りにでもされているのか、額に汗をかいている。
ロイド・マーカス。不気味で気持ちの悪い男だと思っていたが、そういえばこいつもここに来ていたんだったな。
あまりに影が薄かったから存在を忘れていた。
「……え?あ、ああ。貴方は確か連絡要員として志願した……」
「それで、どうしますか?」
未だ立ち直っていないプリムラに有無を言わせないとばかりにロイドは急きたてる。
ロイドのいつもと違った妙な態度に俺は引っ掛かるようなものを感じた。
いつもの飄々とした態度が薄れていたのだ。
「……わかりましたわ。もう一度、連絡を頼めるかしら。
私たちは魔物たちを牽制しながら下がります。本隊の貴方たちは隊列を組みながら私たちとの合流を目指してください、と」
「わかりました。ではそのように伝えます」
プリムラに頭を下げながらロイドは俺を一瞥した。意味ありげな視線にさすがの俺も気になった。
プリムラは何か俺に声をかけようとしているようだったが、それを無視して走り出したロイドの後を追う。
魔術で強化もしていないロイドに追いつくのは簡単だった。一瞬でロイドのもとに辿り着いた。
「おい、待てロイド。何をそんなに焦っている?」
「君か。やっぱり追いかけてきてくれたね」
「あれはわざとか。面倒くさいことしやがって。プリムラに聞かせたくない話でもあるのか?」
この場所はプリムラから少し距離はとってるとはいえ、学校の外で遮蔽物は何もない。
俺とロイドが何か話そうとしている場面を隠しようがない場所である。
「そう、だね。確かにあの人の前だと話しづらい内容だ。
ミコトくん……今回のこの事態、おかしいとは思わないか?」
「ダンジョンに学校ごと転送させられた時点でおかしいもクソもないが、そういうことじゃないんだろうな」
「そう。それは紛れもなく異常事態だけど、そのことじゃない。おかしいといったのはあの男のことだ」
あの男、と言うのはあいつ以外にいないだろう。
連想するだけでも憎しみが溢れかえりそうになるが、今は落ち着くように努める。話はまだ終わっていない。
「あの男が仕掛けてくるにしてはあまりに大雑把過ぎると思わない?」
「大雑把、か」
「狡猾に巧妙に、完璧な劇を仕上げるように入念に準備をすすめて愉しむ。
あの男はそういう性質のはずだ。大舞台にしたからこそ杜撰な部分が目立つのかもしれないけど、何か引っ掛かる」
「……確かに。奴にしては未だに死人の一人も出ていないな」
舞台に上がった登場人物はそれこそたくさんいる。
今の所、怪我人は結構な数がいるがそれだけだ。瀕死の重傷を負った奴も一名いたが、死んではいない。
人の悲鳴を聞くことが大好きだと口走っていた奴にしてはあまりに温い。
「希望を持たせてから叩き落そうとしているんじゃないのか?奴のいつもの常套手段だろう」
「そうかもしれない。だが違うかもしれない」
「まだるっこしい。結局、お前のそれはなんなんだ?ただの勘か?」
「現時点ではそう言われても仕方ないね。だけど、やっぱり気をつけて欲しい。何かがおかしい」
真面目な顔でロイドがそう言葉を紡いだ。
証拠も何もないロイドの言葉ではあるが、一応、心に留めておく。
真面目ぶったこいつの顔がそれだけ印象的だったからだ。
「お前が俺の心配か?気色悪いな」
「そうかい?いや、ミコトくんが倒れるとボクの計画にも支障が出るからね。
ここで失うわけにはいかないよ。さっきまでの戦いを見ていると余計に、ね」
「ふん。勝手に俺を巻き込むな。俺は俺のしたいようにする。お前のことなんて知ったことじゃない」
「それでいいよ。今はね」
それで言いたいことは全て言ったのか、ロイドは後腐れもなく学校の方へと走っていった。
何処か後味の悪い会話に気持ちの悪いものが残る。
あの男が何かを仕掛けようとしているのかもしれない。ロイドはそれが言いたかったのだろうか?
何があるかなんて考えても仕方のない部分でもある。
想定したことが希望通りにのこのこやってきてくれるとは限らない。
考えることは悪いことではないが、今がその時ではないというだけだ。
(何があったとしても、それを打ち破れるだけの力があればいい)
そう。その為の布石は着々とすすんでいる。
俺の耳に装着しているイヤリング。吸生のイヤリングという名の魔道具。
装着者を強制的にLv1にするというとんでもないデメリットを抱えている古代遺物である。
爺から渡された当初はステータス偽装の為だったが、後で外せないように細工されて一時期は激怒していたものだったが。
このイヤリングにはある効果が秘められている。
経験値を溜め込むことができ、その効果を倍増させることができるのだ。
それは爺の嘘ではないようで、大図書館で見つけた魔道具辞典にもはっきりと効果が載っていた。
途方もない経験値がいる代わりに、宝石の色が黒から白に変化した時、宝石が弾けて装着者に栄光が訪れるだろう、と。
俺の耳に着けたイヤリングは濃いグレーまでに色を変えていた。
俺が単独で眷属を殲滅していた一つの理由がこれだ。
大量の魔物を一人で倒すことで経験値を一人占めにすることができる。
もしも俺がレベルアップを果たしたならば、どれだけの強さを手に入れることができるのだろう……。
その時が楽しみで仕方ない。
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