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精霊が見える私は、今日もここで暮らします  作者: Atelier Lotus文庫
本編

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2/6

第一章 精霊のいる朝

 朝、目を覚ますと、竈の中でサラマンダーが寝ていた。


「……そこ、使うんだけど」


 返事はない。


 赤い蜥蜴によく似た小さな妖精は、灰の残る竈の奥で丸くなったまま、尻尾の先だけをぴくりと動かした。


「起きて」


 今度は片目だけが開いた。けれど、どく気はないらしい。


「朝ごはん作れないでしょ」


『まだ眠い』


「知らないわよ」


 火掻き棒を手に取ると、ようやくサラマンダーは身体を起こした。大きく伸びをした拍子に、背中から小さな火の粉が散る。


「ちょっと」


『燃えてない』


「燃えてからじゃ遅いの」


 文句を言いながら薪を入れる。


 サラマンダーは竈の端へ寄っただけで、出ていくつもりはないようだった。


「火、お願いできる?」


『やだ』


「じゃあ自分でつける」


 火打石を取り出すと、サラマンダーがこちらを見た。


 しばらく見ていた。それから、いかにも仕方がないという顔で薪の上へ息を吐く。


 ぽ、と小さな火がついた。


「やるんじゃない」


『朝ごはん』


「それが目的ね」


 昨日の残りのパンを薄く切り、鉄板の上へ載せる。端が少し硬くなっていたので、水を一滴落としてから温めた。鍋には野菜のスープが残っている。


 温まり始めると、サラマンダーが竈の縁から首を伸ばしてきた。


「だめ」


『まだ何もしてない』


「する顔してる」


『失礼』


 そう言いながら、もうパンを見ている。


 私は一枚余計に温めた。


 朝食を終えるころには、窓から入る光もだいぶ明るくなっていた。


 皿を重ねて外へ出る。


 井戸のまわりは朝露で濡れていた。桶を下ろそうとすると、水面から青い顔がひょこりと現れる。


「おはよう」


 ウンディーネは返事の代わりに、水を一掬いこちらへ飛ばした。


「冷たい」


 頬を拭う。朝から機嫌がいいらしい。


 桶を下ろして水を汲み上げる。その途中で、綱がふっと軽くなった。


「ありがと」


 水の中から細い腕が伸びて、桶の底を押している。楽になったので、そのまま引き上げた。


 ところが地面へ置いた途端、桶の中で水がぐるぐる回り始める。


「こぼれるって」


 ウンディーネが笑っている。


「手伝うのか遊ぶのか、どっちかにして」


『どっちも』


「一番困るやつ」


 結局、少しこぼれた。


 洗い物を終え、そのまま洗濯をする。


 今日はよく晴れていた。


 庭に張った綱へ洗った布を一枚ずつ掛けていると、背中に風が当たった。


「シルフ、ちょっとだけお願い」


 返事はすぐに来た。


 柔らかな風が洗濯物の間を抜けていく。これなら昼までには乾くだろう。


「そのくらいでいいからね」


 言った直後、布がばたばたと大きく鳴った。


「そのくらいって言ったでしょ!」


 風が一段強くなる。


 端に干していた布巾が外れた。


「あっ」


 白い布巾が空へ舞い上がる。シルフが楽しそうに追いかけていった。


「返して!」


 飛んでいく布巾を追って庭を走る。二度ほど手を伸ばして失敗し、三度目でようやく捕まえた。


 振り返ると、風が止まった。


「……次やったら頼まないからね」


 どこかから笑い声だけが聞こえた。


 たぶん反省していない。


 もう一度布巾を綱へ掛け、今度は端をしっかり留めておく。そのまま畑へ向かった。


 朝の土はまだ少し湿っている。


 しゃがみ込み、葉の裏を見て、育ちの悪いものを選ぶ。雑草を抜こうと手を伸ばしたところで、土の中から小さな手が出てきた。


「そこにいたの」


 土がもこりと盛り上がる。


 ノームが顔を出した。頭に土を載せたまま、こちらをじっと見る。


「それ抜いていい?」


 ノームは草を見る。


 私を見る。


 もう一度、草を見る。


『だめ』


「なんで?」


『まだいる』


「何が?」


 答えない。


 なら仕方がない。その草だけ残して、隣へ移る。


 全部こちらの思い通りになるわけではない。


 畑は私のものではあるけれど、土の中まで私一人の都合で回っているわけでもない。


 別の場所の草を抜いていると、背後で小さな音がした。


 振り返れば、さっき残した草の根元をノームが掘っている。何か小さな虫が出てきた。


「ああ、それ」


 ノームは満足そうだった。


「終わったら抜いていい?」


『いい』


「はいはい」


 こういうことなら、最初から言えばいいのに。


 言わないのがノームだった。


 籠へ収穫した野菜を入れ、庭へ戻る。


 柵のそばでは、スプリガンがしゃがみ込んでいた。何をしているのかと思えば、昨日植え替えた花の根元を見ている。


「どう?」


『水が多い』


「昨日は暑かったから」


『多い』


「分かったって」


 言われたので、今日は控えることにする。


 スプリガンは庭のことになるとうるさい。私が枝を切りすぎれば怒るし、草を残しすぎても怒る。


 かと思えば、自分が気に入った場所には勝手に種を運んできて、翌年になって知らない花を咲かせたりする。


「それ、どこから持ってきたの?」


 庭の端に、見覚えのない芽が出ていた。


 スプリガンは知らないふりをした。


「またでしょ」


 返事はない。


「変なところに増えたら抜くからね」


『だめ』


「じゃあちゃんと面倒見て」


 それで話は終わった。


 畑から持ってきた籠を軒下へ置き、私は腰を下ろした。


 まだ昼には少し早い。朝から動いていたので、腹はもう減っている。


 小さな芋を一つ取り出して眺めていると、いつの間に来たのか、サラマンダーが足元にいた。


「何」


 芋を見る。


「焼けって?」


 頷く。


「自分で焼けるでしょうが」


 サラマンダーは動かない。


 仕方なく立ち上がり、竈へ戻った。


 火を起こして芋を置く。


 しばらくするとウンディーネも来た。シルフの気配も窓の外にある。庭からスプリガンまで覗いている。


「……みんな食べるの?」


 誰も答えない。


 食べるらしい。


 焼けた芋を割り、皿へ載せる。


 私は自分の分を取った。残りは勝手にすればいい。


 サラマンダーが一番大きな欠片へ手を伸ばしたので、その前に取り上げる。


『それ』


「さっきパンも食べたでしょ」


『小さかった』


「あなたが大きいの取ろうとしたから半分にしたの」


 不満そうな顔をされた。


 知らない。


 小さい方を渡す。


 ウンディーネは焼いた芋より水気のある野菜の方を気にしていたので、畑で採ったものを少し切った。


 風が吹いて、皿の端に置いた葉が動く。


「シルフ」


 止まる。


「食べ物では遊ばない」


 また少し動いた。


「聞いてる?」


 窓の外から笑い声がした。


 私は芋を一口食べた。


 熱かった。


 少し冷ます。


 竈にはサラマンダーがいて、窓の向こうにはシルフがいる。外へ出れば、庭にはスプリガンがいて、畑の土を掘ればノームが顔を出す。水を汲みに行けば、たぶんウンディーネはまだ井戸で遊んでいる。


 別に珍しいことではない。


 少なくとも、私にとっては。


 村の人には、私が一人で喋っているように見えることもある。たぶん、少し変わった女だと思われている。


 それも、もう慣れた。


 食べ終わった皿を重ねる。


「さて」


 まだやることは残っている。


 外では洗濯物が風に揺れていた。


「飛ばさないでよ」


 返事の代わりに、ちょうどいいくらいの風が吹いた。


 私はそれを確認してから、空になった籠を持って庭へ戻った。

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