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◆明日もそこそこ幸せであれば◆  作者: ナユタ


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◆1◆ 出発

 昔懐かしいベル型の目覚まし時計が、ハンマーに叩かれる直前の〝ジ〟という起こりの音を聞きつけ、布団の中に引きずり込んで止める。スマホのアラームで起きるよりも心臓に悪いが、緊張感もあるし、何より絶対に目が覚めるから長年手放せない。


 遮光カーテンで真っ暗の室内で耳をそばだてるものの、まだ早朝なので外は静かなものだ。のそのそとベッドから起き上がり、カーテンを引いて外を見たら、生憎の曇天だった。


 引っ越してきてから何年もそのままにしている段ボールの塔を避け、洗面所で顔を洗ってヒゲを剃り、薄暗いリビングに向かう。狭いソファーの上に毛布の塊がいる。今日こそは自分で起きると息巻いていた愚弟は、思った通りまだ夢の中だ。


 自発的に起きることはないため、ソファーに近付いて一息に毛布を剥ぎ、中から現れたツーブロックの金髪を小突く。元々が人見知りの口下手なせいか、職場でやたらと高圧的に話しかけられると言うから、適当に『髪型で威嚇したれ』と言ったのを素直に実行したのだ。


 髪型が自由な職場なのかどんどん派手になっていっているが、あれからそういう愚痴も聞いていなので、威嚇は成功しているのだろう。適当に助言した手前、将来ハゲないかだけが心配ではあるが。


「おい、(たもつ)。ついてくる気ならそろそろ起きろ。置いてくぞ」


「……今、何時ぃ……」


「六時十分。三十分には出ないと間に合わん」


「早い……早すぎる……」


「なら置いてくぞ。大体いつも勝手についてくるのはお前だろ」


 何が悲しくて二十六歳の弟を起こさなきゃならんのだとは思いつつ、子供の頃からこうだった。八歳も下だともう育てたようなもんだ。特別面倒を見ているつもりもないが、付き合いの薄い親戚や職場の人間からは、過保護だと思われている。または俺の(まもる)という名が体を表すせいかもしれない。


「待って、起きるよ。起きるから置いてかないで、兄ちゃん」


 相変わらず厳つい髪型と高めな身長に対して、間の抜けた喋り方が噛み合わない。すぐにバレる威嚇な点では、アリクイといい勝負だ。ただでさえヒョロくて弱そうなのに、猫背で気弱で強そうに見える部分が何もない。


 厳つい顔立ちで肩幅が広く、出会ったばかりの人から『学生時代はラグビーか柔道やってたでしょ』と言われ、地顔が仏頂面なせいで『怒ってる?』と聞かれる俺の弟とは思えん。


「だったら無駄口叩いてないで、とっとと起きて着替えろ。それと自分の荷物はまとめてあるんだろうな?」


「昨日の夜に、玄関に置いといた」


 ぼそぼそと情けない声でそう言ってようやく身体を起こす保の頭を叩き、昨日の間に準備しておいた自分の荷物を玄関に運ぶ。旅行用ボストンバッグと、登山用リュック。


 男二人分の旅行の荷物ならこんなものだろうが、俺達の場合はここに本命が入るから、荷物の量は倍になる。酒だ。旅先で酒を買うと高いので、近所の安いリカーショップで購入して持っていく。


「じゃあお前の荷物も先に車に積んどいてやるから、お前は冷蔵庫の野菜室に入ってる酒のボトルと、昨日俺が作っといたツマミを持って来いよ」


 これ以上構っていたら出発できない。最悪こいつは留守番だ。ソファーの近くに脱ぎ散らかしてあったズボンを投げつけると、小さく「痛っ、ベルトついてるんだから投げんなよぉ」と文句が聞こえる。


 その声を無視して家の前に停めてある十年来の愛車、ターボ付き4WDのスズキのエブリィをベースにしたキャンピングカーの車体を叩く。車中泊することを考えれば本来は一人旅用だが、テントを積んでいけば問題ない。当然テントで寝るのは愚弟だ。


 後部にある冷蔵庫を開けて温度を確認。前夜から電源を入れて冷やしておいたから、すぐに使える状態だ。走行中に荷物が崩れないよう組み、運転席に座ってカーナビに旅行先の情報を入れる。


 ズラリと並ぶこれまでの旅行履歴を眺めていたら、やっと保が出てきた。その手から酒とツマミを受け取り冷蔵庫にぶち込み、盗まれるようなものなんてほぼないボロ家の鍵をかけたら出発だ。


 俺が眠い目を擦って運転席に座っているというのに、保は助手席に乗り込んでシートベルトをした瞬間、もう船を漕ぎかけている。


「おいコラ、早速寝ようとするな。眠気覚ましに会話ぐらいしろ」


「痛っ、もーすぐ手が出る。ニュースつけるから、それ聞けば良いじゃんか」


「この時間帯、眠気覚めるようなニュースやってないんだよ」


「んー……そういうことなら、分かった。これは今夜のとっておきだったんだけど、面白いSNSの内容読み上げしてあげる」


 さっきまでのグダグダさはどこへやら。嬉々としてスマホを操作をし始めるが、それはこいつの趣味だ。自分が面白いと思うネタを見つけたら、共有できる友人がいないため、全部俺に送りつけてくる。深夜でも早朝でもだ。


 兄弟でなければとてもじゃないが付き合いきれない。ただ兄弟故なのか笑いのツボは似ているのが腹立たしい。


「おい、もしかしてそれ探すのに夜ふかしして眠いのか?」


「まぁまぁ、細かいことは気にしないで。ちなみに今夜の晩酌で流す用に、YouTubeで面白いゲーム配信動画片っ端からブクマした」


「その努力を別のところで見せろ馬鹿野郎」


「人間てやらないといけない努力は楽しくないの。そのかわりに楽しいことは捗るんだって。じゃあ一個目から読むよ〜」


 末っ子気質が極まっている。よく弟がいることを羨ましがる職場の同僚に伝えているが、八歳下の兄弟や姉妹がいる連中の心境はもう親だ。そういう立場からしたら一人っ子の方が万倍羨ましい。


 こっちの心境などおかまいなしに、SNSのネタを読み上げる弟。その馬鹿みたいな暢気な声をBGMにできる時間は長くない。時々二人して馬鹿笑いしながら車を走らせること一時間。


「……結局寝やがって」


 早朝の郊外出勤組の渋滞に巻き込まれ、時計を気にして焦る俺の横で、幸せそうに口を開けて寝る保を相手に、あくび混じりの溜息をついた。


 眠い目を擦って出発してから二時間後。


 やっと最初の目的地である神戸港に到着した。空を覆っていた雲も晴れて、良い感じに天気も回復。案内員の指示に従って高松行きのレーンに停める。最後尾か。乗船は少し待つが、下船するには早く降りられて良い場所だ。


 出航時刻まで残り二十分あるものの、見た感じ俺達が最後か来ても二台くらいだろう。俺達の出発時刻が早朝とは言っても、それは大阪方面から来るからで、自宅が港に近い人達からしたら出勤時刻くらいだ。


「起きろ、港ついたぞ」


「えぇ……もう?」


「何が〝もう〟だ。ここまで二時間かかったわ」


「兄ちゃんのドライビングテクニックが良いから、快眠〜」


 ――旅行で目的地につくたびに、毎回このやり取りが発生する。


 時間に追われて必死になっていた運転手からすれば、同乗者に毎度このすっきりした顔で言われると、多少の殺意が芽生える。運転する人間なら絶対一度は抱くと信じてる。


「調子の良いこと言ってんな。俺は今から乗船手続き行くけど、乗船時間までまだ二十分くらいあるぞ。トイレ行かないで大丈夫か?」


「二十六歳の弟の扱いが小学生相手すぎる」


「黙れ低学年。行かないなら車で待ってろ」


「さらに低くなるじゃん。でも行く。言われたらトイレ行きたくなった」


 ダッシュボードから車検整備関連の書類を出すと、慌ててシートベルトを外す弟。早くしないと乗船前の券のチェックに係員がくるため、二人して小走りに受付のある建物へと飛び込んだ。


 バタバタとトイレを済ませて戻れば、もうすでに乗船が始まっていたらしい。うちの車だけになったレーンで待っていた係員に謝り、乗船券を見せて車に乗り込む。傾斜の強いグレーチングとタイヤの摩擦音を聞きながら乗船。


 エレベーターで二階の受付エリアについたら、ピアノの音と少し面白いCMソングが耳に入ってくる。ここまできて、やっと俺は四時間の休息時間が得られるのだ。

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