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ワケありイケメン探偵にこき使われてます「血液探偵事務所!」  作者: 宇地流ゆう
避暑地の恋

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35. ペンション・サンライズ

「では、若様、私はこれで」


「ああ、助かった。また東京に戻る際はよろしく頼む」


 東城は荷物を受け取った後、深々とお辞儀をする黒いスーツの男に言った。


 熟練執事のようなこの男は、どうやらたま爺の配下にいる東城お抱えの運転手であるというのは、行きの車の中であたしが察したことである。電車やバスで行くのかと思いきや、専属運転手付きのハイクラス車で軽井沢に到着ときたものだ。


 成田君や本多君も御坊ちゃまだったが、東城聖も紛れもなく、御坊ちゃまである。何と言ったって、「吸血鬼界の王子」なのだから。


「真田様も、どうかお気をつけて」


 彼はあたしにも軽く会釈して再び車に乗り込む。黒光りするセダンが、ペンションの石じゃりの駐車場から、ざあっと音を立てて去っていくのを見送りながらも、あたしはちらりと彼を振り返ってみる。


「東城って運転できないの?」


 あたしが何となしに聞いてみると、彼は「そんな訳ないだろう」と無表情で返す。


「車が馬車だった頃から生きてるんだ。労力を省いているだけだ」


 それを聞きながらも、もしかして中世でも「労力を省いて」、お付きの者に移動を任せていたんじゃないかと想像し始める。


 怪しい御者、黒い馬車、霧のロンドン、薄暗い車窓からこちらを覗くミステリアスな紳士……まるで映画に出てきそうな光景だ。


 と、あたしがそんな空想を広げながらも、ペンションに向かう東城の後ろをついていた時だった。前を歩く彼が突然立ち止まり、あたしは思わずその背中に追突しそうになる。


「……?」


 何かと思い、彼の見つめている先を見ると、向こうにペンションのテラスが見えた。


 晴れた日はそこで朝食やお茶を楽しめるのだろう、小洒落たデッキチェアやテーブルが置かれ、周りの新緑から優しい木漏れ日が落ちていた。


 そんな素敵な風景のなか、ふと誰かの視線を感じたような気がした。が、あたしがその「誰か」を見つける前に、その人はさっとテラスから中へと姿を消す。角度的にはわからないが、屋内へ通じているらしいドアにかかった白いカーテンが、今しがた誰かが通ったようにふわっと羽ばたいている。


 東城が目を細めながらしばらくそちらを見ているので、あたしが「どうかしたの?」と聞くと、「いや、何でもない」と彼は前に向き直り、再び歩を進めた。



 微かな引っ掛かりを感じていたが、それも束の間、木々を抜けてペンションの正面までくると、まるでおとぎ話のような風景に思わず感嘆してしまった。


 薄緑の屋根を携えた温もりのあるログハウス。冬には暖炉が炊けるのか煉瓦の煙突もあり、高原の風に吹かれた白樺の葉が重なり合う音や小鳥たちの囀りが、まるで心地の良い音楽を奏でているようだった。


「わあ…すごい!」


 あたしが目を輝かせながら思わず喜びの声を漏らすと、東城はこちらを振り返って、全ての楽しさを打ち消すよかのように低い声で忠告する。


「あまりはしゃぎ過ぎるな」


「はぁ……こんな素敵なペンションを目の前にした女子高生に、“はしゃぐな”だって?ほんっとに東城って成田君の言う通り陰気くさいなあ」


 あたしが嫌味を込めてため息をつくと、東城もむっとしたらしく、


「ああ、一刻も早く日陰に入りたいね」


 と短く返して、その通りさっさと中へ入ってしまった。全く、こんなに怒りっぽい上司と夏休みを過ごすなら、いっそ成田君の別荘に遊びにいってもよかったのにな————まあ、それは彼が普通の人間だったらの話だけれど。




「え!?」


 ペンションの受付カウンターで、あたしは思わず、その上品な内装の雰囲気に似合わない声を上げてしまった。


 東城は、最初こそ少し戸惑ったようにペンションのオーナーを見返していたが、はあ、と一つため息をつくと、「それで構いません」と頷いた。


「構わないの!?」


 あたしが即座にツッコむも、彼は、五月蝿い奴だ、とでも言いたげな表情でこちらに向き直る。


「いいか、別々のペンションに泊まるくらいなら、一緒にいた方が効率的だ。それに僕に寝台は必要ない、というかほぼ部屋は使わないだろう」


「…ということは、ずっと外出されるのですか?」


 柔らかな白シャツに深緑の前掛けを着た人当たりの良さそうな中年男性は、ここのオーナーだった。


 「この度はうちの宿をお選びいただき有難うございます」と丁寧に挨拶してくれたところまではよかったのだが、どうやらダブルブッキングをした他のペンションから頼まれてお客を入れることになったらしく、代わりのダブルベッドルームしかご用意できないのです、と申し訳なさそうに頭を下げたのだ。


「いや、外出はそんなにしないが」


 東城が先ほどの質問に首を振ると、オーナーはこの不思議な二人組の関係を探るようにあたしと東城を交互に見る。


「そう、ですか。失礼ですが、お連れ様と相部屋は不味かったのでしょうか…?」


「不味い」

「いや、不味くない」


 東城はあたしの声に上乗せするように言い切り、「助手は探偵のいうことに従わなければならない」という心得と、東城の有無を言わせぬ頑固さに白旗を揚げたあたしは泣く泣く彼と同室に泊まることになってしまったのだ。



「酷い!全くデリカシーがない。プライバシーもない」


 新婚旅行の夫婦なら歓喜するであろう、素敵なダブルルームに入るや否や、あたしは東城に不満をぶちまけた。しかし彼は「まだそんなことを」とため息をつきながらあしらう。


「言っただろ。僕は寝ないし、君がいうなら部屋にも立ち入らない。何なら僕の鍵も持っていけばいい」


 東城はそう言ってポイッとこちらに自分の鍵を投げる。あたしはそれを受け取りながら、ふと東城の言葉を冷静に思い返した。


「待って。寝ないって、やっぱり吸血鬼って一生寝ないの?」


「一生寝ないわけにはいかないが、睡眠はそんなに必要ない」


 東城は早々に自分の荷物を開けて、何やら怪しい探偵ツール(と言うか、やはり犯罪者ツールにしか見えない)を整理し始めている。


「寝台は必要ないって……もしかして棺桶で寝るの?持ち運び棺桶とかあるの?」


 オカルト同好会に入って何となくこのような癖がついてしまったのか、あたしは「吸血鬼」の生態に興味をそそられて聞いてしまう。そういえば、カフェの営業や探偵の仕事時間外で東城と過ごすのは初めてだ。


「持ち運び棺桶?何だそれは」


 東城は眉を顰めて一瞥する。


「ほら、吸血鬼って、棺桶で寝るじゃない?キャンプに寝袋を持って行くみたいにさ、吸血鬼専用のコンパクト棺桶とかあったりして」


 あたしは言いながら、コンパクト棺桶に入って両手をクロスし死んだように眠る東城を想像して思わず自分で吹いてしまった。


 彼はしばらくそんなあたしを白けた目で眺めていたが、敢えてツッコまないことに決めたのか、また無言で手を動かし始めた。


「……ま、コンパクト棺桶はないよね。でも部屋で寝ないならどこで寝るのよ?ずっと起きてるわけ?」


「ずっと部屋を留守にすれば怪しまれるだろう。他の客が寝静まったら部屋から出ていってテラスにでもいる」


 東城が手元の作業を続けながらそう言ったので、あたしは少し考え直した。


 ……確かに東城に睡眠は必要ないのかもしれないけど、彼なりにあたしに気を遣ってくれているらしい。他の客やオーナーには、二人でここに泊まっているように見せかけ、機を見計らって部屋を空けてくれるというのだ、あたしのために。


「その、別に、部屋にいるくらいならいいってば」


 あたしはそう言って、さっき投げられた鍵を東城の方へ投げ返した。


「でも、ベッドはあたしが使うから」


 あたしは広々としたダブルベッドに身を投げ、うーん、と伸びをした。


「いいのか?」


 東城が確認するように言うので、あたしはすっと人差し指を立てる。


「ただし着替え中に入ってきたり、寝込みを襲ったら日干しの刑だからね」


 誰がするか、それに日干しの刑とは何だ、と東城はブツクサ言いながらもその鍵をポケットにしまう。


 そんなこんなで、私たちの軽井沢出張調査は(やはりいつものようにトラブル付きで)始まった。でもなんと言ったって、やたら暗いあのカフェで、学校の課題をやったり、時々東城と世間話(と言っても大半は流されるが)をしながら来ない依頼人を待つよりかは、随分環境が良かった。


 ペンション・サンライズは調査で来ているということを忘れさせてくれるほど素敵なところで、あたしは部屋に荷物を置いてとりあえず一息入れようと、辺りを散策することにした。


 ……まあ、東城はそんなあたしに「ついでに周りに怪しいところがないか、依頼人らしき人がいないか見てくれないか」と相変わらず鬼の仕事人ぶりを発揮し、さらっと私に言いつけたのだが。


 全く、彼には「一息つく」という概念はないのだろうか。それに、趣味とか人生の娯楽とか、何かを楽しんだりするとか。それとも、四百年間生きているうちにもうやり尽くしたとか?


 と言っても、東城は200年前からヴラド3世の命令で吸血鬼界の外交官としてヨーロッパ各国を渡っていたそうだし、その頃から仕事一筋のワーカホリックだったんだろうか……?


 東城のことを考え出すと疑問符しか湧いてこないものだ、とあたしはしみじみ思いながらも、一階のダイニングルームに出てみる。


 昼下がりなので夕飯の準備もまだなく、他の客はもちろん、この天気の良い絶好のお出かけ日和を満喫しているのだろう、開け放たれたガラスドアにかかる真っ白なカーテンが、時折微かな風で膨れあがっているだけで、とても静かだ。


 と、カーテンの向こうに気持ちよさそうなテラスが見えて、あたしはそこにあったサンダルを履いて外に出てみた。


 爽やかな風がさあっと頬を撫で、気持ちいい高原の空気を目一杯に吸い込む。


 それにしても、こんなに心地いい太陽の光を楽しむことができないなんて。まあ吸血鬼の性格が曇り雨のようにじめじめと暗くなっていくのも頷けるか———


 いや、待てよ?成田くんはそんなことない。成田くんは努力して人間に近づこうとしていた。晴れの日も、辛かろうがみんなと同じようにそれを楽しむようにしているとか言ってたっけ。


「吸血鬼なんて損なことしかない。僕がどんなに人間になりたかったか、君にはわからないだろうね」


 と言った成田君は、あの時は恐怖と焦りであまり気にしている余裕はなかったが、なんとなく虚しさが滲んでいたように思えた。


 テラスの縁に頬杖をつきながらそんなことを考えていると、ふと向こうの林の奥に遊歩道を見つけた。木のトンネルのようになった道が素敵で、探究心と好奇心をくすぐられたあたしは、思わずそちらへと足を進める。


 新緑の木々の心地いい香りに包まれながら、林の中を進んでいくと———パッと目の前が開け、そこになんとも美しい湖が広がっていた。


 それはまるで林の中に浮いた小さな鏡のようで、静かに薙いだ水面が、太陽の光を反射してキラキラと宝石のように輝いている。


 思わず立ち止まって、その美しさに見惚れていると、湖畔の縁に音もなく佇んでいる人影があるのに気づく。


 裾長の白いワンピース、上品な日傘、優しいブルネットの長い髪を靡かせて、湖面を見つめている彼女。ちらりと見える横顔は白く透き通っていて、湖の風景と合わせるとまるで幻想的な絵画のようだった。


 しかし、その絵画の中の少女は、少なくとも幸せに微笑んではいなかった。


 彼女は湖畔の水面をぼんやりと見つめるように俯いていたが、どこか思い詰めたような様子で生気がない。もしかしたら、そのままふらっと湖に身を投げてしまうんじゃないかと内心ドキリとして見守る。


 と、彼女は徐に、その白く細い腕をスッと前に差し出し、手の先に握りしめたネックレスのようなものが見える。


 チェーンの先の、赤い小さな宝石が空中で揺れたかと思うと、彼女は手を緩めて、スルスルとそのネックレスを水面に向かって落としていく。 


「え…」


次回、 36. 『湖の彼女』


 湖畔に佇み悲しげな顔を浮かべる彼女は……

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