閑さや岩にしみ入る蝉の声
「閑さや岩にしみ入る蝉の声」
芭蕉は五月二七日(七月一三日)に出羽国の立石寺に参詣した。岩に染み通っていくような蝉の声が、いよいよ静けさを強めている。「山寺や石にしみつく蝉の声」から推敲された。
蝉の声が響いているならば五月蠅いとなるところだが、そこを静寂と表現するところが非凡である。しかし、これを心の持ちようという類の昭和の精神論根性論で解釈してはならない。大自然の中で一人宇宙に取り残されたような静寂である。マンション建設工事の騒音では、このようにはならない。
「有難や雪をかほらす南谷」
芭蕉は六月三日(七月一九日)、出羽三山の羽黒山に登り、南谷の別院に泊まった。 南谷まで残り雪の涼しさがほのかに立ち込めていることはありがたい。残雪の峰々から冷ややかな風が私のいる南谷まで吹いてくる。この神聖な羽黒山の雰囲気にぴったりである。
「一家に遊女も寝たり萩と月」
芭蕉は市振(新潟県糸魚川市)で同じ宿に遊女と泊まりあわせた。遊女は新潟から伊勢に詣でるとのことで、「旅の道連れにしてくれないか」と頼まれたという。庭には萩の花が咲き、月も照らしている。華やかな遊女と世捨て人的な俳人の対照を俳句にした。萩と月も遊女と芭蕉の比喩とする解釈がある。『曾良旅日記』には遊女の記述はなく、遊女との出会い自体が芭蕉の創作と見られている。
出発地の東京都江東区と終着地の岐阜県大垣市は、どちらも芭蕉を観光コンテンツにしている。大垣市の大垣駅周辺には奥の細道むすびの地記念館やミニ奥の細道がある。ミニ奥の細道は水門川に沿って『おくのほそ道』の俳句が刻まれた石碑が並んでいる。
最初の石碑は『おくのほそ道』の最初の俳句「行春や鳥啼き魚の目は泪」。ミニ奥の細道の出発点付近には愛宕神社(大垣市錦町)がある。愛宕神社にある岐阜町道標は大垣市の重要有形民俗文化財に指定されている。新大橋の交差点を渡って最初の石碑は「閑さや岩にしみ入る蝉の声」。そのまま水門川に沿って進むと八幡神社に出る。八幡大橋の近くには「一家に遊女も寝たり萩と月」の石碑がある。ここで水門川は東西から南北に流れを変える。南に進むと大垣市役所がある。大垣市役所には立体駐車場がある。
芭蕉の出生地の三重県も観光コンテンツにしている。三重県津市の丸之内商店街は歴史の散歩道と称して、藤堂高虎と松尾芭蕉、西嶋八兵衛、谷川士清の像がある。国道二三号の両側の歩道がアーケード商店街になっている。芭蕉の像は松菱百貨店の前にある。岩田川の対岸の阿漕についての俳句「月の夜の何を阿古木に啼く千鳥」もある。




