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林田藩  作者: 林田力
建部光重
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小早川秀秋は厄介払いを嘆きたい

関ヶ原の合戦で小早川秀秋は松尾山に陣取ったまま動かなかった。秀秋には優柔不断の日和見や卑怯な裏切り者というイメージがある。家康による鉄砲の一斉射撃後にようやく東軍で参戦したという説がある。


秀秋を武将として無能と見ることは誤りである。慶長の役では猛将と言える活躍をした。関ヶ原でも松尾山に陣を張ったことは無能ではできないことである。戦術的には有能であった。小早川秀秋が東軍側で参戦したことで西軍は敗北した。この点は間違いのない事実である。


秀秋の裏切りは、それに助けられた東軍武将からも軽蔑された。しかし、それが卑怯な裏切りかという点は議論がある。

秀秋の豊臣政権への忠誠心は、とうの昔に消滅していた。秀秋は元々、秀吉の養子になったが、秀吉と淀の間に拾(後の秀頼)が生まれたことで事実上厄介払いされた。秀吉は当初、秀秋を毛利家の養子にしようとしたが、老獪な毛利輝元は上杉景勝に押し付けた。


秀秋は景勝の前で養子に出される悲しみを吐露した。

「どうして…どうしてこんな風にならなければならないのでしょうか?」

秀秋の声は弱々しく、胸の奥から湧き上がる悲しみがにじみ出ていた。

「秀秋、お前も知っている通り、武家の世は厳しいものだ。時には家督の相続や同盟のために、我々は選択を迫られることがある」

「でも、家から簡単に出されるような形で養子に出されるなんて…」

一度養子に入った家から厄介払いのような形で養子に出される悲哀がにじみ出ている。景勝は庭に目をやりながら語り始めた。

「お前が今感じている苦しみ、私もよくわかる。かつて私も同じような境遇に立たされたことがある」

驚きと興味が秀秋の瞳に宿った。

「貴方も養子だったのですか?」

景勝は重い口調で答えた。

「ああ、そうだ。私は実父・長尾政景を暗殺したかもしれない相手である、上杉謙信の養子にされた。その時、私もまた同じような悲しみや葛藤を抱えていた」

秀秋の目から涙がこぼれ落ちそうになったが、景勝はそれを制して続けた。

「その時、謙信公は私に言った。『お前もまた苦しむことがあるだろう。だが、それがお前の運命だ。受け入れろ。』」

景勝の語り口は厳かで、秀秋はその言葉に心を打たれた。

「そして、お前にも同じことを言おう。過去の重みがあるからこそ、これからの未来を切り開く力を得るのだ」

秀秋は少しずつ頭を上げ、景勝の目を見つめた。

「私は…どうすればいいのでしょうか?」

景勝は優しく微笑みながら言った。

「お前が望む未来を追い求めることだ。そして、その未来を切り開くためには、時には運命に立ち向かい、受け入れなければならない」

普段は無口な景勝の説得は迫力があった。景勝は実父・長尾政景を暗殺したかもしれない相手である上杉謙信の養子になった。謙信の養子になることには大きな葛藤があった筈である。この過去の重みがあるために「自分だって苦労した」という年寄り的な繰言とは一線を画す発言になった。

やがて秀秋は文禄三年(一五九四年)に秀秋は小早川隆景の養子となり、新たな一歩を踏み出すこととなった。景勝はその背中を見送りながら、静かにつぶやいた。

「未来は必ずやってくる。お前が選んだ道を、誇りを持って進め」


秀次事件が文禄四年(一五九五年)に起こると秀秋は連座して羽柴家の一門として領していた丹波亀山領一〇万石を改易された。この事件で豊臣家への恩義は霧消してしまった。



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