文禄の役
石田三成ら奉行衆は書類仕事で忙しい。余計なコミュニケーションを嫌い、効率的に業務を遂行する。コミュニケーション至上主義に陥り、無駄な会議を重ね、外国と比べて生産性の低さが問題とされる日本型組織は大いに見習うべきだろう。秀吉は人たらしが信長にない美点とされるが、天下統一は人間的魅力よりも、石田三成ら奉行衆の合理主義に負っているだろう。
後の豊臣家は奉行衆と武断派が対立するが、奉行衆から見れば加藤清正や福島正則は小物に映るだろう。一般に武断派と文治派の対立は平和な時代になって創業の功臣である武断派が用済みになり、文治派が台頭するパターンである。しかし、豊臣政権では奉行衆が統治だけでなく、大軍の兵站も支えていた。加藤清正や福島正則の台頭は後である。
豊臣政権の空前絶後なところは奉行衆による統一的なロジスティックスである。天下人は諸大名に号令して戦を行う。しかし、その実態は秀吉と他の天下人で相違があった。秀吉の場合、兵三百を出せと言われたら、大名は基本的に兵三百を出した。
ロジスティックスは石田三成ら奉行衆が手配した。その代わり米を某所に送れ、材木を某所に送れと命じられた大名もいた。この統一的なロジスティックスは九州征伐や小田原征伐では成功した。天下統一までの秀吉は神がかっていたと言われるほどである。
秀吉は文禄元年(一五九二年)、「唐入り」を始めた。秀吉は朝鮮に明国への案内を要求した。
「明国の首都・北京まで案内してもらおう」
「それはできない」
「では、力ずくでも連れていく」
「それも無理だ」
交渉は決裂し、一六万の軍勢を朝鮮に派兵した。前線基地として肥前に名護屋城を築城し、寿徳は普請奉行になった。朝鮮出兵は大義なき戦であった。最初から間違っていた。秀吉は朝鮮が既に日本に服属しており、明征服の道案内をしてくれるとの誤った情報を信じていた。
朝鮮国に出兵した日本軍は当初、破竹の勢いであった。これは日本軍が強いというよりも朝鮮側が何の準備もしていなかったためである。
「倭軍が来たぞ!」
「倭の奴らは強いから気をつけろ!」
「みんな死ね!」
日本軍は、朝鮮兵を次々と殺していった。
「倭は強すぎる!勝てない」
「逃げよう」
「助けてくれ!」
倭の軍勢を見た朝鮮兵は、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「倭軍が来るとは……」
「どうしよう」
「倭は怖い」
「殺される」
「死にたくない」
朝鮮兵の士気は下がり、日本軍の攻撃の前に次々と倒れていった。
「倭は、なぜこんなに強いんだ?」
「倭は、どうして朝鮮を攻める?」
「倭は、俺たちを恨んでいるのか?」
朝鮮兵が混乱する中で、日本軍は朝鮮に攻め入った。日本軍の攻勢は苛烈だった。朝鮮は日本軍の勢いに押され、ついに首都が陥落した。
「これで唐入りは成功したも同然じゃ」
首都陥落の報告を聞いて秀吉は上機嫌だった。
「まだ油断できませぬぞ」
寿徳は釘をさす。
「分かっておるわ」
秀吉は不貞腐れたように言った。
「しかし、大明国ならともかく、朝鮮国の制圧となると大したことはないのではないか? それほどの難事とは思えぬが」
「いえ、それは違いますぞ!」
「殿下のお考えは間違っている!朝鮮国の広さをお忘れになったのか」
「広さだと?」
「はい、広きに過ぎまする。戦をするべき地ではありません」
「何という言い草だ」
秀吉の顔色が変わった。
「その方は豊臣家の安泰ばかり考えているようだが、わしはこの国の将来を第一に考えておるのだぞ」
「存じております。なれど、それならばなおのこと、ここで戦うわけには参りません」
「どういうことだ?」
「もし、徳川家康が押し寄せたらどうなりますかな? 大坂城はたちまち包囲されてしまいましょう。大坂は血の海となってしまいますぞ。そのようなことをお望みですか?」
「む……」
秀吉は口ごもった。そんな事態になれば確かにまずいことになるだろう。




