伴天連追放令
秀吉は九州征伐で出陣し、長崎や浦上が教会領になっていることや日本人が奴隷としてポルトガル商人に売られている事実を知った。驚いた秀吉はイエズス会の宣教師に詰問した。
宣教師は堂々と反論した。
「ポルトガル人が日本人を奴隷として買うのは、異教徒の日本人が売るからです。私どもパードレは大いに悲しみ、防ごうと尽力しています。殿下が諸大名に日本人を売ることを禁止して、奴隷の売人を厳罰に処すれば容易に停止できます」
宣教師の回答は正論である。日本人が奴隷として海外に売られる理由は日本に人身売買の風習があるためである。当時の日本では日本人が日本人を売る奴隷市場が存在した。人身売買は日本人がしていたことである。戦国時代に他国に攻め込んだ武将は戦利品として人間を連れ帰った。人身売買の市場ができており、相場は約二貫(約二十万円)であった。大河ドラマ『おんな城主直虎』には奴隷市場が描かれた。西洋が野蛮なのではなく、日本が野蛮である。
朝鮮出兵では日本兵が朝鮮人を多数日本に連行している。大坂夏の陣で大阪城にいた人々が日本各地に売られた。大坂城内には将兵だけでなく、付近の町民や農民も逃げ込んでおり、落城後は彼らを捕縛して連れ去った。
日本人が奴隷として売られていたことは現代の人権感覚からすればショッキングである。しかし、当時の日本人に人権感覚があった訳ではない。日本人が日本人を奴隷にすることは良いが、外国人の買い手にだけ二一世紀の人権感覚を当てはめるならば単なる国内保護主義に陥る。
宣教師の正論は現代の消費者問題に通じる。悪徳商法は売る側の責任が重大であり、蛇口を止めることが効果的な対策になる。これは人身売買だけではない。詐欺商法や依存性薬物も同じである。ところが、日本では購入する側の自己責任を強調し、政治は売人を放置する怠慢をごまかしがちである。
秀吉の反応も的外れであった。
「このままにしておいてはまずいことになる。天下が乱れてしまうではないか」
「どういたします?」
寿徳が尋ねた。
「伴天連を殺すか?」
秀吉の声が低い。
(まずいな)
寿徳は思った。
「それはなりませぬ!」
「なぜじゃ? わしが決めたことぞ」
「それがしにも分かりかねまする」
「ならば、そちが決めよ」
「…………」
寿徳には答えようがなかった。寿徳は黙って頭を下げている。
「もうよい! 下がれ」
「殿下、落ち着いてくだされ」
「これが落ちついていられるか」
「お気をお鎮めくだされ」
寿徳になだめられ、秀吉はようやく怒りを抑えた。
「……そうじゃった。貿易も考えねばならぬな」
「その通りでございまする」
「では、南蛮との交易を認める朱印状とやらを出さぬか」
「それは名案にござりまする」
秀吉は天正十五年(一五八七年)六月一九日に伴天連追放令を出した。加えて教会領を没収した。伴天連追放令はキリスト教に対する弾圧である。宣教師に二十日以内に日本から退去することを命じた。一方で秀吉は貿易を重視したために不徹底なものになった。
秀吉は晩年におかしくなったと描かれることが多い。朝鮮出兵は最たるものである。伴天連追放令は暴走の始まりと言える。独裁者の思い付きであり、自分の思い通りにならなければ気が済まない独裁者の異常性の表れである。




