四国平定
秀吉は天正一三年(一五八五年)に四国攻めを行う。讃岐国には備前・美作の宇喜多秀家、播磨の蜂須賀正勝・黒田孝高が屋島に上陸した。羽柴秀長と秀次の軍勢は阿波に上陸し、木津城と牛岐城を攻略した。小早川隆景と吉川元長は毛利勢を率いて伊予国に上陸し、七月十七日までに高尾城を攻め落して伊予をほぼ平定した。長宗我部元親は豊臣勢が上陸しそうな地点へ兵力を配置し迎え撃ったが、圧倒的な兵力により各個撃破された。
「一つお願いがあるのですが」
寿徳が珍しく遠慮がちに声をかけて来た。
「なんだ?」
「讃岐の国人達に、味方につくように説得して欲しいのです」
「ふむ、面白いな。よし、任せておけ」
「ありがとう存じます」
寿徳は深々と頭を下げた。
元親は土佐を統一し、四国統一に迫った英雄である。「土佐の出来人」と呼ばれている。しかし、群雄割拠する土佐や四国を短期間で統一することは、かなり無理を重ねなければできないことである。侵略された個々の勢力の不満は残存する。毛利元就のように大内と尼子という巨大勢力を滅ぼし、それがそのまま自分の領土になった訳ではない。豊臣秀吉の四国平定で脆くも敗北した背景には、この不満もあるだろう。
元親の陣では突如として大爆発が起きた。
「なんだ!?」
そこには巨大な鉄球が迫っていた。
「あれはまさか……」
そう思った瞬間
「逃げろぉぉ!」
兵士達は一斉に逃げ出した。そして ドッゴォン!!! 鉄球が地面に激突した衝撃で地面が大きく揺れ、木々や岩が崩れ落ちた。
「な、なんという威力じゃ……。これが新兵器か……」
「こりゃあ……とんでもない代物だぜ」
元親は降伏し、土佐一国のみが安堵された。阿波国と讃岐国、伊予国は割譲された。
「おめでとうございまする」
「うむ。これで四国統一じゃのう」
「はい!これから忙しくなってきますね」
「そうだな。だが、まずは四国を安定させねばならぬぞ?」
戦後の四国国分で仙石秀久が讃岐国の大半約十万石を治めることになった。秀久が讃岐に入った時に激しい農民弾圧を行った。秀久は一揆の首魁を捕らえて煮殺した。農民は恐怖と絶望の中にいた。遊びも楽しみも知らず、知っているものは残酷な仕打ちだけであった。
秀久は領民を苦しめる政策を続けたため、領民からの評判は悪かった。領民は安住せずに離散する者が続出した。秀久は秀吉の最古参の家臣で、前線で戦い続けた。そのため、武備優先で領国を豊かにする余裕はなかった。
「さて、次は九州だが……」
秀吉は九州を見据える。秀久も九州を見据えて武備を優先していた。




