裏と表と
此処に来て、ようむは自ゆんが何の為に連れて来られたのかを理解した。
端的に、教官であるのうかりんは、生徒であるようむに野良を殺せという。
ギュッと手の中の棒を握り締めながら、周りを窺う。
顔を覆う面のお陰で、ようむの顔は周りには見えては居ないが、逆に周りはようむには見えていた。
興味津々といった様子で腕組みしながら自ゆんを眺める教官のうかりん。
そして、野良まりさは何処か懇願する様な目をようむに向けている。
あから様な脅しを掛けて来るのうかりんとは違い、まだようむは何もしていない。
だからか、必死な目が向けられていた。
言葉には成って居ないが、察しは付く。 【助けてくれ】と。
自然と、ようむの息が荒く成る。
肩が揺れるに連れ、見えては居ない筈のモノが見えた。
ソレは、過去の自ゆんと、親の姿。
巨人に襲われ、為す術も無く死んだ母親がようむの視界に広がる。
「……出来、ません…」
肩を震わせながら、ようむは声を絞り出した。
そんな声に、のうかりん眉が片方だけピクリと動く。
「はぁ? あんたさ、自ゆんが言ってる言葉の意味は分かってる?」
確かめるのうかりんに、ようむは俯く。
金バッジである以上、実行可能な命令は絶対のモノである。
それに逆らうという事は、恐ろしい結果を招く。
だが、それでもようむは動けなかった。
バッジを剥奪される恐怖と、過去の恐怖。
それらは混じり、ようむを鎖が如く縛り付ける。
恐怖で動けない生徒に、のうかりんは深い溜め息を漏らすと、スッと動く。
持参の火ばさみと袋を放り出し、生徒から棒を取り上げた。
野良まりさやようむはハッと成るが、のうかりんは止まらない。
「コレもお仕事だからさ、悪く想わないでよね」
詫びとも呼べない言葉を吐きながら、のうかりんは振り上げた棒を下ろす。
「……ゆぶ!?」
瞬きする間に、野良まりさは呆気なくグシャリと潰れた。
「ま、まりさぁ!?」「おとーしゃ!?」
いきなりの事に、箱の中のゆっくり達も騒ぐ。
だが、其処から出る間も与えず、のうかりんは箱ごと中身諸共に踏み潰した。
文字通り、アッと言う間に野良の一家は潰され永遠にゆっくりさせられてしまう。
時間にすれば、ほんの数秒間である。
凄惨な光景に、ようむの全身が粟立つ。
立場も何もかも全て忘れて慌てて駆け寄ると、のうかりんの服を掴んでいた。
「どうして!? なんでですか!?」
必死な声に、のうかりんは目を細めると、手を振る。
パシッと軽い音と共に、ようむの顔を覆っていた面が飛んだ。
よろめく生徒の襟首を、のうかりんの手が掴むと、グッと引き寄せた。
潤む瞳と、そうでない目が合う。
「どうして? コレが、お仕事なの」
ソレだけ言うと、のうかりんはようむを放す。
へたり込む様に尻餅をつく生徒には目を向けず、先ほど放った道具を拾うと、ゆっくりだったモノを片付け始めるのうかりん。
同じ種族の筈なのに、全く違う。
そんな恩ゆんかつ教官を、ようむは呆然と見ている事しか出来なかった。
少し後。
仕事は終わった。 後は帰る訳だが、すんなりとは行かない。
その理由は、ようむである。
しかめっ面なのはいつもと変わりない。
が、この時のようむの目には、同族殺しへの義憤が含まれていた。
キッとした目つきだが、のうかりんはそれには動じていない。
「ほら、サッサと乗んなさい」
なかなかに動こうとしない生徒に、教官として命令をする。
今度の命令に対しては、ようむは一応は素直に従った。
如何にも渋々といった生徒に、のうかりんは肩を竦めると、自ゆんも車に乗った。
*
後は帰るだけ。
その道中、のうかりんはソッと隣の生徒に目を向ける。
隣でシートに座るようむだが、ジッと自ゆんの膝辺りを睨んでいた。
行きの時とは違う様子の生徒に、のうかりんはフンと息を吐いた。
「ね、さっきはなんであんな事言ったの?」
盗っ人にも三分の利という言葉もある。
だからこそ、教官として生徒のする事には責任が在った。
そして、必要ならばそれを解決するのも、教官としての仕事である。
問われたようむだが、ギュッと唇に力を入れた。
下手に口を開けば、何を言ってしまうかわからない。
多くのゆっくりが【口は災いの元】であるとは想っていない。
それに対して、ようむは嫌という程にそれを知っていた。
答えようとしない生徒に、のうかりんは首を力無く振る。
「……ま、大方のところ、相手に同情でもした?」
図星を突かれたからか、ようむは思わずハッと顔を上げる。
上げた先では、細められたのうかりんの目がようむをジッと見ていた。
数秒間、重い沈黙が車内に漂ったが、唐突にのうかりんが目を開く。
「あ! そう言えば、あんたも野良だったんだよね? 失敗しちゃったなぁ」
如何にも【しくじった】というのうかりん。
だが、ようむからして見れば、それはしくじりへの後悔とは思えない。
端から見ていると、模試の問題を少し間違えた程度の反応にしか見えなかった。
教官の態度に、ようむはギュッと唇を噛む。
閉じて居る以上、何も言わないが、その目は雄弁に語っていた。
【何故だ?】【どうしてだ!】と。
「なに? 言いたい事が在るなら言ってご覧なさいな」
のうかりんはそう言うが、ようむは何も言おうとはしなかった。
酷い場面を見たとは言え、恩ゆんである事に変わりはない。
そもそもが、ようむが今こうして居られるのも、のうかりんのお陰であった。
居丈高に成って騒ぐだけなら、野良でも出来る。
「……何も、ありません」
このようむの応対は、在る意味金バッジに相応しい。
多少何が起ころうが、主に逆らうことは選択しない。
何でもないと言い張るようむに、のうかりんはフゥと息を吐いた。
「あんたもさ、プラチナを目指すなら憶えて置きなよ。 世の中、綺麗なだけじゃ生きてなんか行けないってね」
それだけ言うと、のうかりんも口を閉じた。
誰にも教えていない【秘密のお仕事】だが、コレだけが業務でもない。
教官として加工所に居るからこそ、その裏まで知っている。
そして、ようむは気付いて居ないが、のうかりんは一応の便宜は図っていた。
大人しく出て行くのであれば、ソレはソレで何とかする、と。
あのままでは、どの道いつかはあの家族は死ぬだろう。
わざわざ専門家でなくとも、ゆっくりは殺せる。
その辺を遊び回る子供達や鬼威惨にしても、ゆっくりは良い玩具と言えた。
その際、如何様な事が起こるのかは想像に難くない。
ほぼ無抵抗かつ、悲鳴を上げて許しを乞う最弱の饅頭。
それが、世間的な野良ゆっくりの評価の一面なのだ。
そして、その事は訓練所で嫌という程に叩き込まれる。
「……ぁ……」
のうかりんの言葉を聴いた途端に、ふと在ることを思い出すようむ。
まだまだ銅バッジすら貰えなかった未熟な頃。 同期だった幼いまりちゃ。
ゆっくりしたいと願う同族を、ようむは既に見捨てていた。
*
訓練所へと戻ったようむとのうかりん。
「お、お疲れ様です教官」
怖ず怖ずと頭を下げる作業員に、のうかりんはいつもの微笑みを見せる。
「いえ、大丈夫ですよ」
その顔は、ようむに見せたモノとは違う顔である。
ソレを見て、ようむは何故教官が自ゆんに面を渡したのかを理解した。
裏と表の顔。 仕事中とそうでない時。
それを使いこなせるからこそ、のうかりんは顔を隠す面を必要としないのだ、と。
だが、普段の優しい顔を見せて居るにも関わらず、教官であるのうかりんは生徒のようむとは喋ろうとはしない。
ただ微笑みのまま、車に載せて置いた袋の片付けを始めていた。
*
その日の夕方。 ようむは、訓練所のある一室へと呼び出しを掛けられた。
其処は、訓練所の監督者の事務室。
とりあえずと、ようむはドアを軽く叩いた。
部屋の中から「どうぞ」と声が掛かる。
「失礼します」
そう言いながら、中へと入るようむ。
事務室は、意外な程に狭く、あちらこちらに書類が在った。
「あぁ、わざわざ呼び出して済まない。 其処へ掛けて待っててくれ」
そんな声に応じて、ようむは応対用の椅子へと座った。
書類をより分けた監督官は、フゥと一息付くと、顔を上げる。
「すまないね、散らかってて」
「……いえ」
「ああ、呼び出した件だが……」
含む様な言い方をすると、男は言葉を区切る。
その間にも、ようむの顔を見るのだが、しかめっ面なのは変わらない。
「回りくどいのは苦手でな、率直に伝えよう。 野外教官から、君に外仕事は無理だ、と言われたよ」
一瞬ではあるが、ようむは呆けた。
思わず、ホッとしてしまった様に眉から力が抜け掛ける。
「そう、ですか」
あまり残念そうでないようむの声に、監督官は目を窄めた。
「ソレは良い。 向き不向きは誰にも在るからな。 其処でだ、君はどうしたい?」
「え、と……」
戸惑うようむに、監督官は息を吸い込む。
「ゆっくりさせてやりたい所では在るが、立場上そうも行かないのでね。 候補生の君には直ぐに次の仕事を与えねば成らない」
「それは、はい」
別の仕事だと言われても、ようむからすれば【ゆっくり殺し】よりもマシに思えた。
ソレがなんであれ。
「とりあえず、その件に付いては追って伝えよう。 それと……」
「それと、何でしょうか?」
「彼女……のうかりんを悪く想わないでやって欲しい」
監督官の声に、ようむの眉間にシワが寄った。
言いたい事は在るが、口には出さない。
「どうしても手が足りない時、手伝って貰っている。 汚れ仕事をさせてしまっているのは、此方の落ち度だからな」
仕事と言い切る男に、ようむは複雑であった。
以前の野良として生きていた頃に比べれば、今の生活の甘い事この上ない。
それでも、同族殺しの件に付いては納得出来ない部分も在る。
「……発言を、許可願えますか」
訓練所の金バッジである以上、人間と話す際にはお伺いが要る。
ようむの願いに、監督官は「許可しよう」と頷いた。
「どうしても、殺さないと駄目なんでしょうか?」
ようむの声に、監督官はウンと鼻を唸らせる。
「無理に、あんな事しなくても、此処で拾って上げる事も出来るのではないかと」
自ゆんもゆっくりである以上、同族を想うのは普通かも知れない。
遠回しに同族を助けて欲しいと云うようむに、監督官はフゥと息を吐いた。
「最初に君が此処に来た頃、教えたな。 ゲスな個体を育てるのは時間の無駄だ、とね」
「それは……はい」
「気付いて居ないかも知れないから、この際に教えて置こう。 候補生ようむ。 ゆっくりの1ゆん銅バッジに育てるのに、どれ位掛かると想う?」
急な質問に、ようむは目を伏せた。 恐らくは金銭の事だろうと、察しを付ける。
「たぶんですが、10万円……ぐらいかと」
ようむが恐る恐る監督官を見ると、彼は小さく首を横へと振っていた。
「金額的にはそれぐらいだろうな。 だが、実際には千から二千程のゆっくりが必要に成るんだ」
監督官から発せられた数字に、ようむは目を丸くした




