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奇妙な通行人

少し長めです。

 それから僕は任務の片手間、中堅貴族っぽい出で立ちをしたエンヴィを用い行動を開始した。

 とは言っても、未だ僕はこのシスキマで幅を利かせているらしい奴隷商人Xの身元はおろか、どのようなルートで市場を開いているかなど何一つ分かっていない。彼と接触する方法があるとすれば、それは向こうから声を掛けてきたときだ。なので、しばらくはエンヴィをシスキマから遠い離れた地からやってきた野心家の貴族という設定で、町に知られるようになるために行動を開始した。ポイントは、出来るだけ権力を求める腐敗した小物貴族といった、Xからすれば格好のカモとなるような人物像を町に流布することだ。そのために、つい先日偶然入手できた新しい僕の奴隷が役に立つ。


「カナキさん、最近町で噂になってる貴族のこと知ってます?」


 その存在が町で噂されるようになったのは、僕がエンヴィを首都から呼び戻した二週間後、つまり僕がシスキマに来てから一ヶ月が経ち、街の生活にもだいぶ慣れた頃だった。

 時刻は昼過ぎになり、祈りを捧げに来る信者たちの足も途絶えた頃合いだった。一緒に庭掃除をしていた神父見習いのカイルが、前の話が終わったタイミングでそんなことを切り出してきた。


「そんな噂があるってことは知っているけれど、具体的な話は分からないなあ」


 全く知らない素振りをするのではなく、少しだけ知っている感じを装うことは白を切るときの秘訣だ。

 事実、カイルはそれを聞くと待ってましたとばかりに話し始めた。


「俺もさっき町に出たときに聞いたんですけど、ちょっと前に町にやってきたカイエンっていう貴族がとんでもない奴らしいですよ。なんでも、いつも奴隷の男たちを従えているんですけど、その扱い方があまりにも乱暴なんですって。それも国が扱う公共奴隷ならまだケチのつけようもあったんですが、それがその貴族お抱えの個人奴隷だから、憲兵たちも頭を痛めてるそうで」

「その人は奴隷の扱いがそんなにひどいのかい?」

「ひどいってものじゃないですよ! あんまり乱暴に扱うからか分からないけど、三日に一人は取り巻きの奴隷を取り換えているんです! その奴隷だって、いつも体はぼろぼろだし……」


 どうやら僕の演出通り、町の人々はエンヴィが化けるカイエンなる男は奴隷をとっかえひっかえおしていると思っているようだ。手駒となる男たちは四人しかいなかったので、町の人達にそのような勘違いをしてもらうため彼らの顔を魔法で変えていたが功を奏したようだ。

 そんな自分の成功の喜びをおくびにも出さず、僕は神父らしく、なんとも痛ましい話を聞いたものだ、という顔で沈痛な声を出す。


「それはひどい……。しかし、そんなに奴隷をとっかえひっかえするとは、そのカイエンという男は、相当大きな貴族の出なのかな」

「それが、カイエンの家名はヴィヴィラーシュなんですけど、そんな名前の貴族はここらへんじゃ聞いたことないんですよね。だから、いまいちそのカイエンの話も本当なのかどうか……カナキさんは知っています?」

「ヴィヴィアーシュ……確か北部の方にそんな家名の貴族があったような気がするな」


 僕は用意していた解答をさも思い出したかのように述べる。ちなみに、ヴィヴィアーシュという家名の貴族は実際に北部に存在するが、カイエンという名の男は先のウラヌス防衛戦で基地を奇襲された際にひっそりと死亡している。


「えっ、本当ですか! それじゃあ、やっぱりカイエンってやつの話も本当なんですね……」

「かもしれないね。君も、そんな奴がいるなら今後町に出るときは気を付けた方がいい。どんな理屈で因縁を付けられるか分かったものじゃないからね」

「はい、分かりました!」






「――ナキさん、カナキさん! 聞いてる?」

「――ん」


 耳元で聞こえた少年の呼び声で我に返る。

 室内を見渡すと、そこは僕達が関所に詰めているときに通されるいつもの部屋。首を巡らすと、隣で胡乱げな目で僕を見上げる少年の顔が一つ。


「カナキさん、さっきからずっと呼んでるのに全然応えてくれない。最近こういうこと多くない?」


 僕の使い魔であるエンヴィには知性がない。そのため、簡単な命令以外は僕が直接操らないといけないので、カイエンが町で悪評を広げるためにお散歩するときは、僕はいつもそちらに神経を割かねばならないため、周りからすればぼーっとしているようにどうしても見えてしまうのだ。


「ごめんごめん、ちょっと考え事してて」

「疲れてるんじゃないですか? ここのところ教会の仕事も忙しいでしょうし」


 部屋の中には、現在の関所警備を担当している僕の班のメンバーが全員揃っていた。勝ち気なアックス、気の利くフレシア、物静かなグレイ、ティリアにべったりのマカロン、そして外道神父の僕を入れて五人編成だ。

 今僕を気遣いお茶を出してくれたのがフレシア、耳元で僕を呼んだ少年がグレイ、日本なら中学生くらいのこの二人だが、部隊の奴隷たちの中では年長者だ。総じて部隊にいる奴隷の少年少女は歳不相応の能力の高さを有しているが、この二人もまた、任務を進めるうえで役に立ってくれることは非常に多い。


「結局、病院の新しいお医者さんってまだ見つかってないんですよね? だから怪我とかしても、病院じゃなくて大尉のところに真っ先に来るのは分からなくもないんですが、教会の仕事に加えて怪我人の治療も入ると、やっぱり忙しくないですか?」


 お茶を淹れ終え、事務仕事を再開したフレシアが、対面から尋ねてくる。彼女は奴隷にしては珍しく字も読めるため、ティリアほどではないにせよ事務仕事関係も丁寧にこなしてくれるので重宝している。


「まあ忙しいのは事実だけど、そのぶんやりがいも感じているよ。今までは戦場で指揮を執ることが多くて、こういう普通の仕事はなかなかさせてもらえなかったからね」


 最近は教会内の人心掌握も順調に進んでおり、カイルに至っては、既にロイ以上に僕を信頼しているのが伝わってくるほどだ。


「そういえばカナキさんって転移者だったよね。こっちの世界に来る前はなにしてたの?」


 隣に座るアックスが椅子を後ろに傾け、バランスを取りつつお茶を飲むという何かよく分からない遊びをしながら僕に問いかけてきた。フレシア以外の三人は字が読めないので、有事の最以外は結構暇なのである。


「前の世界では学校の先生をしていたよ。年齢的には、君たちよりもう少し大きな生徒たちを教えていたけどね」

「え、カナキさんって先生だったの」

「……でも、何か分かる気がする」


 驚いてバランスを崩したアックスと、テーブルから視線を上げたグレイ。グレイとマカロンは今、机に広げられた参考書を使って字の勉強をしているところだった。


「学校かぁ。でもいいなぁ。私も学校通ってみたかったです」


 それまで黙々と勉強していたマカロンも、この話題は気になったのか、鉛筆を持つ手を止めて頬杖をつく。そこで僕は、至極当たり前のことを思い出した。


「そうか、君たち学校に行ったことがないのか」

「事情は違えど、大体俺たちは物心つく前には奴隷だったからなー。あ、でもフレシアは違ったっけ」

「うん、私は十歳くらいまでは普通に学校に通えてたかな。そのあとうちの店が潰れちゃって、公共奴隷になったんだけど」

「親に売られたパターンかぁ。それが一番多いよな」

「でも、公共奴隷の方で良かったよね。エイラさんの班にいるアルトは個人奴隷から公共奴隷になったんだけど、ウラヌスで一日一食食べられるってきいたとき号泣してたもん」

「あー、あのときすっげえ泣いてるやついるなぁと思ってたけどあいつだったのか」


 いや、世間話みたいに話してるけど重たすぎだよ。

 中、小学生の歳の子どもたちの会話とは思えないような辛い過去の話に、僕はどんな顔で話を聞いていいのか分からなくなる。過去、いじめ経験を持った生徒を持ったことがあるが、これはその非ではないような気がする。


「ちょっとみんな、今は仕事中なんだから無駄話はそこまでにして手を動かしなさい。アックスも、さっきから遊んでるけど、何か仕事しなさいよ」

「っても、俺がやるような仕事なんてないだろ?」

「ちょっとはマカロンとグレイを見習って字の練習でもしたら? あんたこの中じゃ上の方なんだし」

「嫌だよ、どうせ奴隷はロクな仕事に就けねえんだ。やるだけ無駄だろ。それよりもカナキさん、仕事といえばあれしましょうよ、特訓!」

「特訓って……体捌きの練習のことかい?」


 それ別に仕事じゃないし、むしろ僕のやってる仕事が出来なくなるんだけど。


「それ別に仕事じゃないし、むしろ大尉の仕事増やしてるだけだと思うけど」


 僕が思っていたことをそのまま言うグレイ。でも、言うんだったらアックスにも聞こえるくらいの大きな声で言って欲しい。


「カナキさんって体術めっちゃうまいじゃん! 俺にもあれ教えてくれよ!」

「君たちは銃だって持ってるし、どちらかといえばそっちの練習の方がいいと思うんだけど」


 面倒くさいので一応反論してみると、アックスは拳を握り、力強く僕に力説する。


「銃に頼るなんて、男じゃないっすよ!」


 真顔でこんなこと言う人って本当にいたんだ。

 僕が小さな驚きに包まれていたそのとき、廊下から足早にこちらに歩いてくる音が聞こえた。


「行商人がきた! 何を暢気に座っている、早く降りてこい!」

「あ、やべ」


 部屋に取り付けられた窓から下を見ると、確かに大きな馬車が関所の前で止まっている。

 いつもなら窓から通行人が見えた時点で下に降りなければならないのだが、今回は話に夢中で失念していたのだ。

 関所を管理する憲兵は軍隊とは構造や階級も違うため、基本的に仲はあまりよくない。肩を怒らせながら部屋を去っていく憲兵の姿に僕は肝を冷やしながら、急いで後を追う。


「……うわ、こりゃまたすげえな」


 そして、外に出て関所の前に並ぶ馬車を見たとき、遅れてやってきたアックスがそんな言葉を漏らした。

 関所に止まっていたのは、見たことのないくらい大きく、そして立派な馬車だった。今は関所を通る人数に偽りがないかを確認するために、憲兵たちが荷台に乗った人達を全員下ろし、数を数えている。

 そして大きな馬車と同じくらいに気になったのが、荷台に乗っていた人達の身なりの良さだ。正直言って、ここにいるアックスたちはおろか、割と上等な軍服を着ている僕よりも、彼らの着る服は上質で、そこらの貴族とも張り合うレベルのものだったのだ。


「みんなすげえ恰好だな。全員貴族か?」

「または見栄を張りたい貴族が、侍従たちの服も豪華にしたってところかしら。それよりも早く持ち場に行くわよ」


 フレシアのきびきびとした指示で、アックスたちは荷台を取り囲むような位置に移動する。何か不審な動きがあった場合は僕に報告するか、緊急を要するならば彼ら独自の判断で行動しても良いことになっている(無論奴隷階級なので、判断を間違えれば重罪は免れないが)。

 だが、僕が見る限り、荷台に乗っていた連中に不審な動きはない。憲兵の言葉に従順に行動しており、その服の華美さを除外すれば、特に怪しい点はない。


「……ん?」


 しかし、荷台に乗っていた人たちが全て降り、憲兵がそれを一列に並べて、事前に出された申請書と見比べていた時に、僕はあることに気づいた。

 ――随分と子どもが多いな。

 荷台にいた人数は数えてみると全部で二十六人と随分な大所帯であったが、そのうち半数以上は、まだ十代にも届いていないであろう子どもばかりだった。

 彼ら全員が貴族ということは考えづらいし、見た目もバラバラだ。ならば先ほどフレシアが言った侍従という線も考えられたが、僕はその子どもたちの様子にひっかかるものを覚えていた。


「あの、大尉。荷台に乗っていた者含め、特に怪しい素振りは今のところありません、ただ……」


 僕と同じことを思ったのだろうか。近くにいたフレシアが僕にそう報告したが、語尾を歯切れ悪く濁らせる。


「フレシア君も何か感じるかい?」

「はい、その、特に何が変ってわけでもないんですが、あまりにも元気がないっていうか」

「うん、あまりにも大人しすぎる……いや、覇気がない」


 まるで完敗した戦場から帰って来た敗残兵のような瞳だ。パッと見たところ、体に異常はないし、それこそ身なりだってきちんとしているのに、彼らからは子ども特有の、あの溌剌とした命のエネルギーを感じなかった。


「あ、そうか」

「? どうしました?」


 子どもらしくないあの雰囲気。あれをどこかで見たことがあると思っていたが思い出した。

 あれは、ウラヌスで初めて会った時の彼ら、フレシアたち少年奴隷兵と同じ雰囲気なのだ。

 とすると彼らの身分も……。


「――ようやく来たのか」

「?」

「ああ、ごめん。なんでもないよ」


 さっきから一人でぶつぶつ言っている僕を困惑した顔で見つめるフレシアに、僕は安心させる笑みを浮かべる。

 もし彼らが僕の予想通り奴隷ならば、これだけの人数にあそこまで上等な服を着させることが出来る者など限られている。例の奴隷商人Xだ。

 見たところそれらしい人物は馬車には乗っていないが、それならば既に町に潜伏し、どこかのタイミングで彼らを回収するはず。例え空振りでも、目の前の馬車がきな臭い事案であることは明らかだ。マークしておいて損はない。


読んでいただきありがとうございます。

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