待ち人来る
そしてこの予想は、その後見事に当たる結果となった。
関所で不審な馬車を通した次の日、僕が珍しく酒を飲まず、自室で本部宛ての面倒くさい報告書を書いているとき、カイエンとして他の宿に泊まらせているエンヴィに反応があった。
どうやら、カイエンへ来客が来たようだ。こんな夜中にカイエンを訪ねてくる来客など心当たりは一つしかない。
僕は報告書を作る作業を中断すると、エンヴィを直接操作するべく、意識を集中させる。眼前にあった報告書は瞬く間に遠くなっていき、やがて見慣れないクリーム色の壁が目の前に出現する。五感をエンヴィと同調することが出来た証拠だ。
そのとき、タイミング良く扉を丁寧に叩く音が聞こえた。
「入れ」
僕が言葉尻に傲慢さを漂わせて入室を許可する。自分の喉から発せられた声が全く聞き覚えのない声だというのは何度やっても不思議な気分になる。
「失礼します」
入ってきたのは、一見どこにでもいそうな商人風の恰好の男だった。こいつが奴隷商人Xだろうか。いや、流石にこんな場所に単身では来ないか。
「カイエン・ヴィヴィアーシュ様でございますね? わたくし、このあたりで商いをさせてもらっていますドリコと申します。まず、突然の来訪をお詫びさせてください」
「フン、普段ならば貴様のような名も知らぬ商人など会う気も起きないがな。今日は機嫌が良かったのだ。幸運だったな」
「ええ、この幸運をわたくしに与えてくれたことをエーテル神に感謝申し上げます」
ドリコと名乗った商人は、芝居がかった仕草でその場で祈りを捧げると、今にももみ手をしそうな低姿勢で僕を見上げてきた。
「ところでヴィヴィアーシュ様、今回わたくしがこうしてお会いさせて頂いたことは他でもない。あなた様にわたくしの方でお力になれることがあると思い、こうしてお時間を取らせていただきました」
「ほう」
待ち人来る、だね。僕は内心ほくそ笑む。
「言ってみろ。こうして貴様程度の商人に時間を割いたのだ。つまらない話ならば容赦せんぞ」
「ご安心ください。これは決してヴィヴィアーシュ様に損をさせる話ではございません。今回わたくしがお話したかったのは、ヴィヴィアーシュ様の奴隷についてのお話です」
「ほう?」
どういうことだ、と暗に述べるようなニュアンスで僕は首をかしげる。
ドリコはその反応に、口の端を残忍なまでに歪ませて、まくし立てるように話し始めた。
「ヴィヴィアーシュ様が多くの奴隷を既にお持ちになっていることは伺っております。しかし、奴隷というのは使っていればいずれは衰え、使い物にならなくなっていくというもの。そこで、わたくしの方から質の良い個人奴隷の調達、斡旋をお任せして頂きたいのです」
「つまり……貴様は奴隷商人ということか?」
「いえいえ、とんでもございません! わたくしはあくまで奴隷をあなた様にお渡しするだけであり、金銭を受け取ることはありません!」
「ん、どういうことだ?」
それではこの男に何のメリットもないではないか。予想外の切り替えしに、僕は正直に疑問を口にする。
「ですから、あくまでわたくしは奴隷……この言い方も問題ですな。“金銭のいらない働き手”を提供するだけなのです。ただ、その代わりと言ってはなんですが、ヴィヴィアーシュ様の方で、何か物入りになりました際、わたくしの商品を優先して購入して頂きたいのです」
続けられたドリコの説明で僕は合点する。
つまり、この奴隷商人は無償で奴隷を提供する代わりに、自分の商品を購入させ利益を図ろうということか。その商品についても、おそらく市場価格ではあるまい。きっと、奴隷を無償で提供する代わりに法外な値段を要求するのだろう。確かにこれならば、奴隷を売買することにはならないが、単なる屁理屈と言って相違ないだろう。
だが、僕はこの誘いをずっと待っていたのだ。目の前のドリコと名乗った男が奴隷商人Xとは考えづらいが、ここで手を結んでおけば、いつかは奴に辿り着くことも出来るだろう。そう、これはいわば潜入捜査なのだ。もちろん、決して僕自身が奴隷を飼ってみたかったとかそういうわけではない。
「フン、そういうことか。貴様ごとき商人が考えそうなことよな」
僕改めカイエンは、言葉とは裏腹にまんざらでもなさそうな雰囲気を出す。そのうち役者としてスカウトが来るかもしれないね、僕。
カイエンが乗り気だということを感じ取ったのだろう。ドリコもここぞとばかりに身を乗り出し、覗き込むようにカイエンを見上げる。
「どうでしょうか?」
「まあ、前向きに検討しておこう」
「申し訳ありませんが、今ここでご決断をお願いします。もしここでご了承していただければ、その対価としまして、今この場ですぐに奴隷を一人お近づきの印としてお送りさせていただきます」
憲兵に駆け込むことを防止してだろう、ドリコは今ここで答えを出すことを求める。確かに、今ここで僕が断れば、まだドリコの素性など分からないままだし、了承して奴隷を一人もらえば、その時点で僕も共犯となってしまう。奴隷商人の尻尾をなかなかつかめないことはずっと疑問だったが、このような方法を取っていたなら末端はともかく、奴隷商人たちを仕切っているXを捕らえることは困難だろう。
「……分かった。では、お前の話に乗るとしよう」
どのみち、ドリコの話は了承する予定だったのだ。ここで奴が返事を催促してきたのはむしろ好都合というものだろう。僕の方からこの場ですぐに即答してしまえば、喰いつきの良さに向こうが警戒するかもしれなかったからだ。
「ありがとうございます! それでは、早速前払いの奴隷をお選びください!」
そんな心配も杞憂だったか、僕の返事に喜々とした様子でドリコは鞄をまさぐる。ていうか、もう前払いとか言っちゃってるし。うん、こいつは確実にXではないな。
「これが今すぐお渡しできる奴隷の写真と、簡単なプロフィールでございます」
やがて渡された紙には、ドリコが今話した通りの内容が羅列されていた。
そこに書かれているのは、若い男女、というか子どもが多く、特に小学校くらいの歳の子どもが大半だった。
僕は興味本位でドリコに訊ねてみる。
「ちなみに、この奴隷たちはどのようにして仕入れているのだ?」
「それは商売に絡む話なのでお答えしかねますが……足はつかないということは保証させていただきます」
このあたりは流石にしっかりしているようだ。もしかしたらマニュアルとかがあるのかもしれないね。
とにかく、ここまで警戒していることをアピールしておけば十分だろう。僕はドリコから受け取った紙を眺め、適当に目に留まった子を指さす。
「では、これを貰おうか」
「承知いたしました。では三十分後にこちらに書かれた指定の位置までお越しください。そこでそれをお渡ししましょう」
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