52 終宴
「話とは私からではなく、倅から伝えてもらうことにしよう」
足の悪さを感じさせないゆったりとした歩みで、南方領主サーザン・リューコが進み出る。人々よりも高い位置にあるために、そこから放たれる威光に大広間は静まり返った。
「ははは。皆、そう構えんでもよい。年寄りの出番はこれまでじゃ。ほれ、向こうを見よ」
その言葉でようやく人々は領主の席の前の二人がいないことに気がついた。
「皆、俺から報告がある」
中庭の方からよく通る声が響いた。
はっと人々がそちらを見ると、松明が中央の噴水の周りに集められ、さらにその真ん中にティガールとそれに寄り添う小さな姿があった。
「今宵のお運びに感謝する。俺の話を聞いてほしい」
ティガールがレイフェリアの腕をとり、一歩前に進み出た。
「南方領主後継サーザン・ティガールは、こちらにおられる前北方領主、エイフリーク殿の一人娘、ノーデン・レイフェリアを今秋、我が花嫁として迎えることとする」
一瞬空気が固まったような間が空いたのち、人々は声を上げた。
「おお、やはりあのご令嬢が!」
「ご後継殿自ら、北方まで迎えに行ったと聞いている、よほどのご執心であったか」
「しかし、ティガール様が北方と関わり合いがあったとは聞いてはおらんが」
「いやとにかく、めでたい。今まで随分と若い娘の心を騒がしてきたティガール殿がやっと身を固められるというのだ」
「風変わりだが美しいご令嬢ではないか」
護衛士のヒューマが拾う男たちの声はこんなものだった。大方は予想通りの反応である。しかしヒューマにもずかずかと入りにくい一画があった。
南方貴族の令嬢達の集団である。その一角だけは、豪奢で華やかな雰囲気とはかけはなれた刺々しさに包まれている。
「なんなのあの子!」
「目障りだったカラカ様がやっといなくなったと思ったら、突然現れていきなり婚約者ですって?」
「まったく何様のつもりかしら!」
「後で色々お伺いに行ってみない?」
──うわぁ、怖い。レイ様、ご用心を〜。
戦いでは勇敢な若者も、南方女子の開けっぴろげな気の強さにはさすがに辟易して、とてもその中に入っていける気がしない。下手をすれば、こちらに火の粉が降りかかってきそうなのだ。
しかし中庭では周囲に頓着しようとしないティガールによって、いよいよ婚約の儀式が行われようとしていた。
「受け取れ。我がつがい」
ティガールはレイフェリアの望み通り、加工していない岩石に包まれたままの紅玉を懐から出して、両膝をついて自分のつがいとなる女に捧げる。持ちやすいように岩石には金の鎖が繋げてあった。受け取ったレイフェリアは彼の熱が宿った宝石を頬に押し当て、唇で触れた。承諾のしるしである。
「喜んでお受け取りいたします」
レイフェリアが掌に乗せて掲げると、赤い宝石は松明の炎を受けて燃えるように輝いた。
わぁっ!
周りの人々から歓声が上がる。
首飾りにするには重い石をレイフェリアは鎖で帯に巻きつける。青い衣装に赤く輝く石がひときわ映えた。
いつの間にか壇上から降りてきていたリューコも息子の横に立っていた。似ていないと思えた二人だが、こうして並んで立つと、雰囲気のよく似ている父子だった。
「ご領主様、おめでとうございまする」
「おめでとうございます、ティガール様」
人々が赤い酒を飲み干す。色は美しいがそれなりに強い酒だったらしく、場の空気は一気に盛り上がった。
「これで南方領土もますます安泰でございますな」
「ティガール様、レイフェリア様! さぁ最初の踊りを!」
広間の一隅にいた楽団が陽気で情熱的な曲を演奏し出した。それはレイフェリアにとって初めて聴く曲だが、曲どころか踊ることも初めてなのだ。
「ティー、私こんな曲で踊れない」
舞踏があるなら、予め教えておいて欲しかったと思うが今更である。
こちらの風習を知らないルーシーは言うに及ばず、長いこと城を空けていたマヌルも衣装のことが頭を占め、レイフェリアが南方の舞踏を踊れないことに考えがまわらなかった。まさかの大失態である。ティガールに至っては舞踏など、どうでもよかったので問題外だ。
「心配するな。お前は自由に動けばいい」
──そんなこと言ったって、何をどうすれば……!
レイフェリアとて、元は北方領主の令嬢だから子供の頃に舞踏は学んでいたが、それは北の民族舞踊と王都で行う一般的な舞いだけで、こんなに速く激しい曲調は知らない。
「さぁ、こうだ! 存分に舞え!」
ティガールはレイフェリアの腰を掴んで宙に放り投げる。仰天したレイフェリアだったが、なんとか空中で姿勢を整え、綺麗な弧を描いてふわりと着地した。すかさずその手を取ったティガールが、くるくると回転させる。青い服の裾が翻り、白い脛が露わになった。
夏の花々の中に咲く、北国の青い花。
しかし、当のレイフェリアの思いはもう成り行きとやけくそだった。
何度も何度もレイフェリアは脚力を発揮して宙に跳び、体を捻ったり回転してティガールの腕の中に収まった。それはさすがの南方の人々も初めて見る舞いで、おとなしやかに見えたレイフェリアの驚くべき能力に魅入っている。
松明が照らす中庭で二人の舞いは、幻想のような影を描きながら曲が終わるまで続いた。
息を乱してレイフェリアがティガールの腕の中に飛び込んだ時、周囲からは先ほどのウンピョウの軽業の時を凌ぐ拍手が巻き起こった。
「いやはや! すごいものを見せていただいた!」
「これは見たことのない舞踏だ!」
「北国の姫は蝶か鳥か?」
周りに群がるのは主に男性達である。
涼しい顔のティガールに対して、息が上がってしまったレイフェリアはろくに挨拶も返せない。小腰を屈めて微笑むのがやっとである。しかし、それすらティガールは不愉快そうに、自分の後ろにレイフェリアを隠し、男たちを睨み付けている。さすがに、獰猛な獣そのものの彼にはむかってまで、レイフェリアに声をかける勇気のあるものはこの場にはいないようだ。
「お飲み物を」
オセロットが恭しく銀の盆を差し出した。優美な形の二つの硝子の杯に先ほどの赤い酒が入っている。
「……」
ありがたく口をつけたレイフェリアは、その強さに少し驚いたが、のどが渇いていたので飲み干した。酒の伝い落ちた部分から体が熱くなる。
「ここの酒は初めてだろう? どうだ?」
「……美味しいです。北にも強いお酒はありますが、また違った風味ですね」
「そういえば、北方で飲んだ酒はかなり重い口当たりだった。さすがに寒い地方の酒だと思ったものだ」
「体を温めるものですから。ほら……ティガール様、皆さま方がいらっしゃいました。私はここで休んでますからどうぞお客様のお相手を」
舞踏の間は歓談の間でもあるので、次代の領主に近づきたい者たちが次々に集まってくる。王都の貴族や商人達だ。今までティガールはあまり社交に関心が無かったのと、城での宴が久しぶりだったので今まで個人的な繋がりがなかったのだが、豊かな南方領主後継に名前や顔を売り込んでおきたいものは大勢いるようだ。
「いや、俺は……」
「レイフェリア殿の言われるとおりだ。倅よ、ここはひとつお前の手腕を見せてみよ。私は上で見ているほどに」
リューコは意味ありげに息子の背中をどやしつけて、オセロットとともに下がった。振り返ったオセロットはレイフェリアにやや同情的な視線を投げてくる。少し離れたところではヒューマとウンピョウが心配そうに、こちらを見ていた。
──ああ、なるほど。つまりこれは私にとっても腕の見せどころという訳なのね。
レイフェリアもさっきからきつい眼差しでこちらを見ている令嬢達に会釈する。それをきっかけに彼女たちが傍までやってきた。いずれも自分の肢体の曲線をさりげなく見せる、南方の衣装をまとっている。薄い布地を重ねあわせる美しい衣装ばかりだが、見事に暖色系の色目ばかりだ。さながら満開の花園のようである。
「はじめまして、私はリンクスと申します。父は城の衛士長を務めておりますの。ご存知でしょう?」
「私はマンチカと申します、レイフェリア様にお初にお目にかかります」
「私ははアビシニア」
「ソマリですわ」
息もつかせぬ勢いの自己紹介だ。
「皆様、はじめまして。レイフェリアでございます」
あっという間に周囲を取り囲まれ、ティガールと離されてしまったレイフェリアだが、ある程度は想定していたことなので慌てることはなかった。
「レイフェリア様は、どうやってティガール様を射止められましたの? 私たちもうずっとカラカ様が独り占めなさるので諦めかけていましたのよ」
「そうですわ。でも、ティガール様はずっと私どもの憧れの方でしたの」
「カラカ様を西方へ追い返したって本当ですの?」
「あの方も無邪気を装って結構やり手でしたのに、それ以上の手練手管をお使いになったということかしら?」
「そういえば、先ほどの踊りもなんだか曲芸みたいでしたものねぇ。あの技でティガール様のご興味を引かれたのですか? ぜひともご教授を」
矢継ぎ早に質問が浴びせられる。そのすべてに毒も棘も含まれている。
彼女たちにしてみれば、ずっと憧れていても近寄りがたかったティガールを、どこからともなく現れた娘に掻っ攫われたという心境なのだろう。彼女たちの口調からしてみれば、カラカのことも邪魔に思っていたのに違いない。
「身が軽いのは我が家の伝統なのです。ティガール様は王陛下の推挙を受けて、北方まで私を迎えにこられたのですわ。カラカ様のことは私はよく存じませんのでお答えできかねます」
レイフェリアは言葉を選びながら、彼女たちの質問を躱していった。この程度のことでおろおろしていたら、これからティガールの横に並び立つことはできないだろう。
「その地味なお衣裳は北方風ですの?」
「ええ、私が持ってきた染料でこちらに来てから染めました」
「まぁ、次期ご領主の花嫁となられる方が、染め物職人の真似事を?」
「はい。私は北と南の交流の架け橋になればと思って、これからは北方の産物などもご紹介していきたいと思っております」
「こんな地味な色を誰か欲しがるかしら?」
リンクスと名乗った令嬢が疑わしそうに言った。この娘がこの一団で一番発言力があるようだ。
「まぁ、リンクス様には上品とか、風雅という言葉をご存じありませんか?」
「なんですって!」
「青は空や水を示す色。太陽を象徴する赤も朱も、確かに美しいけれど、せっかく女に生まれたのですから、自分に似合う色をいろいろ試してみたいではありませんか。衣装でなくても、小物や宝石に使う青や緑は、赤いお衣裳に映えますわよ。ほら」
レイフェリアは自分のつけていた青い髪飾りを外して一人の令嬢の衣装の胸元に合わせた。それは確かに美しく映え、その令嬢も周りの娘たちも一瞬息をのむ。
「赤と青は上手に使えば、お互いを引き立てあうのですわ」
レイフェリアも自分の腰につけた紅玉を見下ろし、そして顔を上げて周りを取り囲む娘たちを見渡した。
「これからは青い石も染料も北からどんどん入ってきます。ログウッドの素敵なお店で良い商品に仕上げてもらって、皆様にも身に着けていただきたいと思います」
「……」
「それが私の役目だと思いますの。皆様どうぞよろしくお願い申し上げます」
そう言ってレイフェリアは堂々と頭を下げた。
「ふむ、倅よ。お前の花嫁は、お前よりも群がる者どもを、うまくあしらっているようではないか」
リューコがおかしそうになんとか客の相手をし終えた息子に声をかけた。こちらは一人に一言ずつ言葉をかけただけのようである。
「ふん、あたりまえだ」
「これは王都に行っても楽しみであるな」
「楽しいことばかりではないがな。フェリアには悲願がある」
「それはそうだが、どちらに転んでもあの娘は己を律しつつ乗り越えると思うぞ」
「ああ、そうとも。俺たちはこの宴が終われば王都に発つ。親父殿、俺の報告を楽しみにしているがいい」
そう言ってティガールは花嫁を自分の腕に取り戻すべく、大股で花園へと入っていった。
「ふふふ、見ものじゃて。では年寄りは下がらせてもらうとするか」
そういいながらリューコは、目立たぬように中庭から別の道を通って自室に引き上げようとしたが、ふと途中で足を止めた。
「おぬしか」
「ご挨拶が遅れてまことにすみませぬ。南方のご領主」
黒い服の男がひっそりと声をかける。
「いや構わぬよ。今こうして言葉を交わしているのだからな。東方の大使よ」
「恐れ入ります」
「そなたの主殿は息災かな?」
「おかげをもちまして。我が主もそろそろ王都に向かっている頃でございましょう」
「そうか。舞台は回ると言う訳か……よろしく伝えてくれ」
「は、左様に致します。南方のご領主様。今宵はこれにて失礼」
男は華やかな中庭の様子をしばらく眺め、それからふっと姿を消した。
「せいぜいうまくやるのだぞ。二人とも」
リューコは、中庭で客たちに囲まれているレイフェリアとティガールをしばらく見つめてから、明るい宴の間を後にした。
この夜を以って、南方領主後継ティガールと、前北方領主の娘レイフェリアとの婚約が成立したのである。
アイスダンスかペアフィギュアのノリの舞踏でした。
そしてみんなネコ科の名前なの、わかりますか?
これにて二章終わり! 後半かなり苦しい思いで書きました。何か書き残しはなかったでしょうか?
次からは王都編が始まります。
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