51 赤夏の宴
カラカとナドリネは、雨季の終わらぬうちに紅鷲城から去っていった。
レイフェリアは見送ることはできなかったが、リューコはたくさんの護衛を付けて、数台の馬車を連ねた立派な一行だったということである。
そして──。
ひと月ほど続いた雨期が終わり、南方領土は華やかな夏を迎えようとしていた。
昼間の気温は北国育ちのレイフェリアにはなかなか耐え難く、ログウッドの街に出かけるのはもっぱら夕方になってからである。
そう、彼女は商売に精を出しているのである。
最初に行くのは薬屋だ。
レイフェリアが北方から持ってきた薬草は、城の北の涼しい場所で育てている。雨期の間に育ったものを乾燥させて売るのだが、これが評判がよく、南の地では珍しいものもあって、持って行った分はいつでも全部買い取ってくれるのだ。最初は気難しいと感じた老店主もレイフェリアの知識欲に負けて、今では専門的な話をたくさん教えてくれる。
また、宝飾店主ともかなり懇意になった。青や緑の石は殆ど全部売ってしまったが、レイフェリアの描く装飾品の意匠が評判で、髪飾りや首飾りなどの意匠を描いた画帳ごと買い取ってもらえるのである。宝飾店の店主ともすっかり親しくなっていて、息子の嫁にならないかという話もあったほどである。(もちろん丁重にお断りした)
もっとも彼らはまだ、レイフェリアが領主後継の恋人であるとは知らないのだが。
「これでなんとか赤夏の宴までには、身につけるものを全部用意できそうね」
レイフェリアは今日の稼ぎを数えながら言った。我ながら商魂たくましいと思う。
最初に街へ降りたときに売った輝石の代金で、なかなか良い生地が買えたので、今それをマヌルとルーシーに仕立ててもらっている。あとは靴や装飾品を購入しないといけない。
ティガールがいくら用意すると言ってもレイフェリアは絶対に譲らなかった。住むところも、今だに氷室を改修した裏庭の小屋である。
「最初にご領主様に挑戦されて受けてたったのだから、それは最後まで完遂したいの。だからこれはいらない」
目の前に広げられた数々の豪華な布地を尻目に、レイフェリアは毅然と言い放った。残念そうな顔をしたのはオセロットとティガールである。
オセロットなどは「男というものは、ご婦人の身につけるものを全て自分で用意したいものなのです。その……その先のことも考えて」などと、よくわからないことも零していたが、レイフェリアは全く頓着しなかった。
「さて、どんなのにしようかなぁ」
輝石を売って買った布地は最高級の木綿で、まるで絹のような手触りだ。暑い地方ではあまり絹は着られないが、宴となれば別だろう。しかし、絹地を購入するには金子が足りない。だからレイフェリアは真っ白な木綿を買って自分で染めることにしたのだ。染料は故郷から持ってきた青を染め出す植物だ。
「この地方では赤系の布地が多いから、あえて青に染めようと思うのよ。それで、その上に小さな輝石をたくさん縫い付けたら綺麗じゃないかしら? 手間はかなりかかるけど、昼間の時間がたっぷりあるし。ここは涼しいから仕事が捗るわ」
「まぁ、素敵ですわ! 私の家では染物をしていましたからお手伝いします! 濃さを調節して段階的に染めると華やかになるわね」
ルーシーが言うと、
「じゃあ、私は細かい輝石を縫い付けますわ。裾と袖口と……胸元にも少し。きっと夜の星のようにきらきら輝きますわよ! こんなお召し物は見たことがないってきっと大評判になりますよ! 残った布で髪飾りも作りましょうね。ああ、腕が鳴ります!」
マヌルも張り切ってどんなふうに仕立てるかを考えている。暑い時期の宴なので、ご婦人方は自慢の肌や曲線をどんなふうに魅力的に見せるかを競うのだそうだ。
張りきる侍女二人にレイフェリアはあまり過激なことはしないようにと、念を押した。
次は履物である。これも自分で作るのだ。
レイフェリアは宝飾店の隣の革細工の店から余った皮を安く買った。それを青に染めると手先の器用なウンピョウが膠で何重にも皮を貼り合わせて裁断し、それが靴底になった。
ヒューマも負けじと柔らかい皮を細く切ってくれたので、レイフェリアはそれをサンダルに編み上げた。足の甲にあたる部分に余った輝石を膠で張り付けて、足元も華やかに涼しげに見せられる。
南方の婦人の衣装は、北のように足元まで隠れるものではないのだ。なので、見える踵の部分は後ろで花結びになるようにした。
全て手作りの夜会服。南の貴族の令嬢たちが、どんなに華やかに鮮やかに装うのか想像もできないが、レイフェリアはこれで満足だった。
「私は異邦人なんだからどうせ何をしたって悪く言われるわ。だから、これでいいのよ。いじめられるのには慣れているもの」
故郷では叔母のギンシアに従姉妹のアリーナ、ログウッドの城ではナドリネ。今まで辛く当たられることからは逃れられなかった。
──それに、これからはもっと大変な試練が待ってるのだわ。多分、王都で。
それを思えば大抵のことは耐えられる。
「みんなありがとう、協力してくれて。私、できるだけみんなに恥じないように誇り高く宴に臨むわ」
レイフェリアは出来上がった衣装を前に、そう宣言した。
そして、赤夏の宴の夜。
ティガールはオセロットを伴って、北の小屋へレイフェリアを迎えに訪れた。
扉の前にはマヌルとヒューマが待ち構えている。ティガールはヒューマを一睨みすると、大きく木製の扉を叩いた。
「用意はいいか、入るぞ」
「……」
中から応えがあったのを確かめたティガールは、慎重に歩を進める。
「あ……」
そこには氷の姫君が立っていた。
「こんばんは、ティガール卿」
「……」
レイフェリアは薄い布を重ねる南方風の衣装をつけていた。
しかし、その色は赤や橙、桃色といったこの地方でよく見る色合いではなく、胸元の薄い青から裾に行くに従って濃く深くなる青色だ。胸と裾にあしらった輝石の粒が彼女を夜の女王のように見せている。銀と金色が混じり合う髪は、一部が花の様に結い上げられ、残りは滝のように下ろされていた。衣装と同じ青い布で作られた布が一部に編み込まれている。
この髪はマヌルが得意な結い方だった。三つ編みの一部を解してぐるぐる巻き付けると薔薇のように形が作るられるのを、レイフェリアもルーシーも目を丸くして見つめていた。
「母から習ったんです。もうこの編み方ができるものはここでは私しかおりません。きっと殿方達の注目を浴びますわよ」
そして今、ティガールも、後ろに立つヒューマやウンピョウも目を丸くして突っ立っている。レイフェリアに見蕩れているのだ。
「手を取ってくださいませんの? ティガール卿」
素足に華奢なサンダルを履いた足を踏み出しながら、レイフェリアはティガールを見上げた。
「あ……ああ、でも……」
「何でしょうか?」
「本当に綺麗なんだな」
「……」
横でぷっとルーシーが吹き出す。
「まぁ、正直なお方ですわね! でも、もう少し思わせぶりに褒めた方が、洗練された当世風の紳士ですことよ」
「そ、そうなのか?」
「私はティガール卿に、当世風な紳士は求めないからいいのよ」
レイフェリアは笑いをかみ殺すために真面目くさって答える。
「え? それはいけないことなのか?」
「いいえ、その方があなたらしくて、私、好きだわ」
「……っ!」
「きゃ」
急に腰を引かれてレイフェリアは仰け反ってしまった。その体に沿うようにティガールも腰を折る。
「あ! ダメです! 紅が取れてしまいます」
レイフェリアは両腕に渾身の力を込めて、迫ってくる唇を押し戻した。
「紅など、あとで俺が塗ってやる」
聞き分けのない男は尚も切なげに体を寄せてくる。
「絶対だめ〜」
「ティガール様! ここは我慢ですぞ」
「そうですよ〜、主様、絶対口付けでだけで我慢できないでしょ」
ヒューマもウンピョウの目の前に手を翳しながら苦言を呈す。子どもには見せられないということである。
「……」
従者二人に諭されて、不承不承ティガールは体を離した。
「わかった。ではさっさと宴を終わらせてこよう」
「宴ってそういうもんだったかなぁ。夜を徹して楽しむもんじゃ……」
「行くぞ」
「はい」
レイフェリアは大きな掌の上にそっと自分の手を乗せた。
「冷たいな……お前の手はいつも冷たい。この俺の熱で熱くしてやりたくなるほどに」
ティガールはその指先をぎゅっと握りしめた。
二人が入って行くと、明るく照らされた中庭に面した大広間に静かなどよめきが漣のように広がった。
──ティガール様だ。相変わらず雄々しくていらっしゃる。だが横にいるのは……? カラカ様ではないな?
──知らないのか? カラカ様はお母上と共に西方領土へ旅立たれたというぞ。
──本当か? しかし、あんな娘は見たことがない。しかも、変わった服を着ている。肌や髪の色も妙だぞ。薄いというか……不思議な色合いだ。
──北方の人間じゃないか? そういえば、後継殿がこの春、北方領土へ旅されたと聞いたぞ。
──それにしても風変わりな……しかし、あの美しさは……。
レイフェリアはティガールに手を取られて、定められた場所に落ち着いた。
明るい場所で見ると、ティガールの装いも見たことがないほど立派なものだった。
夏服の礼装。半袖の黒い上衣は膝までで、裾に豪華な刺繍が施されている。その上から赤い緞子の布が斜めに掛けられ、更にその上から幅広の帯が締め込まれて堂々とした上半身を示していた。
腕や足はむき出しで隆とした筋肉が盛り上がっている。大柄なものが多い南方の男たちの中でも、ティガールは一際立派だ。それに珍しい金と黒の髪。
「……ご婦人たちは皆、ティガール様を見ているようですね」
「何を言っている。見られているのはお前だ」
ティガールは忌々しそうに唸る。
レイフェリアの衣装の胸元は普段よりも大きく開いていて、布の切れ込みからはむき出しの腕や脛がちらちらと覗いているのだ。それはこの場にいる若い婦人の露出と比べても、決して多い方ではないが、普段が慎ましい姿なのでよほどティガールには目の毒だったのだ。
「くそ! こんなことなら連れてくるのではなかった」
「は?」
その時、大きな銅鑼が打ち鳴らされ、領主リューコの臨席が告げられた。
「おお、リューコ様だ」
「ご領主様だ!」
久々に姿を現した領主の姿に、軽く握った拳を男たちは胸に、女たちは額に当てて礼をする。
リューコは立派だった。飾り気の少ない黒い衣装に金色の布を斜めに羽織り、肩から後ろに流している。色あせた髪は後ろで一つに結ばれ、赤い耳飾りをつけていた。悪くしている足を軽く引きずりながらも、優雅な所作で広間を見下ろす位置にある領主の座に着く。
「皆、よく集まってくれた。今年も恙なく豊穣の季節を迎えられたことを嬉しく思う。さぁ久々の宴である。城の酒蔵を飲み干す勢いで楽しんでくれい!」
その言葉が宴の始まりだった。
南方の宴に乾杯の儀式はない。人々はそれぞれに席につき、飲み物を手に乾杯したり、美しく盛られた豪華な料理に手をつけ始めた。
レイフェリアとティガールの二人は、少し離れた座席でそれを見ている。久しぶりの宴に会した一同がしばらく歓談を深めてから言葉を発するしきたりなのだ。
オセロットは二人の横に着席している。ヒューマは護衛士として、人々の間を行き来し、交わされる言葉に注意を払っていた。
やがて一通り料理が済まされると中庭で余興が始まる。
余興は着替えたウンピョウのナイフ投げや、宙返りなどである。もともと陽気な南方の人たちは少年の鮮やかな技の数々に人々は拍手喝采だ。
これはオセロットの考えた演出で、重大発表の前に人々の気持ちを和やかにしようという配慮だった。
しかし、やがてその時が来る。
ウンピョウは恭しく一礼をして拍手に応え、下がった。去り際にレイフェリアと一瞬だけ目が合う。ウンピョウはかすかに片目をつぶって見せた。しっかりやれという合図だろうとレイフェリアは思ったが胸の高鳴りを抑えきれない。
それはややもすれば苦痛に似ていた。嬉しさはもちろんある。しかし、不安や違和感もも交じっている。こんな日常ではない感情の昂ぶりには慣れなかったのだ。
そうこうする内に、食事が下げられて新たに美しい硝子の盃が配られた。中には赤い酒が満たされている。
「さて方々、今日は一つ報告がある」
人々が待ちに待ったその瞬間がやってきたのだ。
サンダルって言葉に違和感があるのですが、ほかに適切な言葉が見つからなかった。
バラ型の編み込みの髪型は実際にあります。どうやって作るのか、夢みたいな綺麗な髪型です。
レイちゃんみたいに金銀髪だと、なお映えます。
ツイッターに写真をあげてます。(創作ネタやら色々呟きます) https://twitter.com/punnyago




