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もしもし、聞こえますか?  作者: クインテット
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オンリーロンリードライバー

 高速道路に入る時には少数派。現金を直接窓口に渡さなくてはならないレーンに入った晴明(はるあき)は、ほぅっと溜息(ためいき)()いた。入口では券をもらうだけだが、受け渡し中に落としたらどうしよう、と、年甲斐もない緊張が(にじ)む。

 前の車が発進した。

 晴明の車が、のろのろと前へと進む。

 晴明は受付の男と目を合わせないようにしながら、券を受け取った。晴明はそれを運転席上部にある日除けのポケットに挟み、車を走らせる。

 よし、スムーズに出来たぞ。これで、茜も俺を見直すに違いない。そう思って助手席を見ると、茜はとうに晴明のお言葉に甘えて夢の中だった。

 券を落としても良かったじゃないか!と不条理(ふじょうり)なやり場のない怒りを抱きつつ、高速道路へと進入した。


 晴明は車が嫌いだ。

 だから、この高速道路に入るのも10数年ぶりだ。

 両脇が木々で囲まれ、所々背の高い遮音壁(しゃおんへき)で住宅街との(さかい)を築いている。

 晴明が子供だった頃は、どこへ連れて行かれるのか分からない不安と、その壁で捕えられてしまったような感覚に陥り、とても怖かった。


 そう、その頃は、晴明の両親は生きていたのだ。

 茜が寝ている今、晴明は実質ひとり。

 両親の顔でも思い出そうとするが、駄目だ。だが、両親の行動は思い出せる。


 晴明は後部座席の真ん中にいつも座っていて、荷物が走行中落ちないように支えているのが仕事だった。

 そして、母は助手席に座っている。しょっちゅう空調をいじって、晴明に冷暖房が当たるようにしてくれた。そして、彼女は時々父に話しかけるのだ。しかし、晴明に話しかけられた記憶はない。恐らくないことはないとは思うのだが、残念ながらその優しげな声は、記憶の中の車内では晴明には届かない。


 父を思い出す時は、いつも青い作業服のようなものの袖が見える。そして、ハンドルを握る日に焼けた筋張った手。それが、バックミラー越しに晴明をチラチラと見ている。

 そんな情景。

 バックミラーには父が映っているはずなのだが、何故か幼い頃の晴明だけが鮮明に映っている。

 あの席から自分が見えるわけがないのに。何より、父の顔が見たいのに。


 そんなことを考えながら走っていると、景色が一変した。どうやら、晴明が訪れたことがない区画に到着したようだ。もう少しでサービスエリアだと、道の脇に立つ青い看板が教えてくれている。

 随分(ずいぶん)長いこと走ったんだな……。と、晴明は驚いた。

 自分はただ、両親を思い出そうとする時いつも流れるあの映像を頭の中で何度も繰り返していただけなのに。気づけば、もうこんなところにいたのか。


 晴明は感傷もそこそこに、サービスエリアへと向かう脇道へと入った。


 平日というのもあって、サービスエリアの駐車場にはトラックが多く、自家用車は晴明の車を入れても片手で足りる程度しか停まっていない。晴明は(いか)ついトラックに内心(おび)えながら車を停めた。

 さて、と、晴明は悩んだ。

 茜を起こすか、起こすまいか。

 恐らくと、慣れないことばかりで彼女は疲れているだろう。それに、気持ち良さそうに寝ている人を起こすのは何だか忍びない。しかし、ここを逃すと(しばら)くサービスエリアがない。

どうしたもんか、と晴明は悩んだ。


 結局、晴明は茜を起こさず、そのサービスエリアの売りだという果肉入りオレンジジュースをふたつ買ってきた。それでも茜は起きない。よほど疲れていたのだろう。


 晴明はひとつ伸びをしてから、オレンジジュースを口に含んだ。

 美味い。

 果肉入りというのが晴明には引っかかっていたが、自販機で売られているものとは全く違う。果肉が口や歯に残ることなく、すっと喉を通るのだ。

 オレンジもうまい。酸っぱすぎず、甘すぎず、独特の酸味を出している。

 これは、このジュース目当てにここへ来るドライバーも多そうだ、と晴明は思った。


 さて、もうひと踏ん張りだ。

 オレンジジュースを飲みきり、もうひとつをそっとジュースポケットに入れる。

 茜はまだ起きなかったが、その寝顔を見ていると、些細(ささい)なことに思える。

 晴明は苦心しながらエンジンをかけ、高速道路へと続くゆるい坂道を上った。

 ここから夕焼けスポットまでは、あと半分くらいだ。

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