壊そうか
晴明はいつも空いている駐車スペースに車を停めた。その時もいささか不安を煽る音を車体が出したものの、まあこの車はそういうものなんだ。と、よくわからない理論で納得させた。
助手席のドアを開けて茜を降ろす。一応壊れているところがないか確認し、カギを閉めた。
茜の、わぁっ、という声が背中越しに聞こえた。
二人の前には、白塗りの灯台がそびえ立っている。もちろん昼なので灯りが灯っているわけではないが、目の前に立つだけで畏怖の感を抱かざるを得ない建物だ。
「学生時代、良くここに来ていたんです。」
晴明も暫くは黙って見上げていたが、ふと、口を開いた。
茜が、見上げていた視線を晴明に向けた。
「お友達とですか?」
茜が楽しそうに聞く。
しかし、その一方で晴明は、細く溜息を吐き、頭を振った。
「いえ。残念ながら、1人で。
ほら、あそこに、進入禁止の看板あるでしょ。
私が学生の時は、あれ、なかったので。
あの雑木林の向こう、ちょっと行ったところが、私の母校なんです。」
赤地に白い字で書かれていたと思われる看板は、とうに錆びて腐っている。その看板の後ろに、獣道が続いている。人がひとり通るのがやっとの細さだ。
「行きたいです。」
茜が、小さな声で言った。
え?と、晴明が茜の方を見やる。
「行きたいです。晴明さんの、母校。」
今度は、はっきりと、強く言った。茜の目は、期待に満ちている。
「嫌です!」
晴明が、茜を上回る声量で言った。
茜は、思わずびくつき、怯えともとれる表情を見せる。
「あ……。ごめんなさい。怒鳴ってしまって。
もう、行きましょうか。」
晴明が、ポケットから車の鍵を取り出した。
茜は、少し俯いている。
晴明も、罪悪感からか、大股で歩いて助手席のドアを開けて茜を乗せると、早々に運転席に座った。
沈黙。車内に会話はない。お互いにそれは非常に気まずく、気持ちの悪い状態だ。しかし、何を話していいやら分からない。そもそも、二人は人との会話に慣れていないのだ。こんな時、どうすればいいか分からない。
「あの、お腹空きません?」
沈黙を打ち破るべく、先に口を開いたのは、晴明だった。
車についたデジタル時計が、11:50を表示している。そろそろ、何か口に入れたい時間だ。
茜は、そうですね。と、蚊の鳴くような声で返事した。
まだだめか。
晴明はそう思ったが、少しずつふたりは会話を取り戻し、明日には記憶に残っていないような話をした。
車はゆっくりと進んでいく。
町のチャイムが、正午を告げた。