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和解・承諾・練習

 大の字に倒れたままの奏と、その横で悠然と立つ大和。決着がどうなたったのかは一目瞭然だ。


「奏、なにか言うことはある?」

「…………」


 奏は、はぁはぁと肩で息をしている。何とか体を起こすも、その額からは汗が溢れ出し、顎を伝って地面へと零れ落ちていた。


「奏の負けよ」

「……言われなくても、分かってるわよ。大和って言ったわね」

「おう、なんだ?」

「あんた何者よ。近距離での槍捌きといい、その動きといい、明らかに新人じゃないわよ」


 奏は自分の実力に少なからず自信を持っていた。曲がりなりにもこれまでのランクアップでそれは証明してきていたはずだ。それをこうも簡単に打ち負かす大和はいったい何者なのかと、疑問に思わない方がおかしい。


「それは私も気になりますね」

「私も」


 奏の言葉に、近寄ってきた響たちも同意する。

 三人の視線が大和に集中する中、真彩が大和に尋ねる。


「私の勝手な憶測だけど、大和君あなたシズル重工の保月健翔の知り合いじゃないかしら?」

「健翔様の!?」


 真彩の言葉に真っ先に反応したのは響だった。そして健翔に様を付けている時点で、ファンなのはほぼ確定だ。


「なんでそう思う?」


 内心ではいきなり健翔との関係性を指摘されたことに驚きながらも、それを隠して尋ね返す。


「クレーンが落下してきた時に移動で使った魔法。あれって健翔君のオリジナルって言われてる雷光刹華よね。まだ彼以外に術式は知られていないはずよ。それを使ったってことは、大和君は何かしら健翔君と浅からぬ因縁があるってことになるわ」

「雷光刹華を!?」


 魔法には現在二つの発動方法がある。一つは発見当初から使われている物で、術者が自らの中に魔法陣を魔力で組み上げ、発動言語を使って魔法を発動させるというもの。

 そして今支流になっているのが、サポートAIを利用した魔法の発動である。

 これは、あらかじめAIに術式を登録させ、魔力を渡すことで自動的にその術式を発動させ、術者は発動言語を発するだけで魔法を使うことが出来るというものだ。

 前者に比べ、機械的に術式を組み上げる為術者自身が集中する必要は無く、思考のロスも術式の組み上げを失敗することも無い。安全な魔法として広く受け入れられている。

 これを発展させた物が、バベルクライムで使用される(ロッド)というものだ。サポートAIの挿入されている腕輪には、日常生活で使うためのAR表示アプリや地図アプリ、財布アプリなどアプリが大量にダウンロードされており、AIの処理能力はどうしてもそちらに一部を取られてしまう。しかし、杖はそのような物を一切排除し、術式の組み上げだけに特化したシステムを乗せている。

 これのおかげで、AIは余分な処理能力を使う必要が無くなり、魔法の発動をより円滑に進めることが出来るのだ。

 このように、今と昔では発動方法に大きな違いがある。しかし、大本にあるのは魔法の『術式』と呼ばれるものだ。

 どのような効果をどのような状態で使うのか、また魔力をどれほど消費するのかなどの魔法を発動する上での決まり事が書かれている物が術式だ。これが無ければ魔法は一切発動しない。

 そして、この術式の形は無限にあると言われており、各々がオリジナルの魔法を生み出すことも可能なのだ。

 現在では、攻種などの法的規制の為にオリジナル魔法を開発した場合は、国への登録が義務付けられているが、その術式自体を自由に公開している訳ではないので、使えるのは開発者と国の魔法データ監理員のみと言うことになる。


 長々と説明したが、結局何が言いたいかと言うと、そんな公開されていないはずの術式を持っている大和が、健翔と赤の他人のはずがないと言うことだ。


「まさか雷光刹華が見られてたとはな」

『てか、一度魔法を見ただけでその魔法が分かるって何気に凄いよね』

「確かに。んでまあ、結論から言っちゃえば健翔は元家族だな」

「元?」

「あいつ今家出してるし」

「家出!?」

「まあ事情はいずれ詳しく説明するさ。そんなことより俺の契約ってどうなんの? 勝ったし契約してもらえるんだよな?」

「もちろんよ。奏にも文句は言わせないわ」

「私が挑んで私が負けたんだもの。文句なんて言わないわよ。そこまで往生際が悪い訳じゃないわ」


 奏は不満こそ残っているようだが、大和の文句のつけようのない実力は素直に認めていた。


「なら契約ってことで。あとで事務局に連絡しとかないとな」

「それならこっちでやっておくわよ。それよりここの使用時間、まだあと二時間半近くあるから、しっかり利用しなさい。無料じゃないんだから」


 練習場の使用時間は最低三時間からとなっており、まだかなりの時間が残っている。その時間をゆっくりと過ごさせてくれるほど、真彩は甘くなかった。


「響と志保はそろそろ練習を始めなさい、いい加減少しは動かないと太るわよ」

「そ、それは困ります!」


 真彩の言葉に、響は慌てて部屋の隅へと向かう。そこは、射撃用の的が壁面に埋め込まれており、銃のみならず魔法や弓などの的にも使うことが出来る。昔から癒すことに関しては才能のある響は、仲間の回復だけでなく戦闘のサポートも出来るようにと弓の練習をバベルクライムに参加するようになってから始めていた。


「私は太らない体質」

「なら給料下げるわよ」

「一生懸命頑張ります」


 志保も響と同じ場所に向かう。それを見送って真彩は奏へと向き直った。


「少しは落ち着いた?」

「それはどっちの意味でよ」

「両方。と言うより、その言葉が出てきた時点で分かってるみたいね」

「そうね。最悪なことしてたわ、私。廃止案が出てきて当然よね」


 自分一人だけで何とかしようとしていた少し前の自分に、奏は情けない笑いが込み上げてくる。


「私が頑張ればって……何よそれ、それじゃ皆で登ってることにならないじゃない」

「そうね。それにすぐに行き詰まる。バベルは高くに登るほど、その実力は上がっていく。奏と同じレベルがごろごろいる世界に、あなた一人で突っ込んでも何もできやしない」

「分かってるわよ。そこまで追い打ちかけないで」


 奏は自分の頭をガシガシと掻き、服で顔の汗を一拭いすると立ち上がった。まだ足もとがふらつくのか、ティアラを杖替わりにする。


「大和、悪かったわね。私の変なプライドで迷惑かけたわ」

「別にいいさ。ここの実力もおおむね分かったしな」

「なら感想を聞こうかしら?」

「レベル低いな」

「うっ……」


 大和の飾らない感想に、奏は言葉を詰まらせる。


「けど、なんか戦いたい奴が天辺にいるんだろ?」


 奏は大和を倒すのに必死で、真彩たちの会話などを聞いている余裕など当然無かった。しかし、大和は聞き耳を立てながら戦っていた。だから、真彩の言った言葉をしっかりと聞いていた。


「どこでその話を聞いたの!?」


 驚く奏に、大和は目線を真彩へと向ける。視線を向けられた真彩も驚いた表情をしていた。


「真彩、まさか」

「試合中に二人に話してたのよ。まさか大和君まで聞いてるとは思わなかったけどね」

「言わない約束だったでしょ」

「今更隠しても意味ないでしょ。二人との間にも目的意識で齟齬が出始めてたし、そろそろ話しておくべきだったのよ。まあ、詳しくは私も知らないから、合いたい人がいるってレベルにしておいたけどね」

「そう……そうよ、私はどうしても会いたい、いえ、戦いたい人がいる。だから最高ランクを目指しているの」


 言い放つ奏の視線には、響が予想した乙女心とは全く別の、それこそ仇敵を狙うような鋭さがある。


「俺もちょうど健翔に直接会わないといけなくてな。まあ目的が一緒なら仲良くできるっしょ」

「え、ちょっと待って! 会うぐらいならシズル重工行けばいいでしょ?」


 大和の言葉に、奏は当然の疑問を持つ。


「言ったろ、あいつ今家出中だって。連絡手段ねぇし、午前中にシズル言ったら門前払いされた。あいつ経歴偽って入社しているから、俺の話と合わねぇンだよ」


 そこで、大和は午前中にあった出来事を簡略化して話していく。

 それを聞いた二人は、大和の行動理由に納得するしかなかった。


「まさか健翔君が経歴詐称をしてたなんて」

「マスコミにリークすれば、それだけでトップランクから引き摺り下ろせそうな話題ね」

「ンな事しねぇよ。バベルクライムのフィールドで直接手紙を叩きつけてやる」

「けどそう言うことなら、もっと上のチームにスカウトされてもよかったんじゃない? あなたの実力を見せれば、スカウトなんていくらでも来そうだけど」

「まあそれもそうなんだけどな。けど、最高ランクのチームなんて、メンバーはわらわらいて基本的にチームメンバーからの推薦以外は仲間集めしてないみたいだし、それ以外のチームならランクを上げないといけないのは変わらない。それに俺が狙ってるのは、ただ最高ランクまでランクを上げることじゃないからな」


 そこで、大和はイクリプスに説明したことと同じ、交流戦の考えを話した。


「なるほど、交流戦ね」

「んで、注目を集めるには、下の方のチームがよかった訳。幸いここのチームは一時的にでも有名だったみたいだし、マスコミも完全無名のチームよりはマークしてるはずだ」

「そんなことを考えてたのね。まあ、うちとしてはリンブルの宣伝になるから文句はないけど」


 交流戦に出られるほどにまで知名度が上がれば、会社としても文句の出しようがない。むしろボーナスを出してもいいレベルだろう。


「んじゃ、そう言うことで、奏さん」

「さんは無しでいいわ。負けたのに敬語で話されるとなんか馬鹿にされてる気がするし」

「なら奏、そろそろ息も整ってきたろ。さっきの試合で気付いたところ指摘してやるから、もう一回打ち込んで来いよ」

「言ったの私だけど、何の気負いも無くよくできるわね……」


 普通ならば、年上と言うだけでも少し遠慮がちになってしまうのが日本人だ。


『大和はバカだからね~、言葉は真っ直ぐ受け取るよ~』

『バカゆえのまっすぐな強さというやつかしら、奏ももう少しバカになってみない?』

「嫌よ、私はクール系目指すんだから」

「え?」


 奏の言葉に、大和は素で驚いてしまう。


「なに?」

「あ、いや、なんでもない」


 先ほどの戦闘からすれば、奏は明らかに熱血系の戦士タイプだ。それがクール系を目指すのはいささか無理があるのではないか。そう思う大和だが、奏に睨まれて素直に意見を取り下げる。

 試合では勝てても、女性からの強気の目線は、どうしても師匠を思い出してしまい苦手なのだった。

 大和は自分の頬を軽く叩いて気分を切り替える。


「んじゃ練習始めるか」

「今度こそたたっ斬ってあげる!」

『ちょこちょこ躱してないで、奏の一撃真っ直ぐ受け止めて見なさいよ! 腰抜け!』

「それ練習にならねぇだろうが! つかお前ら性格変わりすぎだ!」

『この二人面白すぎ!』


 剣を構えた瞬間に、再び熱血タイプになる奏に、大和は突っ込みながら槍を振り抜いた。




 二時間が経過し、練習場の使用時間は残り三十分となった。片づけの時間を考えると練習を切り上げなければならない時間となる。

 程よいところで練習を切り上げた響と志保は、自分の杖を片付けて汗を拭きながら真彩がいるベンチへと戻ってきた。


「お疲れ様。ドリンク買ってあるわよ」

「ありがとうございます」

「感謝……ただココアの方が」

「運動後にココアとか、喉が渇くだけでしょうが」


 真彩は、全員が練習している間に売店で買って来たスポーツドリンクを差し出す。

 響はそれを受け取ると、キャップを開けながらまだ打ち合いをしている奏と大和を眺めた。

 そしてそのまま動きが止まる。

 響の様子に、志保も大和達を振り返り、同じように動きを止めた。


「なんだかお姉ちゃんの動きが速くなってませんか?」

「さっきまでと比べるまでも無い気もする」


 それは接近戦素人の二人でも分かるほど顕著な変化だった。

 二時間の打ち合いで、奏の動きにはキレが増し、直線的だった攻撃にも、フェイントや読み合いがちらちらと見え隠れしている。


「二人もそう思う? 正直、大和君の影響がここまで出るとは私としても予想外だったわ。奏に大和君、そろそろ片づけるから練習止めてね!」

「了解。んじゃ行くぜ!」

「この!」


 大和は真彩の声にこたえたが、奏は打ち合いに集中してしまっていて聞いていない様子だ。

 この状態になった奏は、決着がつくまで止まらないことを三人ともよく理解している。もちろん大和が声を掛けても反応しないだろう。


「延長料金発生するかもしれないわね」


 思わぬ出費のことが頭に浮かび、真彩は肩を落とす。その瞬間、キンッと高い音が鳴り響き、続いて地面に何かが転がる音がする。

 一瞬にして、奏の手から杖が弾き飛ばされたのだ。


「練習終了だってよ」

「え、もうそんな時間!?」


 手から杖を弾き飛ばされ、我に返った奏が驚いて頭上のモニターを確認する。時刻は使用時間の二十分前になっていた。


「皆ごめん! すぐに片づけるから。響、私のタオル取って」

「はい、これ。大和君もこれ使ってください」

「サンキュー」


 二人は響から真っ白なタオルを受け取り、汗を拭きとっていく。


「お姉ちゃん、ずいぶん動きがよくなってたよ」

「そう? あんまり自分だと感じなかったけど」

「まあ、あんだけ集中してればな。奏は土台こそしっかりできているみたいだったからな。俺が実際に動いて技を見せれば、勝手に真似てくだろうと思ってたけど、まさにその通りだったわけだ」


 大和が打ち合いをしていて感じたのは、魔法の無い状態での奏の技の少なさだった。持ち前の熱血的な性格のせいか、攻撃が直線的で、フェイントなども少なく小技に惑わされやすい。

 試合の時も、大和が近距離でただ槍を振るっただけで何が起こったのか分からなくなり、簡単に隙を見せてしまった。

 今の奏に必要なのは、小技に惑わされないだけの技術と知識だと感じた大和が取った行動は、実際にその技を奏にぶつけることだ。

 バベルクライムの低ランク層で戦ってきたせいで、今までそのような技を見る機会が無かった奏は、大和の技に面白いほど引っかかる。

 フェイントには簡単に騙され、小技であっさりと隙を作らされる。そんなことを二時間近く繰り返していれば、嫌でもその動きが分かってくると言うものだ。

 いわゆるスポ魂タイプの覚え方である。


「剣術の大会も、そんな感じの負け方したんじゃないのか?」

「そうね、今思ってみるとそうだったのかも。昔はただ自分の力が足りないだけだと思ってたけど、技で負けたのね」


 力と一概に行っても、それはパワーであり、スピードであり、テクニックでもある。全てが育っていなければ、他の能力もただの持ち腐れだ。


「とりあえず今後の練習は俺の知ってる小技とかフェイントとか片っ端からぶつけてく感じだな」

「それでいいわ。その方が絶対効率が良いもの」


 奏自身、自分が座学で学ぶよりも実際に体を動かして覚える方が得意だと思っていた。


「お姉ちゃんももっと強くなるんですね。これは私も頑張らないと」

「ほら急いで片付けなさい! じゃないと延長料金は給料から差し引くわよ!」

「ういー」

「わかったわ」


 話している内に、終了時間が十分前に迫っていた。

 大和は杖を待機状態に戻し、イクリプスを腕輪へと戻すと、自分の荷物をまとめる。

 その間に、奏達も帰宅の準備を終えたようで、何とか延長せずに部屋を出ることが出来た。


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