社員寮
会社に戻ってきた大和たちだが、現在部屋には大和しかいない。
真彩はバベルクライムの事務局へ、大和の企業斡旋の中止とメンバー登録を済ませるための電話をしている。他の三人は汗をかいたからといってシャワーを浴びに行っていた。
「手持ち無沙汰だな」
『本棚でも調べてみる? お菓子食べると志保に怒られそうだし』
「たしかに」
イクリプスの提案に則り、部室のような部屋の本棚を適当に漁ってみる。
主にバベルクライムの関連書籍と、ファッション雑誌に埋め尽くされていた。割合としては半々と言った所だろうか。
「やっぱり女子の部室だよな」
『メンバー全員女の子だし仕方がないよね』
本棚の中から月刊バベルクラムというのを見つけたので、それを手に取ってパラパラとめくる。内容は、トップランクの人たちのインタビューや、先月の試合の結果、今話題のチームなど、よくあるスポーツ紙といった感じだ。
先月の内容なので、まだ健翔の話題は上がっていないが、来月号には一面を飾ることになるのだろうかと予想する。
「ここに載るぐらいに有名にならんといけないんだよな」
『結構難しいよね』
雑誌に載っているチームの七割がトップランクにいるチームだ。そして残りの三割も第三ランクまでのチームで占められている。極僅かに第五ランクのチームが一つあるだけだった。
リンブルのランクは第六。この雑誌的に見れば足切りであり、話題に上げる価値も無いチームということになる。
「まあ作戦はあるから大丈夫だ。とりあえず師匠に言った通り、劇的なデビュー戦を飾ってやらないとな」
『そんな上手く行くかな~』
「まあ見てなって」
半信半疑のイクリプスに、大和が自信満々に答えていると、部屋の扉が開いた。
「お待たせ」
「お待たせしました~」
入って来たのは奏と響だ。二人とも髪の毛はしっとりと濡れており、服も先ほどの物から変わっている。
奏はジーパンに白のTシャツ、グレーのパーカーとラフな格好だ。
響はやはりスカートが好きなのか、ワンピースの上からカーディガンを羽織っている。
二人とも、会社で仕事をするような格好では無い。
だが、そもそも会社に勤めたことのない大和が、そんなことを気にするはずはなく、残り一人のことを尋ねた。
「志保は?」
「あの子はもう少し時間がかかるんじゃないかしら?」
「志保ちゃんは、服を着るのも脱ぐのも時間掛かりますからね」
響の言葉を聞いて、大和は志保の着ていたフリルがふんだんにあしらわれた服を思い出し、納得する。
そもそも、大和ではあの服をどうやって着ればいいのかすら分からない。
「大和は何読んでるの?」
「そこにあった雑誌。月刊バベルクライムってやつ」
「ああ、あれ。一応毎月買って入るけど、誰も読まないのよね」
「なんで?」
「ほら、女の子だし」
「まあ何となく理解できた」
苦笑する奏に、大和は本棚の品ぞろえを眺めながら何となく納得した。
一応奏は簡単に流し読みをするのだが、その程度。響や志保は完全にその隣、ファッション雑誌に手が伸びてしまい、月刊バベルクライムを手に取ることは無い。
そもそも、載っている記事が上のランクのこと過ぎて、自分達にはあまり関係ない事柄ばかりなのだ。興味がわかないのも仕方がないだろう。
しばらくして志保と真彩が一緒に戻ってくる。志保の髪はしっかりと乾いており、服は先ほどと同様ゴスロリだが、所々飾りの形が違う所を見ると、違う服のようだ。その違いは大和にはよく分からない。
「お待たせ、事務局に連絡してきたから、大和君はこっちで契約書にサインしてね。志保みたいに、適当に流し読みはダメよ」
「了解」
長方形の机に、それぞれが席に着く。定位置が決まっているのか、奏と響の姉妹が隣り合わせに、志保は響の前に付く。その周りにはしっかりとお菓子が常備されている。真彩は全員を見渡せるように奏の隣の誕生日席だ。大和は残った奏の前に座り、真彩から説明を受けながら書類を製作していく。
「とりあえず契約の形だけど、うちはバベルクライムの選手を正式な社員にするシステムはまだないの。だから、派遣社員に近い形の契約になるわ。これが、ここの課がつぶれたら皆もクビになる理由ね」
「なるほど」
「給料はここに書いてある通り、月十五万。ここから保険や税金なんかが引かれて、だいたい手取りで八万あるかないかって所かしら。それにプラスしてバベルクライムのランクに応じて出来高ボーナスも出るわ。後はCMのギャラとかも別で出るわね」
「CM?」
バベルクライムには関係のない話に、大和は首をかしげる。
「ここは宣伝部だからね。自分達の会社を宣伝するためにも、有名になれば私たちがCMに出ることになることもあるし、雑誌の対応をしなきゃいけない時もあるの。大和君が今持ってるそれの記事にも乗るかもしれないしね」
「なるほど」
大和の手元には、まだ月刊バベルクライムがあった。そこに乗っている選手も皆どこかの企業に所属しているのだ。それならば、企業の宣伝の為に働くのは当然だろう。
バベルクライムで勝つことが自分の仕事とばかり考えていた大和には、新鮮な感覚である。これが仕事というものなのだろうかと感じながら、大和は真彩の説明を受ける。
「ちなみにこの子たちの給料はここ数か月基礎給だけよ」
「連敗しちゃってるし当然よね」
「仕方がありません」
「生活はカツカツ」
「それはお菓子の買い過ぎよ。まあ、生活費だけでなくなっちゃうってのは、私たちも同じだけどね」
大和としては、手取りで八万もあれば生活は余裕だと思うのだが、女性陣ではそうはいかない。毎日使う化粧品に服、靴やその他もろもろ日常的に必要としている物が、男性よりはるかに多いのだ。
その為、手取りの八万では結構ギリギリだったりする。
「大和君今住む場所はどうなってるの?」
「田舎から出て来たばっかりだから、ホテルに泊まってる。社員寮みたいなのがあるならそこ入りたいんだけど」
「あるわよ。まあそれが安定よね。奏たちも皆寮生活だし」
生活費でカツカツな奏たちが、当然家賃の高い普通の部屋を借りられるはずも無く、全員が社員寮暮らしだった。
「じゃあ社員寮の手続きもしないとね。確か空き部屋はまだあったはずよね?」
「女性側は何部屋か空いてたはずだけど、男性側は分からないわね」
「まあ女性側で空いてるならだ大丈夫でしょ」
リンブルの男女比率は、三対七で圧倒的に女性の方が多い。社員寮は一階が男性用で二階と三階が女性用に分けられている。人数の多い女性側ですら空き部屋があるのならば、男性側でも当然空いているだろうという予想だ。
「契約書はこんな感じかしらね」
真彩は大和の書いた契約書をまとめてクリアファイルにしまう。
「とりあえずこれで人事部に出しておくわ。それと寮を今日から使えないか聞いてみるわ」
「俺としてはありがたいけど、大丈夫なのか?」
常に荷物は持ち歩いているため、すぐにでも寮に入れるのは大和としてはありがたいが、まだ契約も出来ていない人を入れることなどできるのかと疑問が浮かぶ。
「まあ、住所がはっきりしないと人事部も契約を承諾しにくいだろうしね。それなら、寮に住所を設定しちゃった方が楽なのよ。今日から住んでもらえるなら、住む場所もはっきりするしね」
「ふむ」
「じゃあ出してくるから、奏たちは解散でいいわよ。時間もいい感じだしね」
時計を見れば、時刻は六時を回ろうとしている。
真彩の言葉を聞いて、奏たちは目の前に散らばった雑誌やお菓子を片付けていく。これが仕事場とは到底思えない光景だ。
「お疲れ様~。明日は午前から練習室がとってあるのよね?」
「ええ、九時から使えるから、現地集合ね。遅刻は厳禁よ」
「分かってるわよ。行くわよ、響、志保」
「じゃあお疲れ様です~。大和君もお疲れ様」
「お疲れ」
三人が部屋を出ていくと、真彩も立ち上がる。
「じゃあ私も行くけど、大和君はどうする? ここで待ってても良いけど、付いてくるなら簡単に会社の中を案内するわよ」
「ならついてくわ」
この部屋で真彩が戻ってくるのを待っていても良いが、特に何もやることが無いのも事実。奏たちも帰ってしまったなら、自分がいる意味も無いだろうと、大和も真彩に付いていくことにした。
仕事を終え、寮に戻ってきた奏たちは、自分の部屋に荷物だけ置いていつも通り響の部屋に集まっていた。
「はいお姉ちゃん」
「ありがと」
「志保ちゃんも」
「感謝」
奏と志保は、響から渡されたカップを受け取り、それに口を付けてホッと息を吐く。
三人が響の部屋に集まっているのには理由があった。
簡潔に言ってしまえば、奏も志保も自分の部屋の居心地がすこぶる悪いのだ。
奏は剣術やバベルクライムの練習に青春時代を費やし、基本的に家庭的なことが苦手である。そのせいで奏の部屋には服が散乱し、台所は洗い物が山のように積み上がり使えない状態になっている。ゴミだけは響が口を酸っぱくして教えたことで、何とか溜めずに済んでいた。
志保も状況としては似たような物である。しかし、奏と違う所があるとすれば、部屋はしっかりと片付いているという所だろう。
だが、それは片付いていると言うよりも何もないと言った方が正しい。
ご飯はお菓子、飲み物はペットボトル、部屋を使うのは寝る時だけで、ベッドの上からほとんど移動せずに日常を過ごしているため、汚れようがないのだ。
そんな二人とは違い、響は非常に女の子的な部屋になっていた。
可愛らしいピンクのカーテンに、スマートなパイプベッド。カーペットも敷かれ、テーブルの上には小物入れと観葉植物が置いてある。
当然、台所なども綺麗になっており、姉や志保の分の食器までしっかりそろっていた。
今出したカップも、二人用に響が揃えたものだ。中身はミルクココアである。
響は空いている場所に腰をおろし、自分用のカップからココア飲む。
「ふぅ、まさかの新人さんでしたね」
「即解散を免れたのは幸い」
「お姉ちゃんがいきなり拒絶したのにも驚きましたけどね」
「あれは! 悪かったわよ…………」
「まあお姉ちゃんも反省していることですし、そのことは水に流しましょう」
「問題ない」
「それより大和君のことです。強かったですよね」
「圧倒的だった」
響の言葉に、志保もコクコクと頷く。二人が思い出しているのは、奏との試合だ。魔法なしならば、トップランクの人たちとも戦えるレベルだと言われている奏を、一方的に倒してしまえるだけの実力を持つ新人。
「それに聞きそびれちゃいましたけど、健翔様の家族という話ですし」
「まあ本当かどうかは分からないけどね。けど真彩が雷光刹華を見たってことは、事実の可能性が高いわよね」
「健翔様のサイン、いただけないでしょうかね~」
「無理なんじゃない。連絡もつかないって言ってたし」
「そう言えばそうでしたね……」
がっくりと肩を落とし落胆する響。その姿を見ながら、奏は尋ねる。
「健翔のなにがそんなにいいのよ。正直響の趣味は分からないわ」
「え~、かっこいいじゃないですか」
性格は穏やかで、インタビューの時には丁寧な言葉使いと優しい笑顔でキャスターを魅了する。だが一転試合中ともなれば、その眼つきは鋭く凛々しくなり、どこまでも男性を意識させる。そのギャップに落ちる女性も多いと聞く。
しかし、奏にはその良さがどうにも理解できなかった。
「なんか仮面被ってるみたいで苦手なのよね」
「むー、じゃあお姉ちゃんはどんなタイプが好きなんですか?」
ほんの一瞬、奏の脳裏に楽しそうに自分と戦う大和の顔が横切った気がした。
「……さあね。恋なんてしたことないし、好きになった人がタイプってやつなんじゃないの」
「今の間はなんですか~。もしかして思い当る人でもいるんですか」
「知らないわよ! そんなことより志保はどんなタイプが好きとかあるの?」
女性陣の会話は、大和の話題から逸れ、いつの間にか恋バナへと変わって行った。
人事部に書類を渡し、寮の空き部屋を聞いたところ、今日から入寮することが出来ることになった。
「寮には人事部から連絡しておいてくれるみたいだから、今から行きましょうか。荷物は大丈夫?」
「ああ、今持ってるだけだ」
あるのはエナメルバックと腕輪に杖それだけしかないのだから、移動も楽である。
「なら案内するわ」
真彩に続いて会社から出る。そこから五分ほどで社員寮に到着した。
その外見は、三階建ての市営住宅のようだ。外装は所々汚れが目立ち、落書きも見られる。だが、住む分にはさほど気にならないだろう。
「ここよ、見た目は悪いけど、会社が借りてるだけだから仕方がないわね」
リンブルの社員寮は、リンブルのオフィス自体がまだ借りているだけということもあって、会社の持ち物では無く、別の所からアパートごと借りている物だった。
その為、築年数も十五年とやや経っており、内装も少し古い。
「まあ、古いから部屋の中は割と自由にできるんだけどね。とりあえず大家さんの所に行きましょうか」
「おう」
部屋の鍵を貰うために、大家の部屋に向かう。そこは一階の角部屋だ。
インターホンを押すと、すぐに機械的な声が返ってきた。おそらくサポートAIだろうと大和は予想する。
『どのようなご用件でしょうか?』
「リンブル宣伝部の真彩と申します。連絡があったと思いますが、今日から部屋を借りたいという新入社員を連れてきました」
『要件を確認しました。部屋は304になります』
その声と同時に、インターホンの下に切れ込みが入り、そこが開くと中から鍵が出てくる。カードタイプの鍵だ。
「304!?」
しかし、真彩はその部屋番号を聞いて驚きの声を上げる。
「ちょっと待ってください! 入居予定者は男性です!」
『間違いはございません。会社のデータにも304で登録されています』
「そんな……」
「何か不味いのか?」
「不味いわよ。大和君の部屋、どうも女性側になってるみたい」
ここの寮では、一階の角部屋が管理人室、その他の部屋が男性寮となっており、二階と三階は全て女性寮となっているのだ。そして提示されたカードキーは304、つまり三階の四番目の部屋と言うことになる。ここはどう考えても女性側の部屋番号だ。
「どうするんだ?」
「明日もう一度確認してみるわ。幸い、305は空き部屋だし、301、302、303は奏たちの部屋だから、あの子たちに説明しておけば一日位は大丈夫でしょ」
「別にホテル行ってもいいんだぜ?」
一日宿泊するだけならば、気にならない程度の出費だ。問題になるぐらいなら、そっちの方がいいかと考え大和は提案する。しかしそれは真彩が拒否した。
「それだと住所がまたおかしくなっちゃうじゃない。人事部が後で確認に来るかもしれないから、一応部屋にはいてもらわないと困るのよ」
「ああ、まあそう言うことなら」
『大和ったら、女子寮に入っちゃうなんて、エロハプニング期待しちゃうんじゃない?』
「んな訳あるか、あほぅ」
「そうね、部屋はしっかり別れているから、そういうことは無いんじゃないかしら」
そして二人は奏たちに事情を説明するべく、三階へと階段を登った。




