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早起きしなくても、三文の徳?

 階段を登り、三階へ到着する。通路からはリンブルのオフィスが入っている会社も、バベルも見えた。

 真彩は大和を連れて廊下を進み、301の部屋を通り越す。


「あれ? 挨拶するんじゃないの?」

「どうせいないわよ。あの子たちいつも一つの部屋に集まってるから」


 さらに302も通り過ぎ303の部屋の前で止まった。大和もそこまで来ると、中から話声が聞こえてくるのが分かる。

 インターホンを鳴らせば、響のサポートAIであるシルバリオンが応答に出た。


『どちら様でしょうか?』

「真彩よ。三人ともいるかしら?」

『はい、響様、奏様、志保様お揃いです。少々お待ちください』


 少しすると廊下を走る音と共に、ガチャッと音がしてドアの鍵が開き、中から響が出てきた。

 響は部屋着なのか、裾の長いセーターに素足とかなり楽な恰好をしている。裾が長いせいで一瞬何もはいていないように見えるが、外からの風で裾が揺れた拍子に、大和にはしっかりと短パンが見えた。


「真彩さん、急にどうしたんですか? ってあれ? 大和君?」

「よっ、さっきぶり」


 真彩の後ろにいた大和に気付き、響が首をかしげる。そこに少し遅れて奏と志保もやってきた。


「大和がいる」

「なんでこっちに大和がいるのよ、案内でも二階からは必要ないでしょ?」


 二階以上は何か用事が無い限り男性の立ち入りは禁止されている。といっても、明確なルールがある訳では無く、犯罪予防の為に漠然と寮暮らしの社員たちで決められた物だ。

 奏たちも大和が寮で生活することは知っているので、寮内を案内しているのは分からないでもないが、わざわざ基本的に立ち入り禁止の場所まで案内する必要はないはずである。二階からは女性の部屋があるから、上がってはダメ程度に教えておけばいいはずなのだ。


「ちょっと部屋割りで勘違いがあったみたいでね。大和君の部屋が304に振り分けられちゃったのよ」

「わあ、お隣さんですか。これからよろしくお願いしますね」

「なに馬鹿なこと言ってんのよ! 二階以上に男が住むなんて、ダメに決まってるでしょ!」

『エロエロなハプニングが起こっちゃうかもしれないもんね~』


 突然のイクリプスの発現に、奏が大和をキッと睨みつける。半ば予想していた行動に、大和は軽く両手を上げて、降参のポーズをとった。


「私だっておかしい事は分かってるわよ。けど契約とか色々重なっちゃって、一日だけは304に泊まるしかないのよ」

「そんなこと言ったって」

「別に何もしねぇよ? てか部屋入れば、後は飯食って寝るだけだし」


 どうせ一日だけで部屋を出てしまうならば、色々使って汚してしまうのももったいない。シャワーなども、明日正しい部屋で浴びればいいだけなので、今日はとりあえず最低限の生活だけして明日を迎えるつもりだった。

 だが、奏的にはどうも納得できないらしい。


「ダメよ! 絶対ダメ!」


 何度も拒否を繰り返す奏に、やっぱりホテル行った方がいいんじゃないかと大和が考え始めた時、予想外の所から大和たちの伏兵が現れた。


「良いんじゃないですか? 一日だけですし」

「ちょっと響!?」


 それは響だ。実質的に隣の部屋になるのは響なので、真っ先に反対を出してもおかしくないはずなのだが、現実は大和たちの援護となって姉を諌める。


「大和君が何かするとは思えないですし、普通に生活する分には支障はないと思いますよ? それに時間があれば健翔様のお話しも聞きたいです」

「本命はそれね……あのね響、隣の部屋になるってことは、色々と生活音とかが嫌でも聞こえちゃうのよ? 知らない男に、それが聞かれても良いの?」


 社員寮は築年数がかなり経っていることもあり、防音の設備にも劣化が見られる。ドアの向こうから会話が聞こえてきたように、壁一枚では聞く側の部屋が静かだと、稀に隣の部屋の音が聞こえてきてしまうことがあるのだ。それは、住んでいる奏たちが一番よく分かっていた。

 大切な妹の部屋の隣に男が住むなど、姉としては認められるものではない。


「でも~、この部屋で一人っきりになる事って滅多にないですし」


 それは響からのささやかな意趣返しだったのかもしれない。いつもニコニコと笑みを絶やさない響であっても、一人の時間は当然欲しい。

 しかし、響の部屋にはいつも奏か志保の二人がいた。しかもその理由が、家事ができないからという身勝手な理由でだ。

 自覚があるのか、二人は返す言葉が見つからず、元々何も言っていなかった志保は、そそくさと部屋の奥へと戻って行く。

 一人となった奏に、もはや勝ち目はない。


「わ、わかったわ」

「じゃあ決まりですね。大和君、よろしくお願いします」

「おう、よろしく。つっても一日だけだろうけどな」

「じゃあ大和君の部屋に行くわよ」

「おう」


 響と軽く握手を交わし、大和は真彩に続いて自分の部屋へと向かう。


「とりあえず今日だけだし、セキュリティーの譲渡はいらないわよね」

「ああ」


 現代では、家のセキュリティーの大半をサポートAIが管理している。先ほどインターホンを押した時、シルバリオンが応答に出たように、主人の手間を減らすために鍵の管理や窓の開閉、ガス電気水道の管理なども一挙に行っている。そのため、引っ越して最初に行うことは、家のセキュリティーとサポートAIの同調なのだ。

 しかし、今回は暫定的にここに住むだけでのため、大和はそれを省いた。

 一応全てのことは手動でもできるように作られているため、問題はない。


「とりあえずここがあなたの部屋ね」


 部屋に入った第一印象はこれだった。宿舎であり1人部屋ということもあって、大和は六畳一間でキッチンは小さく、ユニットバスになっているぐらいは想定していたのだが、実際は廊下がかなり広く取られており、キッチンはその廊下の半面を埋める広さで、シンクの横には十分な広さのカウンターがある。

 キッチンと反対側、玄関を入ってすぐ横には洗濯機もあり、その横の扉にはトイレが、風呂とは別に個室で取り付けられている。

 廊下を進み、部屋の扉を開ける。

 南窓に八畳はあるフローリング。テレビなどはさすがにないが、小さなテーブルとパイプベッドがすでに置かれていた。


「他の部屋もだいたい同じ構成になってるわ。別の部屋に移っても違和感はあまりないはずよ」

「そりゃ助かるな。けど一日だけ使うのはなんかもったいないな」

「向こうのミスなんだから、しっかり使っちゃえばいいわよ。こっちの懐が痛む訳じゃないしね」

「それもそうか」


 窓を開けて外の空気を取り込む。窓からは、徐々に暗くなる空と大量の光を放つビル群が見えた。大和としては、バベルが見えないのはすこし残念だが、景色としてはかなり良い部類だろう。


「じゃあ私は確認の為に会社に戻るから、後分からないことがあったら隣の子たちに聞いてね」

「つっても聞けそうなのが一人しかいないけどな」


 志保はそもそも無口でほとんど話さないし、奏は大和に対していちいち突っかかってくる。そんな状況で「これ分からないんだけど?」などと気安く聞きに行けるわけが無かった。


「ともかく後は自由にね。明日はバベルに直接集合だから忘れないでよ」

「了解」


 真彩が出て行き、部屋が静かになる。


「なんか今日は色々忙しかったな」

『朝から怒涛の展開だったもんね』


 朝暇つぶしがてら冷やかしに行った家電量販店。その後まさかのクレーン落下を経て、なぜか弱小チームからのスカウトを得てしまった。

 スカウトからトントン拍子にチーム参加ができるかと思ったら、今度はチームのメンバーから反対され戦う羽目になるし、戦ったら戦ったでその弱さに先が不安になる。

 その後の練習で、才能の片りんらしき物は見えた気がしたが、人を鍛えたことのない大和には、それが才能なのか、それとも誰でもできる成長なのかがまだ分からない。

 最終的には全員の同意を得てチームに参加できることになるが、今度は住む場所の手違いでこんなことになっている。


「疲れない方が無理だな。とりあえず明日までゆっくりするか」


 ベッドに寝転びながら、グッと背伸びをする。たまった疲れが全身からあふれ出すように体が重くなるのを感じる。


『着替えとかご飯は?』

「起きたらでいいや」


 眠気が襲い掛かり、全身の体から力を抜くと、大和はそのまま夢の中へと入って行った。


 翌朝、目を覚ますと同時に大和の腹が鳴った。


「腹減った」


 ベッドの上、起きたままの体勢でつぶやくと、イクリプスが答える。


『当たり前じゃん。昨日のお昼から何も食べてないんだし』

「そっか、昨日飯食わずに寝たんだっけ」


 ぼんやりとした頭の中で、大和は昨日のことを思い出し、イクリプスの指摘で余計に腹が空いた気がした。


「今何時だ?」

『六時。いつもだったら寝坊だね』


 師匠といた時は五時には目を覚まし六時からは朝練の素振りなどをしていた。それを考えれば、完全に寝坊である。しかし、それが許されるのが一人暮らし。その事にささやかな解放感を感じながら大和は体を起こす。


「とりあえずコンビニかな」

『近くだと寮の裏手にあるよ』

「近いのは助かるな。今後もお世話になりそうだし」

『コンビニだけだと高くつくんじゃない? 自炊も考えた方がいいかも』

「あ~、まあ気が向いたらな」


 別段料理ができないというわけではない大和だが、特に料理の手伝いなどをしてきた訳でもなく、そのレパートリーは少ない。そんな状態で毎日自炊などしようものなら、野菜と豚肉の炒め物が一週間続くなどという状態になるのは明白だった。


「まあそれも正式に部屋が決まってからだな」


 どちらにしろ今の部屋は今日で移動することになるのだ。何かを始めるにしても、部屋を移ってからの方が色々と楽だろうと、結論を後回しにする。

 寝癖が酷いので、とりあえずシャワーを浴び、身だしなみを整える。服も新しいものに全て変え、昨日着ていたものは、鞄の底へと押し込んだ。

 そして適当におにぎりでも買いに行こうかと立ち上がると、インターホンが鳴った。


「誰だ? こんな朝から」


 シャワーなどを浴びている内に七時にはなっているが、それでもまだ早朝と呼べる時間。人の家を訪れるにしては早すぎる。


『セキュリティー繋いでないから分からないよ』

「そういやそっか」


 セキュリティーさえ繋いでいれば、昨日響の部屋を訪れた時のようにイクリプスが応答に出ることもできるのだが、繋いでいないため、自分で出るしかない。

 大和は壁際にある受話器を耳に当て、画面に目を向ける。

 そこには後ろ手に何かを持っている響が立っていた。

 昨日と同じような洋服で、若干腰を下げ前屈みにしてマイクに口を近づけている格好は、カメラのアングルだと胸をアップで映しているようにも見えてしまっていた。


「おはようございます、大和君。起きたばっかりでした?」

「いやちょっと前に起きて、今から飯買いに行こうと思ってたところ」

「じゃあちょうどよかったですね」


 何がちょうどなのか尋ねようとした時、響は口元をマイクから離し、インターホンのカメラに持っていた物を見せる。それはタッパだった。「じゃ~ん」という効果音付でその蓋を開ければ、中にはおにぎりとおかずが数種類入っているのが分かる。


「大和君、なにも食べてないかもと思って、差し入れ持ってきました。簡単な物だけど、良かったらどうですか?」

「マジか! 助かる! すぐ開けるから!」


 受話器を叩きつけるように壁に掛け、玄関のドアを開く。響は突然開いたドアに少し驚いたように一歩下がって大和を出迎えた。


「おはよう響。スゲー助かるわ」

「いえいえ、困った時はお互い様ですから。今日は練習もありますし、しっかり体力をつけておかないと持ちませんからね」


 響から差し出されるタッパを受け取ると、タッパ越しに料理の温かさが手に伝わる。カメラからはよく見えなかったが、おかずは卵焼きやウィンナー、ゴボウサラダなど朝食にはちょうどいい物が揃っている。漂ってくる匂いに、大和は生唾を飲み込んだ。


「じゃあ私はお姉ちゃんたちのごはんがありますので戻りますね」

「ありがとう、タッパ洗って出かける前には返すから」

「はい、感想聞かせてくださいね」


 響が手を振りながら自分の部屋に戻っていく。それを見送って大和も部屋に戻り、早速響からもらった弁当を頬張る。

 手始めにおにぎりにかぶりつけば、中からは昆布が出てきた。隅に沿えてあった箸を使って卵焼きを一口。ほんのりと甘い卵焼きは、師匠の味とも違って新鮮に感じる。


「スゲー美味いな」

『朝から女の子の手料理なんて、役得ってレベルじゃないよね。これは反動が凄い事になりそう』

「何言ってんだ。日頃の行いだろ」

『何もやってないのに、何かが返ってくるわけないじゃん。きっと天災級の凄いのが来るから覚悟しとくべきだと思うな』

「ないない。お、次は鮭か」


 二つ目のおにぎりは鮭フレークが入っていた。


 弁当をペロリと平らげ、バベルへ行く準備をする。といっても、持っていくものは精々携帯ディスプレイと(ロッド)ぐらいだ。杖はベルトに専用の保管ケースが備え付けられているため、ディスプレイをポケットに突っ込めば後は手ぶらということになる。


「んじゃ行くか」

『レッツゴー! 道案内はいる?』

「電車の時間だけ出しといて」

『了解~』


 社員寮の通路からバベルは見えている。しかしそれはバベルが巨大だから見えているのであって、歩いて行けるほどの距離ではない。

 幸い社員寮の近くにある地下鉄乗り場からは、乗換なしで行けるので、大和はそれで行くつもりだった。

 タッパを片手に玄関を開け、隣の部屋に移動する。インターホンを押せば、シルバリオンが応答に出た。


「大和ですけど」

『要件は承っております。すぐにお呼びします』


 シルバリオンの答えと、ドアが開くのはほぼ同時だった。


「これありがとな。スゲー美味かった」

「お口に合って良かったです。大和君は今から出勤ですか?」


 バベルに向かうにしてはまだ早い時間だ。あと三十分遅くても、集合時間には十分に間に合う。


「ああ、地下鉄の場所とか他の店とか確認しながら行きたいし」

「そう言えばこちらに来たばかりでしたね。できることなら案内してあげたいんですけど、志保ちゃんを起こさないといけないので」

「まだ寝てるんだ」

「志保ちゃん、一人じゃ起きられないんですよ……」


 家事全般の能力が欠如している姉といい、一人では起きられない志保といい、どこかしら生活能力が欠如しているメンバーである。もし響がいなければ、別の部分でバベルを登ってくることはできなかっただろう。


「大変だな」

「本当に」

「じゃあ俺は行くわ。また後でな」

「はい、行ってらっしゃい」


 響に見送られて、大和は社員寮を出た。


師走って、人を殺せると思うの……

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